2017年11月07日

 月刊ベルダ11月号(2017年10月発売)より転載

 戦争屋トランプ≠ニ足並みを揃える危険性
 
 ●アメリカの北朝鮮完全破壊$略
 国連で北朝鮮を完全に破壊すると演説したトランプにたいして、北朝鮮は、太平洋上で水爆実験をおこなうと宣言した。
「ロケットマン」「老いぼれ」と罵りあっているトランプと金正恩のあいだで、核とミサイルを放棄する米朝合意が成立する可能性はゼロに近い。
 北朝鮮が核と大陸間弾道ミサイルの保有国になるのは時間の問題だが、その場合、国際社会におけるアメリカの信頼は失墜し、米本土への核攻撃、テロ国家への核拡散という新たな脅威もうまれる。
 核実験とミサイル発射をくり返してアメリカを挑発する北朝鮮だが、韓国や在韓米軍に先制攻撃をおこなう可能性はない。
 先に軍事行動をおこせば米韓の総攻撃を招くからである。
 一方、アメリカには、北朝鮮を先制攻撃する基本戦略が存在する。
 アメリカは、北の長距離ミサイル(ICBM)と核弾頭の完成を来年早々と見ている。
 その前に北朝鮮を完全破壊するのがアメリカの潜在的戦略で、北朝鮮の挑発が国威高揚のプロパガンダなのにたいして、トランプの警告には、ペンタゴンと一体化した北朝鮮の完全破壊という戦略目的が見えている。
 トランプ・ペンタゴンの狙いは、北朝鮮の暴走をエスカレートさせ、先制攻撃を正当化できる危機的状況をつくりだすことにある。
 その危機とは、グアムへのミサイル着弾と太平洋の水爆実験予告で、いずれも現実のものになりつつある。
 アメリカは、すでに北朝鮮にたいする先制攻撃を正当化できる理由を手にしているわけだが、問題は、その時期である。
 デッドラインを年内とする声が聞こえてくるのは、核弾頭小型化とICBMの完成が眼前に迫っているからである。

 ●反撃の余裕をあたえない電撃作戦
 米朝戦争は、短時間で片がつくとしても、北朝鮮への先制攻撃には、韓国側の多大の被害を想定しなければならない。
 アメリカに基地を提供している日本も例外ではなく、北の報復が日本列島におよぶ可能性も否定できない。
 先制攻撃の第一波が決定的効果をあげるか、指揮系統を破壊・遮断する「斬首作戦」が達成されないまま戦闘状態に至った場合、ソウルが火砲にさらされる。
 なにしろ、DMZ(非武装地帯)付近に配備された300門以上の新型ロケット砲が首都ソウルを射程内におさめているのである。
 2016年版防衛白書によると、北朝鮮の地上軍(約102万人)は兵力の約3分の2を非武装地帯(DMZ)付近に展開している。
 韓国が北朝鮮にたいして地政学的に圧倒的に不利なのは、北朝鮮の戦車3500両以上をふくむ機甲戦力と口径240ミリと300ミリの多連装ロケット砲(MRL)、170ミリ自走砲600門以上の射程圏内(軍事境界線から40キロ)に、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるところにある。
 米朝全面衝突がないとする予測は、アメリカが、韓国人の人命を危機にさらさないという人道主義が前提になっている。
 それが、北朝鮮の核施設だけをターゲットにしたクリントン元米大統領の第1次北朝鮮核危機(1994年)だった。
 93年に核拡散防止条約(NPT)を脱退した北朝鮮は、核実験と弾道ミサイル「ノドン1号」発射を強行すると、94年、南北特使交換実務者会談で北朝鮮代表が「戦争がおきればソウルは火の海になる」と脅迫し、米朝間に緊張が高まったのである。
 このとき、アメリカが北朝鮮攻撃を実行に移せなかったのは、攻撃目標を核施設に限定する「精密爆撃」の報復として、北朝鮮が大量の長射程砲をソウルに打ち込むという恫喝に屈したからだった。
 しかし、今回は、攻撃目標が限定されておらず、北朝鮮への先制攻撃は、DMZ(非武装地帯)の無力化と百数十か所とされる重要拠点の電撃的制圧といわれる。
 反撃の時間的余裕をあたえずにDMZ(非武装地帯)の戦力を無力化するプランで、主役をつとめるのが米空軍の編隊(戦略爆撃機B1B+F15戦闘機)と韓国軍である。

 ●先制攻撃に参加できない日本
 この場合、日本は、きわめて微妙な立場に立たされる。
 アメリカが先制攻撃≠かけた場合、日本は、在日・在韓米軍と行動を共にすることができないのである。
 安全保障関連法では、日本が武力行使できる条件に、日本にたいする武力攻撃(「武力攻撃事態」)あるいは、米国が武力攻撃をうけて日本の存立が脅かされた場合(「存立危機事態」)に限定している。
 現在の安全保障関連法では、日本は、アメリカの先制攻撃にくわわることができないのみならず、在日米軍の日本の基地からの出撃も、先制攻撃であるかぎり、法制上のしばりがかかるのである。
 そこに、安倍首相が解散総選挙を急いだ理由があるするのが、事情通筋の観測である。
 北朝鮮危機を訴え、選挙に勝ったのちに、強力な臨戦内閣を組閣して、アメリカの戦争を支援しようというのである。
 安倍首相のいう国難突破解散は、消費税でも少子高齢化対策でもなく、戦時における対米協力体制(先制攻撃)構築のためのものというのである。
 安倍首相は、国連演説で、北朝鮮に核・弾道ミサイル戦力を放棄させる上で必要なのは「対話ではない。圧力だ」と強調し、加盟国に行動を呼びかけた。
 また、軍事力をふくむ「すべての選択肢」があるとする米国への「一貫した支持」を表明し、日本人拉致被害者の帰国に全力を尽くすとした。
 北朝鮮の核兵器は「水爆になったか、なろうとしている」のは事実で、核を積むための大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有が間近に迫っている。
 北朝鮮は、1994年の米朝枠組み合意や2005年の六カ国合意にもとづく対話の裏をかいて、核・ミサイル開発をつづけてきた。
 北朝鮮にとって対話とは、安倍首相が指摘したとおり、世界を欺き、核・ミサイル開発の時間を稼ぐ手段だったことは事実である。
 だからといって、国連の安倍演説がトランプの代弁でよいことにはならない。
 日本の国益や安全保障は、日本独自の戦略や路線の上に樹立されるべきもので、アメリカの極東戦略に追随すれば、戦争をビジネスにしてきたアメリカの論理にまきこまれることになる。

 ●アメリカにとって戦争はビジネス
 アメリカが、人的・物的被害のリスクを慮って、戦争のカードを出し渋ったことがこれまでにあったろうか。
 冷戦下におけるベトナム戦争では、インドシナ半島の戦争がアメリカの国益を左右する要素がなかったにもかかわらず、アメリカは、4万6370名の戦死者、30万以上の負傷者、戦闘以外の死者1万人以上をだして、約90万人の北ベトナム兵とベトコンを殺害している。
 朝鮮戦争でも、アメリカは、4万人に近い戦死者・行方不明者、10万人をこえる負傷者をだして、中国軍約90万人、北朝鮮軍約52万人を屠っている。
 今回の北朝鮮のミサイル・核開発危機にかぎって、アメリカが、人的・物的被害や犠牲を慮って、戦争カードを切らないという保証はないのである。
 アメリカの北朝鮮先制攻撃の要諦は、DMZ(非武装地帯)周辺に配備された長射程火砲の無力化だが、第一段階のアタックが不完全であれば、報復砲撃によって、ソウル周辺は、多大の被害をこうむることになる。
 だが、韓国側にたとえ一万人の犠牲者がでても、アメリカは、北朝鮮の徹底破壊という戦争目的を完遂させるだろう。
 国民6人に一人が犠牲になった朝鮮戦争に比べて、数万人の犠牲は、アメリカにとって、想定内なのである。
 しかも、今回は、米本土を攻撃できる大陸間弾道弾(ICBM)とミサイル核弾頭の完成が間近で、いまが北を直接叩けるラストチャンスなのである。

 ●戦争で成り立っているアメリカ。
 アメリカにとって、戦争は、国家および世界戦略の一環で、建国以来、戦争をしていなかった期間はほとんどない。
 アメリカは、戦後、20回以上、中規模以上の軍事行動をおこしている。
 そのうち、戦略的に成功した軍事行動は、戦後の日本占領(1945年)だけで、朝鮮戦争(1950年)とベトナム戦争(1961年)から湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン戦争(2001年)、イラク戦争(2003年)にいたるアメリカの戦争は、アメリカ製兵器の壮大なる創造と消費を約束する巨大な武器市場であった。
 アメリカの都合による戦争がイラク戦争であった。
 フセインが化学兵器及び核開発をしているというCIA情報でイラクにミサイル攻撃をしかけ、アメリカは、その結果、戦場で5000人、帰国してからも多くの関連死者をだした。
 わたしは、当時、バグダートに在って、ラマダン副首相を窓口にサッダーム・フセインとのインタビューを待機していた。ラマダンが「アメリカの攻撃はない」と主張したのは、イラクに大量殺戮兵器などなかったからだが、わたしは、日本大使館の説得に応じて、最後の飛行機でバグダートを脱出した。
 イラク戦争は、結局、フセインを殺して、イスラム国(IS)という怪物をつくっただけだったが、それがアメリカの戦争である。
 ちなみに、トランプが、現在、国防総省(ペンタゴン)と密接な関係にあるのは、イラク戦争のプランナーだったCIAとの信頼関係が失われたからである。
 CIAは、アフガン戦争では、反ソ戦略にアルカイダを利用して、寝首をかかれ、イラク戦争では、核開発・大量殺戮兵器開発のガセを流して、アメリカの国益を害っている。

 ●アメリカの政体は軍産複合体
 日本人はアメリカの真のすがたを知らない。
 ベトナムからの撤退やデタント(緊張緩和)による軍事費の縮減をすすめたケネディ大統領の暗殺(アメリカ政府による真相の76年間封印)や反米的な資源外交や親ソ・親中の全方位外交をすすめた田中角栄の失脚工作(ロッキード事件)の背後にあったのが、軍産複合体のというアメリカの戦争国家体制である。
 トランプの大統領選挙における逆転当選にも、共和党=ネオコンをとおして軍産複合体による工作があったのは疑えない。
 アメリカは、国家形態自体が臨戦型で、大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が<軍産複合体制(MIC)>を形成している。
 日本やドイツとの戦争のためにつくりあげられた国家臨戦態勢=軍産複合体が発展的にひきつがれて、現在のアメリカの国家構造になっているのである。
 原爆を製造・投下した(マンハッタン計画)のもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 軍産複合体制には、アメリカを代表する数千の企業と数万の下請け、金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 350万人以上の将兵を抱える軍部と国防総省、「デュポン」「ロッキード」「ダグラス」などの軍需産業と3万5千社にのぼる傘下企業群、大学や研究室、政府機関やマスコミ、議会までが一体となった軍産複合体はアメリカ特有なもので、アメリカのパワーの源泉である。

 ●保守主義と相容れない対米従属
 アメリカがドミノ理論≠振り立てて、ベトナムへ介入したのも、軍産複合体の論理からだった。
 多くの人命を犠牲にして、アメリカになにも得るべきものがなにもなかったベトナム戦争も、巨大軍需産業と傘下企業群にとっては、特大の恩恵で、ベトナム戦争が終わったとき、軍需産業はみな大企業に成長していた。
 その後、軍産複合体の餌食になったのは、世界の火種である中東と中国の拡張政策にさらされた極東で、湾岸戦争の折、サウジアラビアはアメリカから大量に兵器を購入し、日本も尖閣列島危機にからめて、オスプレイ17機(3600億円)の購入をきめている。
 すでに日本は、北朝鮮危機にからめて、迎撃ミサイルの購入をきめ、敵基地攻撃能力をもつ巡航ミサイル導入の検討をすすめているが、トランプが挑発して、北朝鮮が危機をエスカレートさせるたび、アメリカは大儲けするのである。
 アメリカが謀略国家なのは、世界の常識だが、日本にはその認識がない。
 ロッキード事件では、朝日新聞や文藝春秋など日本中のマスコミがアメリカの謀略にひっかかって、国民は、角栄逮捕の報にこぞって喝采を送った。
 もっと悲劇的なのは、GHQが日本の無力化と共産化をはかった占領政策である憲法が、いまだ最高法として君臨している事実である。
 国家エゴがぶつかりあう世界情勢のなか、国家主権と国体を否定した現憲法ほど有害にして障害になるものはない。
 ところが、現在、自主憲法制定のうごきはなきにひとしい。
 自主憲法制定派にとって、大きな痛手が自民党の変節だった。
 自民党は、事実上、護憲派の一員で、改憲は、護憲的改憲にすぎない。
 第一次安倍内閣を放り出したあと、村上正邦元参議院議員らとホテルオオタニで会談の場をもった安倍首相は、同席したわたしが感銘をうけるほど、熱っぽく改憲の意欲を語ったものである。
 ところが、第二次安倍内閣以降、安倍首相の改憲姿勢には首をひねらざるをえない。
 とりわけ、憲法9条を変更せず、第三項を設けて自衛隊の合憲性を謳うという弥縫策には失望を禁じえなかった。

 ●対米協力と対米従属はちがう
 安倍首相の戦後レジームからの脱却は、対米従属からの脱却であって、自主独立は、日本の悲願だったはずである。
 ところが、戦後日本は、対米従属と護憲・平和主義がないまぜとなったぬるま湯のなかで、憲法9条にしがみついてきた。
 それが平和ボケで、国家主権(交戦権)の放棄が国民の国家観をいかにむしばんできたかいくら強調してもしすぎることはない。
 そして、その結果、日本は、国家の進路をみずから決定するという主権意識を見失ったまま、アメリカのいうとおりになってきた。
 憲法は、日本が独自の外交路線をつきすすむための羅針盤でもあって、そこに、独立国家の気概と国家の誇りがみなぎっていなければならない。
 自主憲法制定の意義はそこにあって、他国の都合によって、国家の進路が左右されるようなことがあってはならない。
 軍需産業が利益を上げるために紛争を回避しない軍産複合体の論理にのって、日本が、アメリカに追従するのは、対米協力ではなく、対米従属である。
 軍産複合体は、アメリカ人にとっても最悪の国家システムで、戦死をふくむ国家にたいする忠誠の代償が軍需産業の利益のみというのでは、アメリカのいうならず者国家、北朝鮮とかわるところがない。
 安倍首相は、トランプから一定の距離をおくべきだろう。
 北朝鮮への先制攻撃があるかないか予断をゆるさないが、対米従属だけが日本の国益に合致した外交政策ではないということだけは心しておくべきなのだ。
 アフガン戦争やイラク戦争をあげるまでもなく、アメリカの戦争は、軍産複合体の論理に立ったもので、その先にあるのは、さらなる悲惨と混迷、困難かもしれないのである。
posted by 山本峯章 at 15:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

 ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代

 ●多様性とあいまい≠フ文化
 西洋では、勝ち負けや敵味方の峻別が政治で、それが「戦争は政治の延長」といわれる所以である。
 これは、キリスト教の影響で、西洋の宗教観は、神と悪魔のたかいである。
 善悪、正邪も、唯一神の世界観からうまれた観念で、一元論である。
 正義や真理が一つしかないので、そこから戦いの論理がひきだされる。
 大航海時代以降、西洋人が他民族に残虐のかぎりをつくしたのは、キリスト教徒以外は、すべて悪なので、いくら略奪しようと殺そうと、罪の意識をかんじなかったからである。
 日本が二元論あるいは多元論なのは、土着信仰の神道が八百万の神々の汎神論だからで、日本の文化は、バランスと多様性からできている。
 それが中庸の精神で、決着を保留するあいまいの文化≠ナもある。
 あいまいさが排除されたのは、唯一神(ヤハウェ)が出現したからで、それまで、世界は、神々が人々とともにある牧歌的な空間だった。
 たとえるとそれは、邪馬台国や大和朝廷のような祭祀国家で、キリスト教やイスラム教以前の西洋も、ギリシャの神殿をみるまでもなく、多神教的なおおらかな世界だったはずである。
 あいまいは多次元的ということで、そこには、勝ち負けも敵も味方もない。
 それぞれがそれぞれの価値観をもって棲み分けるので、争いが生じないのである。
 だが、世界は、キリスト教的な価値観や唯物論、合理主義からできあがっている。
 したがって、何事にもあいまいな日本は、批判をうけ、異端視されてきた。
 それでも日本が侮られることなく、大国の地位をまもってきたのは、経済と技術力、軍事力が世界のトップレベルだったからで、あいまいさは、多様性の文化を開花させるのである。
 多様性には、柔のほか、国家防衛という剛がふくまれる。
 柔が文化なら、剛は国家意識で、これを国体(権威=天皇)と政体(権力=幕府)の関係におきかえることができる。
 日本が列強の餌食にならず、革命もおきなかったのは、国が柔と剛の両面を兼ね備えていたからである。
 列強が日本を侵略できなかったのは、武士の国だったからで、ヨーロッパの古い書物には、サムライの勇猛さや常備武器である日本刀の切れ味を記録したものが少なくない。
 それでも、宗教の侵略を防ぐことはできず、有馬義貞(島原領主)、大友宗麟(豊後領主)、大村純忠(肥前大村領主)黒田孝高・小西行長(ともに豊臣秀吉の家臣)、高山右近(赤石城主)らがキリスト教にとりこまれた。
 キリスト教が禁教となったのは、キリシタン大名や天草四郎らが火薬とひきかえに50万人もの若い女性をイエズス会の司祭に奴隷として売り渡していた事件が発覚したからである。
 豊臣秀吉や徳川家康の「バテレン追放令」から鎖国へと日本が西洋への門戸を閉じたのも国家防衛で、キリスト教の侵略を防いだのは、世界史上、日本だけである。
 尊皇攘夷だった薩長が、明治維新後、180度転身して、西洋化に走ったのも、国家防衛のためで、日本は、新政府樹立(1868年)のわずか26年後に日清戦争(1894年)、10年後には日露戦争(1904年)を戦って勝利をおさめた。
 両戦に負けていても、朝鮮半島が清国やロシアの手に落ちていても、日本は国家的危機に陥ったはずで、日本は、ぎりぎりの瀬戸際で、国家を防衛してきたのである。

 ●平和主義という鎖された世界観
 現在、日本の防衛意識は、歴史上、例がないほど劣化している。
 そして、多元的な文化も衰えて、物欲主義や享楽主義一辺倒へ傾いている。
 国家防衛を放棄した憲法9条を平和主義と錯覚して、享楽に明け暮れているのが現在の日本人で、今回の北朝鮮危機にも、空母カール・ビンソン出撃のXデイー≠ヘいつかなどとテレビといっしょにはしゃいでいる。
 そして、「ソウルと東京への核攻撃の脅威が現実の問題になった」(国連安全保障理事会)という米国のティラーソン国務長官の発言にキョトンとしているありさまである。
 北朝鮮のミサイルが日本列島に着弾すれば、目がさめるだろうが、そのときはもう遅い。
 拉致事件への手ぬるい対応から巨額のパチンコ送金や万景峰号による密輸の看過、預金を本国へ不正送金して破綻した朝銀へ一兆3千億円もの公的資金を投入して、その資金の一部が開発に使われたであろうミサイルや原爆の脅威にさらされている。
 情けないのは、朝鮮総連から抗議をうけて、マスコミが、金正男暗殺に北朝鮮が関与という報道ぴたりとをやめてしまったことで、他の国なら監視下におかれる敵性団体が脱税や生活保護の仲介機関や圧力団体としてふんぞりかえっている。
 スパイ防止法や国家反逆罪などの公安法があれば、摘発の対象となるような団体に官庁やマスコミどころか政府すら頭が上がらないのが平和国家日本なのである。
 国家防衛や危機管理の意識や能力が低いのは、日本の文化があいまいだからではない。
 その逆で、平和主義という硬直した一元的な文化に洗脳されているためである。
 スパイ法案は、全野党、全マスコミ、弁護士会や学術学会、労組ら日本中の団体から猛反対をうけ、採決どころか、議論さえされることなく葬られる。
「戦前の特高警察」「戦争への道をまっしぐら」「軍靴の音が聞こえる」という朝日新聞の社説ふうな難癖によって、国家の安全と防衛が平和の敵≠ニみなされているのである。
 国家防衛は国民の文化とモラルにささえられている。
 一方、平和主義は、文化でもモラルでもなく、ただの怠惰で、享楽主義である。
 したがって、平和主義や人権は、国家観念を蝕み、防衛意識を破壊する。
 人権と平和主義の旧民主党に政権を奪われて、日本が国家漂流≠フ悪夢に呑まれたのはつい最近のことである。
 同じことが韓国でおきている。
 
 ●大国の紛争を招く朝鮮半島事情
 人権派弁護士で平和主義を標榜する文在寅を新大統領に選出したのは、北からの攻撃を免れようという思惑からで、韓国には、日本への憎悪はあっても、北にたいする警戒心はないにひとしい。
 選挙前、従軍慰安婦像にひざまずいた文在寅は、慰安婦問題合意を無視して対日攻勢に打って出てくるだろうし、アメリカより先に平壌を訪問し、中国にTHAAD配備の撤回を約束するようなことになれば、東アジア情勢はがらりと様相を変えてしまうことになる。
 朝鮮半島をめぐって、中国と韓国、ロシアと北朝鮮が接近して、日米同盟とのあいだで複雑な三角関係≠ナきあがりかねないからである。
 朝鮮半島は、日清・日露戦争という二つの前例があるように、日・中・ロにとって地政学上、きわめて重要な要衝である。
 チベット・ウイグル・内モンゴルなど内陸部を征服した中国が、朝鮮半島を手放すことはありえない。
 中国にとって、朝鮮半島を支配下におくかアメリカやロシアに奪われるかでは、死命を制する大問題なのである。
 最悪のシナリオは、米軍による北朝鮮の軍事制圧で、その上、米・韓主導で南北統一がおこなわれるようなことになれば、朝鮮半島は、戦略的要衝どころか、咽喉元につきつけられたナイフになる。
 北朝鮮をめぐって米・中・ロが競り合っているなかで、カギを握っているのがロシアである。
 中国が石油をとめても、ロシアがタンカーを羅先港に送り込めば、北朝鮮はかんたんに寝返る。
 事大主義の朝鮮人は、国家的権益や租借地の提供に抵抗をかんじない民族なので、北朝鮮がロシアの手の内に落ちるのは、時間の問題となる。
 ロ朝間では、すでに総事業費約250億ドル(約2兆9000億円)規模の鉄道整備・改修計画が合意済みで、ウラジオストクと羅先(北朝鮮北東部)をむすぶ定期航路も開設された。
 北朝鮮は、国内の金やレアメタル(希少金属)などの開発権益をロシア側に提供して、これを工事代金に充てるという。
 その先にあるのはさらなる租借地(港)の獲得と国家の死命を制する石油を武器にしたロシアの飼い殺し外交≠ナ、羅先港は、租借化を目的にして、ロシアが建設したようなものである。
 中国とロシアは蜜月関係にあるかのように見える。
 ところが、国境問題は例外で、かつてのダマンスキー島事件や新疆ウイグル自治区の軍事衝突(1969年)は、一時、全面戦争の危機に発展した。
 そして、現在は、中央アジアが火種で、最近、中国が提案した中央アジアの「反テロ協調体制」から外されたロシアの反発には根深いものがある。
 懸念されるのは、中ロ紛争で、原因となりうるのが、北朝鮮がロシアに譲渡した鉱産資源の開発権益である。
 北朝鮮には、中国との国境付近に、埋蔵量が東アジア最大級の茂山鉄鉱山や世界一のタングステン鉱脈のほか、亜鉛や銅、金の鉱脈までがうなっている。
 これまで中国は、電力や食料などの経済援助の見返りに同地帯の鉱産資源の権益を一手に握ってきた。
 北朝鮮がこの鉱産権益をロシアに譲渡すれば、どういう事態になるか。
 ロシア軍と中国軍が国境付近で悶着をおこす可能性すら生じかねない。

 ●打つ手を失ったアメリカ
 空母カール・ビンソンを中心とする第1打撃群が、朝鮮半島や中・韓・朝がむきあう黄海へ接近するには中国の了解がなければならないが、万が一、トランプが独断で出撃を命じれば、中・朝関係が決定的に断裂する。
 アメリカの攻撃で北朝鮮が壊滅すれば、1000万人以上の難民がでるばかりか、飢餓や内乱で、同規模の死者がでる可能性がある。
 南北統一をタテマエとする韓国も米軍による軍事制圧を望んでいない。
 北朝鮮へ軍事攻撃をおこなえば、韓国にむけられた大砲・ミサイルが一斉に火を噴き、ソウルが火の海になるどころか、射程内の約2000万人に被害がおよぶ可能性がある。
 頼りは中国だけだが、北朝鮮は名指しで中国を非難しはじめた。
 中国が石油供給を中止すれば、北朝鮮経済は短期間のうちに破綻するといわれているが、疑問である。
 国連安保理決議にもとづく経済制裁がつよまるほど、北朝鮮政府の資金力が高まって、一発で数十億円(中距離弾道ミサイル・ムスダンの国際的相場3000万ドル/約33億円)かかるサイルの発射実験をくり返し、ミサイルとは桁ちがいにカネがかかる核開発も順調にすすめられている。
 最近では、非政府系の経済活動が目に見えて向上し、飢餓死が絶えたどころか、トンジュ(金の主)と呼ばれる富裕層まで出現している。
 理由は「密輸と闇経済」で、中朝・中ロ貿易の大半が密輸である。
 北朝鮮は、国連加盟国192国のうち166国と国交をむすび、交易関係をもっているが、数字にあらわれるのは数パーセントで、大半が密輸や闇取引である。
 1991年のソ連崩壊後、社会主義諸国からの支援が途絶して、配給制度をとっていた北朝鮮経済が崩壊した。
 97年に韓国に亡命した金正日の側近、黄長Y(元朝鮮労働党書記)によると配給停止によって「200万人以上の住民が餓死した」という。
 このとき、脱北した北朝鮮人が、中国で食糧や物資を調達して、中朝国境で商売をはじめた。
 北朝鮮の国民は、強制収容所と残虐な公開死刑に脅え、餓死を免れるため必死に経済活動をおこなっているのである。
 これが北朝鮮の闇市場で、現在、国内の経済活動の8割以上を占める規模にまでふくれあがっている。
 取り締まるどころか、金正恩体制で自力更生が奨励されているのは、国民を豊かにする政策を放棄すれば、国家予算をすべて金体制のなかで使えるからである。
 韓国から流れ込む資金(経済特別区収益や市民団体の支援など)や出稼ぎの上納金、在外北朝鮮公館から献納される「忠誠資金」、武器密輸などでえられた利益に加え、無煙炭などを輸出した代金がそっくり金正恩の金庫に入る。
 北朝鮮王朝を支えているのは、金日成時代は労働党員300万人といわれたが、現在は、軍や秘密警察などの権力機構を牛耳る中枢部とその周囲を固める数万人の幹部、平壌の高級住宅地に住むエリート集団ら合わせて十万人ほどといわれる。
 ミサイル実験をくり返し、核開発をすすめているのは、約十万人の狂信的な王国で、オウム真理教が国家になったようなものである。

 ●地政学的な難関に立つ日本の決断  
 アジアの東端、太平洋の西端に位置する日本は、海洋を隔てて、中国やアメリカ、ロシアの三大強国と隣接している。
 それが日本の地政学的な特殊性で、独立も国家防衛も、一筋縄ではいかない。
 アメリカにとって、日本は、太平洋の権益を争うライバルで、中国進出への最大の妨害者である。
 ロシアや中国にとっても、日本列島は、太平洋進出を妨げる障害となる。
 一方、海洋国家である日本は、海を隔てて隣接する中・朝および海路をとおして東南アジアや西太平洋に大きな影響力をもちうる。
 それが大東亜・日米戦争の原因で、日本は、第一次大戦後、西太平洋を支配下におさめ、満州国を建 国後、支那で主導権を握り、東南アジアからインドにまで手をのばしつつあった。
 現在も、当時の地政学的、文明的な条件は、当時とそれほど変わってはいない。
 変わったのが、日・米・中・ロの力関係で、中国の躍進に貢献したアメリカが、中国革命と米ソ冷戦、朝鮮戦争ののち、手の平を返して、日本と同盟関係(日米安保条約)をむすんだ。
 この軍事同盟は、両国とアジア安定にきわめて有効で、日米安保がなかったら、アメリカは米ソ冷戦に勝つことができず、中国の覇権主義に歯止めをかけることができなかったろう。
 日本の地政学的ポジションと国家的なプレゼンスは、敵に回すと脅威である一方、味方にすれば大きな戦力になる性質のもので、日米安保は、アメリカにとって世界戦略の重要な要になっている。
 かといって、日米関係が、米英関係のような強固な盟友関係になりうるかといえば、かならずしもそうではない。
 ニクソン大統領の訪中準備のために訪中したキッシンジャー大統領特別補佐官は、中国の周恩来首相(1971年)との極秘会談で、「日米安保条約は日本の軍事大国化を防ぐためのものという瓶のふた論≠展開した。
 このときキッシンジャーは「日本が再軍備拡張計画をすすめるなら伝統的な米中関係が再びものをいうだろう」とも発言している。
 この発言の意味するところは、日米安保条約は便宜上のもので、アメリカにとって、中国こそがアジアの盟友だという宣言で、それが伝統というのである。
 公開されたキッシンジャー発言は、日本に衝撃をあたえたが、大きな示唆をふくんでもいる。
 それは、アメリカを敵に回してはならないということである。
 中国やロシアにたいしても同様で、日本がたたかえば、米・ロ・中が一丸となって襲いかかってくる。
 日本を属国化することのメリットがはかりしれないからで、日米安保条約がなくなったら、尖閣列島・沖縄海域の南シナ海化≠ェ目に見えている。
 日本にとって、アメリカを盟友にしてロシア・中国を牽制するのがもっともすぐれた戦略で、他の選択肢はない。
 安倍首相が、1項と2項を残したまま、憲法9条に自衛隊の存在を明記する提案(3項)をおこなったという。
「戦力不保持」「交戦権の否定」(二項)は自衛隊明記との整合性を欠き、国家主権の否定につながるので論外だが、「戦争放棄」(一項)については、残したままでよい。
 その代わりに「日本国政府は国民の生命と領土をまもる無制限の権利をもつ」という一項(4項で)を追加すべきだろう。
 無制限のなかに核報復≠ェふくまれるのはいうまでもない。
 日本には戦争という選択肢はないが、報復までを放棄したわけではない。
 戦争を放棄するが、報復戦力には制限がないとすれば、平和主義と戦力保持のあいだに矛盾が生じない。
 日本が核をもったとき、ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開けするのである。




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2017年04月20日

 伝統と民主主義

 ●棲み分けている伝統と民主主義
 日本人が伝統国家の自覚を失ったのは、憲法に民主主義(国民主権)という革命概念が埋めこまれているからである。
 その一方、天皇主権や皇国史観が悪の権化として排除されてきた。
 戦後、日本では、伝統を否定する民主主義革命がおきていたのである。
 天皇主権は君民一体≠ニ対になっているので、事実上の国民主権にあたるが、そのテーマについては後段でのべよう。
 民主主義を採ったのは権力機構の政体で、文化構造の国体ではない。
 したがって、政体で変革がおきても、伝統を継承する国体はゆるがない。
 民主主義は権力(政体)のカテゴリーにあり、伝統は文化(国体)の系列にあるからである。
 伝統と民主主義が二元論的に両立したのは、わが国では、歴史上、権力(政体)と権威(国体)が分離されてきたからだった。
 この歴史的事実をわきまえなかったのが、男女平等をもちだして万世一系を否定した自民党の二階幹事長や小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」の吉川弘之座長らで、現時点における法の下の男女平等で、歴史をつらぬいてきた真実をねじまげようとしたのである。
 皇室典範(憲法第2条・第5条に規定)第一章(第一条)に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」とある。
 憲法草案をとおして、日本に民主主義をもちこんだマッカーサーが、皇位の男系男子相続(万世一系)をみとめていたである。
 民主主義と伝統の二元性を理解できなかったのは、アメリカ人のマッカーサーではなく、二階や吉川ら戦後憲法で育った日本人だったのである。

 ●民主主義は世紀の大ボラ
 大方の日本人は、国民が政治的な決定権をもつことを民主主義や国民主権と思っている。
 だが、民主主義の民≠竝走ッ主権の国民≠ヘ、個人でも実体ですらない。
 国民主権は、多数派にあたえられる権利のことで、少数派にはなんの権利もあたえられない。
 しかも多数派は、多数派に属する人々ではなく、多数という算術上の事実をさすにすぎない。
 政治をうごかすのは多数派という数字で、国民主権と称して権力者がこれをあずかるのが民主主義で、ヒトラーもルーズベルトも民主主義がうんだ独裁者だった。
 憲法第一条に「天皇の地位は主権の存する日本国民に基づく」とある。
 日本国民もその総意も、抽象的観念で、実体があるわけではない。
 それが民主主義の正体で、これが国民主権へつながったのは、権力の移動を多数決にゆだねると自動的に人民政権が成立するというルソー流の理屈からである。
 ことほど左様に国民主権はいかがわしい。
 主権(君主権=ソブリンティ)は、君主から国家へ委譲された経緯があるので、国民主権にはそもそも根拠がない。
 国民主権は革命によって生じる権利である。
 すると、日本の憲法は革命憲法だったことになる。
 民主主義をもって伝統国家を倒すのが革命である。
 戦後、社会主義(共和制)者や共産主義(一党独裁)者による革命ムードが高まったのは、国民主権が大手をふっていたからだったのである。
 現在でも、日本では、国民主権が絶対的な正義になっている。
 戦後の左翼ブームが、いまなお猛威をふるっているのである。

 ●最大のテーマは「個と全体」の矛盾 
 政治思想上の最大のテーマは「個と全体」の矛盾を解消することにある。
 個とは国民一人ひとりのことで、全体とは国家である。
 西洋では「社会契約説」で、ホッブスやルソー、ロックがこの問題を論じた。
 ホッブスは両者の二元化(「国家は怪物」「万人の戦争」論)で、一応、片をつけたが、ルソーとロックは、両者の一元化(「人民代表による国家運営」)をもとめ、マルクスとレーニンは、暴力革命と一党独裁を主張した。
問題なのは人民代表≠ニいう考え方で、暴力革命も独立戦争も、選挙にもとづく独裁(ファシズム・大統領制)も、人民が主役となる民主主義である。
 日本は、中世以降、権威と権力の二元化をもって「個と全体」の矛盾を解消してきた。
 権力は民を支配するが、民は、権力に正統性を授ける権威と同位にある。
 それが「君民一体(三位一体)」である。
 日本で独裁や恐怖政治がうまれなかった理由がそれで、ルソーも「君民一体」が理想の政治とみとめている。
 玄洋社(頭山満)や黒龍会(内田良平)の流れを汲む大日本生産党の政綱に次のようにある。
 一、欽定憲法に遵い、「君民一致」の善政を徹底せしむること
 二、国體と国家の進運に適合せざる制度法律の改廃を行い政治機関を簡素化せしむること
 三、自給自足立国の基礎を確立せしむること
 大日本生産党は、血盟団事件(井上日召)、五・一五事件の流儀をうけついだ神兵隊事件の中心的な役割をはたした右翼団体である。
 中村武彦や白井為雄らの理論家をうんだ戦後右翼の一つの原点で、両先達の研究テーマが「個と全体」の調和だったことは、自著にあるとおりである。

 ●伝統にささえられている国家
 民主主義という政治概念が文化概念を侵すと伝統が破壊される。
 同様に、文化が政治の領域へ侵入しても、国家的な危機が生じる。
 GHQが占領憲法にもりこんだ武装解除条項(第九条)を「武器を捨てると平和になる」という文化的解釈でとらえると、軍事バランスから成立している安全保障のメカニズムを根底からゆらぎ、国家防衛が危うくなる。
「9条を守る会」の東大3教授(姜尚中・小森陽一・高橋哲哉)が平和主義の立場から国家防衛を否定するのは、文化と政治、国家と国体の仕分けができていないからである。
「男女平等雇用法」や「人権法案」もこのたぐいの混乱で、一方、「スパイ法」や「国家反逆罪」はいまだ法案すらできていない。
 政治と文化、個と全体を混同させ、国家や権力を悪と断じるのが反日主義の論理で、民主主義が伝統破壊の道具に使われているのである。
 多くの日本人は、民が社会の主人になることが民主主義で、民が主権をもつことを主権在民と誤解している。
 君民一体の実体のある民≠ニ民主主義の観念上の民≠混同させているのである。
 民主主義で「個と全体」の矛盾を解消することはできない。
 むしろ、その矛盾を広げるのが民主主義といってよい。
 民主主義は、歴史の連続性を断ち切った一過性の決定で、過去の事跡や歴史の智恵を切り捨てる。
 国家も国民も歴史的存在で、歴史を失ったら、国土は不動産に、国民は住民にすぎないものになってしまう。
 民主主義では、日本人が日本人で、日本の国土や民族の文化・文明が日本のものであることが明らかにならないのである。
 それができるのは、理屈をこえた伝統だけで、歴史の連続性や歴史との一体感は、理屈ではなく、精神文化なのである。
 
 ●反日勢力による敗戦革命
 第二次大戦は「民主主義とファシズムの対決」といわれるが、実際は「革命国家と伝統国家の対決」で、日本以外の戦争当事国は、すべて革命国家だった。
 戦後、日本で民主主義旋風が吹き荒れたのは、戦争に勝ったのが、米英ソを中核とする革命国家群だったからである。
 戦争に負けた日本は、憲法から制度、社会通念にいたるまで革命国家のものへと変更された。
 日本の危機の構造は、伝統国家でありながら、革命国家の憲法を有している内部矛盾にある。
 内部から国家体制を切り崩すのが敗戦革命のメカニズムである。
 レーニンが編み出した敗戦革命は、敗戦国内に祖国にたいする絶望と憎悪を高めさせ、一方で反逆者を育成することによって、革命前夜の危機的な情況をつくりだせるという革命理論である。
 戦後、日本の政界は、親米(自民党ら)と親ソ・親中(旧社会党ら)が憲法をめぐって激しく対立した。
 敗戦革命の機関紙となったのが朝・毎などの大新聞で、広告塔となったのがNHKなどの放送メディアだった。
 左翼・反日が伝統に牙を剥くのは、君民一体の伝統が、敗戦革命の妨害となるからである。
 日本の民主主義は君民一体(共治)なので、伝統と矛盾しない。
 ところが、左翼の民主主義は、蜂起した民衆が国家主権を奪い、その主権を独裁者があずかるという革命理論なので、伝統と真っ向から対立する。
 国家主権は、革命勢力が敵とする権威と伝統の上に樹立されたものだからである。
 西洋の民主主義と日本の君民一体の伝統が、ここで決定的に対立する。
 皇国史観や教育勅語を悪の権化とする日教組やマスコミ、論壇や歴史学会の反伝統主義にはすさまじいものがあって、天皇を「土人の酋長」と教える日教組の教員さえいるほどである。

 ●日本の天皇とヨーロッパの皇帝
 紀元前のヨーロッパは多神教で、同時代の日本の邪馬台国・大和朝廷と同じような祭祀国家だったと思われる。
 キリスト教が広がる以前のヨーロッパの国々も伝統国家だったのである。
 ヨーロッパが権力闘争の修羅場となったのは、ローマ教皇(法王)とローマ皇帝という二人の権力者が出現して、権力に正統性をあたえるべき権威の座が空位になったからだった。
 パンテオン宮殿が象徴する多神教を追い出したキリスト教は、神の代理人であるローマ法王庁をとおして権力化され、俗化してゆく。
 権威が不在とあって、皇帝は、権力の正統性を元老院・軍隊・市民の推戴と軍事力にもとめるほかなかった。
 ローマ帝国は民主化された軍事政権だったのである。
 天皇と皇帝の決定的なちがいは、皇帝が権力者だったのにたいして、天皇が権力から離れた権威だったところにある。
 日本で、権威と権力の二元性が維持されてきた理由は、仏教やキリスト教が入ってきても、神話=神道が日本精神として、ゆるがなかったことだろう。
 それが伝統の力で、合議や多数決、決議や承認などの一過性の決定は、不安定なばかりか、巨大化した国家のなかではなかなかゆきわたらない。
 皇帝の専制政治がおこなわれた東ローマ帝国が1千年の命脈をたもったのにたいして、西ローマ帝国が早々に滅びたのは、元老院の承認や市民集会の決議などの手続きが巨大化した国家全体に浸透する前にゲルマン人の侵略をゆるしたからである。
 江戸三百年の平和は、幕府(権力)が天皇(権威)から預かった土地や民を御宝として扱い、民が天皇を慕い、天皇が民の幸と国家の安泰を祈るという三位一体の国体が成立していたからである。
国家の三要素(領土・国民・主権)をまもるには、権力や法、民主主義などの手続きではなく、伝統という心に刻まれた永遠の規範が必要なのである。

 ●改憲ではなく新憲法制定
 憲法には、伝統が反映されるべきで、聖徳太子の十七か条の憲法には日本の精神が簡潔に記されている。
 ところが、自民党改憲案における天皇の地位は、象徴を元首にさしかえ、以下、一条の全文をほぼ全面的にGHQ憲法を踏襲している。
 明治憲法の欠陥は、ドイツ憲法を模倣して、権威の座にあった天皇を権力の座(=元首)にすえたことで、一方、GHQ憲法の過ちは、日本の君民一体を西洋の民主主義(主権在民)にすりかえたところにある。
 自民党の改憲案は、明治憲法とGHQ憲法の悪いところ取りで、これを改憲案として堂々と掲げるところに自民党の保守党としての限界がある。
 天皇が憲法上の存在となっているかぎり、歴史の証である天皇が、道路交通法のように、法手続きによって廃絶させられる危機から免れえない。
 天皇退位問題にたいして、安倍内閣は特例法(「皇室典範の付則に記述」)で処置するという。
 これは、天皇が歴史上の存在で、伝統の象徴であることの否定で、GHQが憲法の形でおしつけた民主主義への屈服である。
 わが国の数千年の歴史は、GHQがわずか一週間で書き上げた占領基本法と比較するべくもなく、まして、これに屈すべき理由はケシ粒ほどもない。
 同様に11宮家の臣籍降下も皇室典範の憲法への組み入れも、戦勝国の時限的な戦時占領政策で、いつまでもこれをまもらなければならない理由はどこにもない。
 憲法問題については、改憲ではなく、新憲法制定にむけて、もっとつっこんだ根本的な議論が必要なのである。
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2017年04月14日

 伝統と民主主義A

 ●二階発言と戦後民主主義
 自民党の二階幹事長が、女性天皇の問題にからめて、皇位の男系相続が男女平等に反すると発言(BS朝日)して、物議をかもした。
「女性尊重の時代に天皇陛下だけ例外というのは時代遅れだ」「トップが女性の国もいくつかある」というのは、法における男女平等であって、政治や権力のカテゴリーにおかれている。
 一方、国体や皇位は、歴史や伝統という文化のカテゴリーにあって、政治や権力、法の支配をうけない。
 国家は、権力機構である一方、文化構造で、両者は表裏の関係にある。
 したがって、民主主義という政治概念と伝統という文化概念は、二元論的に両立する。
 それを裏付けているのが当時のマッカーサーの判断である。
 戦後の民主主義(男女同権)はマッカーサー憲法を原基としている。
 その憲法が定めた皇室典範の第一章(第一条)に皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承するとある。
 日本に民主主義をもちこんだマッカーサーが男系男子(万世一系)をみとめているのである。
 にもかかわらず、二階発言がとびだしてきたのは、戦後、民主主義ばかりをもちあげて、伝統や歴史的な価値観がないがしろにする風潮がはびこってきたからである。
 ●革命イデオロギーとなった民主主義
 戦後、マスコミや文化人は、民主主義を、人類が到達した最高道徳であるかのような言説をふりまいてきた。
 そして、戦前の教育勅語や道徳教育を「軍国主義」の象徴として、徹底的に排除した。
 このとき、忠孝や友愛、礼儀や謙虚などの道徳観念が捨てられた。
 政治と文化、国体と政体、権力と権威の区別がつかなかったのである。
 民主主義は、多数派の独裁ということであって、政治の技能をもたず、権力操作ができない国民一般に代わって、為政者が政治権力を行使するというだけの話である。
 それが、戦後、絶対善となったのは、民主主義も国民主権も、革命のイデオロギーだったからである。
 戦後、革命の経験も必要もなかった日本でヨーロッパの革命思想が流行したのは、公職追放令や神道指令、労組結成促進などGHQの政策によって革命を夢見る左翼が大躍進したからである。
 左翼にとって、民主主義や国民主権は、革命へのステップボードだったのである。
 ●反日主義の正体 
 17世紀のイギリス革命から20世紀のロシア革命にいたる200年ほどのあいだヨーロッパでは革命の嵐が吹き荒れた。
 その理論的支柱となったのがロック(アメリカ独立戦争)とルソー(フランス革命)そしてマルクス(ロシア革命)だった。
 中世の絶対君主制の崩壊にともなって、離反した国家と人民の関係をむすびなおそうとしたのが社会契約説である。
 万人の万人に対する闘争を避けるために国家が必要としたホッブスの半世紀後にロックが人民の抵抗権を、百年後にルソーが直接民主主義を、20世紀になって、マルクスが暴力革命によるプロレタリアート独裁を唱えた。
日教組や労組、新聞マスコミ、大学論壇の左翼色は、戦後のルソー、マルクスブームの燃えカスなのである。
テレビの討論番組で「反日主義のどこがわるい」と居直った若者が、日本という国家自体が憲法違反だという珍論をくりだした。
そして、左翼憲法学者の論を借りてきて「国家を監視するのが憲法」と主張した挙げ句、「憲法は国体」と言い放った。
「国家は悪である」というルソーの革命思想と強過ぎる大統領の権力を憲法で制限するアメリカ民主主義、そして、国家主権が否定されている戦後憲法の三者を組み合わせて、珍妙なる理屈をこねたわけだが、それが反日主義の論法である。
 ●グロテスクな精神
 ルソー主義とアメリカ大統領制、日本国憲法の三者を見比べてみよう。
 紀元前の大昔、プラトンによって退けられた民主主義は、十八世紀にルソーの手でよみがえった。
 共産主義革命という歴史破壊に、ルソー主義という大嘘が必要だったからである。
 ルソーの人民主権は、議会に収容することできない人民の意思を一般化して、一人の独裁者にゆだねるという詭弁である。
 一方、ロックは、人民の主権を議会や三権分立に委託した。
 前者がナポレオンやヒトラー、スターリンなら、後者がアメリカの大統領というわけで、アメリカの場合、大統領と議会、憲法が三つ巴の関係で、ルソーとロックがごちゃまぜになっている。
 アメリカの権力構造は、突出した大統領の権力を抑えるため三権≠フ上に憲法を置き、立法や司法が憲法をタテにホワイトハウス(行政)の暴走を阻止できる仕組みになっている。
 伝統的規範をもたない革命国家アメリカでは、憲法というガードを設けなければ、大統領の独裁専制になってしまうのである。
 アメリカの憲政主義と三権分立は、二権(立法府・司法府)が民主主義(大統領の権力=行政府)をチェックするための機関なのである。
 日本国憲法は、国家主権を否定して、国民主権を謳っている。
 戦後、日本から伝統国家の精神が消えたのは、憲法が共和制(革命国家)の内容になっているからで、国家は悪だ、武器を捨てれば平和になると叫ぶ反日主義が大手をふるい、反体制派(政党)が政権争いに参入してくるのは、国家基本法(憲法)が反体制派のバイブルになっているからである。
 ルソーの国家性悪説と強すぎる政治権力を制限するための憲法優位説、国家主権の不在の日本国憲法があいまって、日本は、世界に類のない「反日(自国の否定)」というグロテスクな精神がはびこる国となったのである。
 ●アメリカは革命国家
 民主主義は、多数決による権力奪取の手段にすぎない。
 国民主権も、政治権力の主体を国民におき、それを為政者があずかるという理屈にすぎず、一片の政治理念も宿していない。
 まして徳性や文化とは無縁の代物で、かつて、武力に頼っていた権力闘争の手段が多数決に代わっただけの話である。
 一方、文化は、伝統を継承し、過去から学ぶことで、歴史の知恵である。
 したがって、歴史や国体という文化構造をもたない革命国家は、民主主義を唯一の社会規範とするしかない。
 革命国家には、トランプ大統領の政治をみてわかるとおり、民主主義の権力(大統領令)と憲法の威力(司法による執行停止)の衝突しかない。
 内閣がなく、議会も無力なアメリカの政体は、選挙(=民主主義)によって主権を手にしたホワイトハウス(大統領+スタッフ)による独裁政治となる。
 アメリカもまた人民独裁の形をとる革命国家だったのである。
 ●王制民主主義と天皇民主主義
 日本も首相を国民投票でえらぶべきという者がいるが、愚見である。
 日本は内閣・議会政治で、独裁的な権力をもつ大統領を必要としない。
 日本の国のかたちは、歴史にもとづく文化の系統=国体(権威)が、政治をおこなう権力の系統=政体(権力)に統治の正統性を授ける二重構造になっている。
 ロックやルソーをもちださずとも、日本には、万人の戦争を避けうる国体と国家の二元構造があって、その伝統が天皇の存在である。
 したがって、伝統国家には、主権者の権力を制限する憲法は要らない。
政治が、民(民主主義)や法(憲法)ではなく、歴史(伝統)から委託されるからである。
 イギリスが憲法をもたないのは伝統国家の体裁をとっているからで、王から委託をうけた議会と文化の歴史的蓄積である一般慣習法(コモンロー)ですべて足りる。
 イギリスが王制民主主義なら、日本は天皇民主主義である。
 自由には節度、平等には分相応、人権には人格という法以外の常識や知恵がもとめられる。
 それがイギリスのコモンローで、日本の伝統的価値観である。
 ところが、戦後の日本人は、アメリカ民主主義を最高道徳(=憲法)としてとらえ、これを国体の上位においてきた。
 日本は、文化的には伝統国家だが、民主主義と法を唯一の規範とする政治の面では、新興国並みである。
 なにしろ、歴史や文化までを裁判(憲法訴訟)で決着をつけようというのである。
 日本では、最大の権力が民主主義で、憲法が民主主義の教本になっている。
 ならば、必要なのは、憲法を監視する文化(伝統)であろう。
 伝統国家というのは、国体という文化構造が政体=権力を監視する仕組みができている国のことなのである。
 ●民主主義とリベラリズム
 民主主義は、自由や平等、人権と同様、市民革命からうまれてきたことばで、歴史を否定する進歩主義である。
 近世の革命熱が冷めて、現実政治に立ち返った近代において、自由や平等などのことばは、法の専門用語として残っただけで、国民主権も、実効的な意味合いを失っている。
 代わって台頭してきたのがリベラリズムである。
 現在、世界中で、リベラリズムと保守主義が対立している。
「個と全体の矛盾」という永遠のテーマが政治の場で衝突しているのである。
 個を重く見るのがリベラルで、全体を重視するのが保守である。
 保守と革新の対立は、マルクス主義の破綻と保守主義の中道化によってほぼ解消されて、残っているのは、国家と個人が対立する構図だけとなった。
 個(個人)と全体(国家)の絶対矛盾は解消されることはない。
 個は全体の一部で、一方、全体は、個なくして成り立たないからである。
 したがって、先進国の政党は、たとえ野党でも、国家を第一義におく。
 それが「大きな政府・小さな政府」論である。
 アメリカはリベラル(民主党)と保守(共和党)の二大政党である。
 リベラルは大きな政府(=経済への政府関与)を、保守は小さな政府(=市場主義)を掲げる。
 民主主義がアメリカで機能しているのは、政治的手法としてのみもちられているからである。
 日本の民進党(旧民主党)をリベラル政党ということはできない。
 リベラルも保守も、民主主義に立ち、ともに国益をもとめる。
 ところが、日本の場合、民主主義が反体制のイデオロギーになっている。
 強行採決にたいして、野党が民主主義をまもれと叫ぶのは、かれらにとって民主主義は、多数決の原理ではなく、人民独裁なのである。
 日本で二大政党体制が成立しない理由はそこにあって、共産党と共闘関係にある民進党は、政党ではなく、革命集団なのである。
 ●まだ革命熱が冷めない後進性
 ニューディール政策のルーズベルトは民主党の大統領で、コミンテルンから多大な影響をうけた経済政策はアメリカ版共産主義≠ニ呼ばれ、最高裁から違憲判決までうけている。
 だが、反国家的政策をとったことはなく、現在の軍産複合体制をつくったのはそのルーズベルトだった。
 共和党のトランプ大統領が、共和党の一部から批判され、民主党の一部から支持されているのは、共和党の新自由主義を捨て、政府が経済政策に積極的に関与する民主党の路線をとったからである。
 アメリカ民主党は、かつての自民党の保守本流(宏池会)で、共和党にあたるのが非主流(岸信介・鳩山一郎派)である。
 日本では、政治向けの政策をおこなう非主流派と経済政策をもっぱらとする保守本流が交代に政権を担当して、バランスをとってきた。
 このサイクルが狂ったのが、細川護煕政権(非自民・非共産8党派連立政権/1993年)と民主党政権(2009年)だった。
 自民党が8党派連立政権に政権を明け渡したのは、宮沢首相の指導力欠如と分派行動が原因だったが、民主党に政権を奪われたのは、マスコミ総出の反自民キャンペーンによるもので、このとき民主党ブームがおこり、そのときの議席占有率(64.2%)はいまなお破られていない。
 日本人とりわけマスコミが非自民政権に期待したのは革命(改革)だった。
 反日主義や自虐史観が台頭、媚中派や護憲派が幅をきかせ、愛国心や国益を口にすると右翼と叩かれるようになったのもこの頃からだった。
 ●戦争で大きくなったアメリカ
 アメリカにおける政権交代は、自民党左派と右派の主導権争いのようなもので、民進党や共産党のような革命政党が護憲をタテに政治の表舞台に登場することはありえない。
 アメリカ憲法は、大統領の権力を制限するが、国権を制限しないからである。
 アメリカは「力への信仰」から成り立っている国である。
 世界最強の軍事力が、腰に拳銃をぶら下げていた時代からアメリカ人のアイデンティティーで、USAが他国をねじ伏せているかぎり、かれらは、誇りと愛国心をたずさえたアメリカ人なのである。
 武器を捨てると平和になる(九条護持)と叫びながら、日米安保条約のなかで惰眠を貪っているわが国の護憲派とは大違いなのである。
 アメリカは戦争によって、大きくなった国である。
 独立戦争やインディアン戦争、南北戦争のほか、メキシコ国土の三分の一を奪った米墨戦争、キューバを支配下におき、フィリピン・プエルトリコ・グアムを領有した米西戦争、そして、二つの世界大戦に勝利して、アメリカは世界一の強国となった。
 アメリカの戦争は、権力を一手に握る大統領の指導力と国民の熱狂的支持の下でおこなわれてきた。
 国家の形態も臨戦型で、アメリカ合衆国大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が形成する∧軍産複合体制(MIC)∨には、アメリカを代表する数千の企業や金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 原爆を製造・投下したのもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 ●「力=正義=民主主義」の図式
 アメリカの民主主義は、政治(権力)のカテゴリーにあって、革命と戦争がその決着点である。
 アメリカにとって、力が正義で、その正義をうみだすのが民主主義なのである。
「力=正義=民主主義」がアメリカの国是で、多数決(民主主義)と法だけで決着のつく文化果つる地では、戦争や軍事力を背景にした「力の支配」だけがまかりとおるのである。
 みんなにこにこ民主主義とやっているのは日本だけだが、その日本でも民主主義による伝統破壊がじわじわ進行している。
 好例が自民党の改憲案で、9条を除いて、GHQ憲法がそのまま踏襲されているどころか、明治憲法の天皇元首までをひきついでいる。
 明治憲法がプロイセン(ドイツ)憲法をモデルにしたのは、皇帝の政治力がつよかったからだが、ドイツも革命国家で、皇帝は、憲法によって定められた地位にすぎなかった。
 天皇が、アメリカの民主主義や西洋の憲法以上の存在なのは、伝統国家のオサ(長)だからで、権力や政治や法によって定められた西洋の王や皇帝よりはるか上位にある。
 そこに万世一系の権威があるのだが、民主主義と憲法に毒された戦後の日本人は、そのことをすっかり忘れている。
 伝統と民主主義をめぐる議論をもっと深めてゆく必要があるだろう。
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 月刊ベルダ3月号(2017年2月発売)より転載

 伝統と民主主義@
         
 ●伝統に牙を剥く民主主義
 伝統と民主主義は決定的に対立する。
 歴史的価値の継承である伝統と歴史を否定した上に成り立っている民主主義は水と油の関係にあるからである。
 歴史を否定し、伝統を破壊するのが革命で、革命の原動力となったのが民主主義だった。
 大東亜戦争・日米戦争は、革命国家と伝統国家のたたかいで、戦争に勝ったのは、中華民国(辛亥革命)をふくめて、すべて、革命国家だった。
 連合国側は、民主主義の旗を立て、日・独のファシズム打倒をスローガンに掲げた。
 市民革命で否定した伝統的体制を民主主義の敵(悪の枢軸)と見立てたのである。
 枢軸国は戦争に負けて、ナチズムは滅びたが、日本の国体は残った。
 ナチズムは人工物だが、国体=天皇は歴史そのもので、歴史を否定することはできないからである。
 戦後、日本では、伝統と民主主義が奇妙な形態で共存してきた。
 それが可能だったのは、民主主義が憲法に代表されるルールだったのにたいして伝統が精神に根ざす文化の体系だったからである。
 国家主権(交戦権)をもたない日本が対米従属構造のなかで、アメリカの属国のようにふるまってきたのはその歪みからである。
 憲法九条が軍隊の保持や交戦権を否定しても「日米安保条約」が補完し、GHQ憲法が天皇から主権を奪っても、もともと、権力ではなく権威だった天皇の尊厳も地位もゆらぐことはなかった。
 戦後日本は、憲法ではなく、日米安保条約の下で、国際社会の一員となったのである。
 ●大きく変化する日米関係
 ところが、戦後70年にして、地殻変動が生じた。
 アメリカの弱体化と中国の強大化である。
 アメリカは一国支配の超大国から同盟国を必要とする盟主にすぎない存在へと変貌したのである。
 現在、日米関係は、従属からイコール・パートーナーシップへかわりつつある。
 安倍・トランプのゴルフ首脳会談≠ェその象徴で、日本はアメリカのキャディバックを担ぐ立場から対等にスコアを競う関係へともちあがった。
 日本の地政学的条件と科学技術、経済力がなければ、アジアにおけるアメリカの軍事的優位は保てず、日本の投資や進出、協力がなければ、アメリカの製造業は浮上できない。
 G8のメンバーで、アメリカの最大のパートナーが、国家主権をもたない半人前国家というのは恥ずべき話で、日本は、遅ればせながら自主憲法制定という戦後最大の政治課題に取り組むべき時期を迎えている。
 自主憲法制定の要諦は次の三つである。
 @GHQ憲法の破棄と自主憲法制定
 A明治憲法観における天皇主権の破棄と皇室典範の憲法からの分離
 B国家主権の宣言
 この場合、最大のテーマとなるのが、伝統国家としての国柄をいかに新憲法に反映させるかである。
 戦後、GHQによる国体破壊と国家改造が大胆にすすめられた。
 この文化破壊に駆り出されたのが民主主義とキリスト教的な価値観、そして、マルクス主義的な進歩主義だった。
 伝統を決定的に破壊したのが、民主主義と国民主権を謳った憲法だったのはいうまでもない。
憲法草案作成の中心的役割をはたしたケーディス(民政局課長)ら主要スタッフが共産主義のシンパだったからである。
 神道指令や公職追放令などの一過性の軍令は、占領が終了してGHQが撤退すれば失効する。
 だが、武装解除(9条)を盛り込んだ憲法や教育基本法、労働組合法、財閥解体、農地改革、あるいは教育勅語の廃棄などは占領が終わっても、恒久的な法や制度、構造として残り、主権回復後も、国家と国民をしばりつづける。
 昭和27年にサンフランシスコ講和条約が締結された時点で、日本は、最低限、占領憲法の廃棄と皇室典範の憲法からの分離を実現させておくべきだった。
 ところが、戦前から親英米派だった吉田茂にその気はなく、公職追放されていた鳩山一郎が政界に復帰したときは、護憲派が議席の三分の一を握ったあとだった。
 講和成立後、60年以上経った現在も、日本は、敗戦構造をひきずったままで、戦後体制(=戦後レジーム)脱却の機運がうまれてきたのは、第二次安倍内閣にいたってからである。
 ●伝統を捨てた日本の保守陣営
 その自民党の改憲案に「天皇元首(第一章第一条)」が謳われている。
 第二条(皇位継承)では皇室典範が国会決議の下位に置かれてもいる。
 明治憲法の天皇元首(天皇主権)はドイツ憲法の模倣で、皇室典範の権力への取り込みはアメリカ大統領制をモデルにしている。
 天皇をヨーロッパの王制と同一視したもので、祭祀国家の伝統とは相容れない。
 神話を源流とする権威(祭祀主)たる天皇は、権力の正統性を担保する神霊的な存在である。
 保守を自認する自民党の改憲草案においてすら、伝統が断ち切られているのである。
 民主主義を最高善と教育された戦後の日本人は、歴史主義という伝統的な意思決定を頭から否定する。
 多数派(ボルシェビキ)を絶対価値とする日教組の洗脳によるもので、標的になったのが教育勅語と皇国史観(正史)だった。
 ギリシャの哲学者プラトンは「もっともすぐれているのは哲人(偉人)による政治」と喝破した。
 秀吉の検地・刀狩りやキリシタン禁止令、江戸幕府の鎖国令は、歴史上の出来事にとどまらず、現在の日本を成り立たせている根源的な要因となっている。
 日本がキリスト教化されず、人身売買や奴隷制度がなく、士農工商の身分秩序の下で礼儀や道徳がおもんじられてきたのも、歴史と伝統の成果で、歴史は現在も生きている。
 伝統国家は、歴史という絶対的な土台の上に建っているのである。
 大日本帝国憲法第3条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とある。
 これが伝統のありようで、歴史上の事実は変更がゆるされず、継承するだけである。
 したがって、新憲法では「日本国民の総意に基づく」から「天皇はわが国の伝統である」へ変更されなければならない。
 一方、民主主義では、多数決によって、歴史まで変更しようとする。
 女性天皇(女系天皇)をみとめた皇室典範に関する有識者会議(平成17年)の吉川弘之座長(元東京大学総長)が「伝統は無視した」とのべたことからもわかるように西洋合理主義(民主主義)の下では、伝統は前世紀の遺物としか映らないのである。
 ●民主主義を盲信した戦後日本人
 戦後、日本では、民主主義が最大の価値となった。
 民主主義は、紀元前、プラトンから衆愚政治として退けられて以後、ソクラテスからプラトン、アリストテレスへとつづく西洋思想史から完全にすがたを消した代物である。
 復活したのは、18世紀になって、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』が登場してからである。
 ルソーの主権在民論がフランス革命の精神的支柱となり、マルクスの資本論に援用されたことはすでに知られている。
 民主主義が衆愚政治に堕すのは古代ギリシャからの常識だが、ルソーは、そこで名案を思いついた。
 民衆の代表者(民)を独裁者(主)に仕立て上げれば衆愚政治を免れるというアイデアである。
 直接民主主義だった古代ギリシャのデモクラシーは、民衆全員が議事堂に入りきらない以上、空想論から出るものではなかった。
 だが、民衆の意思を一人の独裁者にゆだねるルソーの間接民主主義は、実現が可能である。
 このときルソーが使った論法が「民衆の総意」という一般化理論である。
 日本国憲法の「日本国民の総意に基づく」(第一条天皇)がこの論法である。
 国民一人ひとりを民衆≠ニ一般化して、なおかつ総意≠ニいうゴマカシをもちいて、独裁者が君臨する近代民主主義を考案したのである。
 この論法からできあがったのが、フランス革命の恐怖政治(ジャコバン派)やナポレオン帝政、ロシア革命、ヒトラー独裁で、絶対権力者が人民代表の名の下で強権をふるったのである。
 民主主義は、もともと、革命のイデオロギーである。
 民主主義の生みの親は革命で、歴史を破壊しつくし、多くの血を流してきた。
 いまさら、民主主義は平和的で、暴力を否定するなどといってもとおらない。
 なぜなら、民主主義において、すでに数の暴力(多数派による専制)≠ェ容認されているからである。
 ●ポピュリズムに転落する民主主義
 民主主義も専制政治も「力による支配」にかわりはなく、かならず「力による反逆」という対立軸をかかえこむ。
 このとき、動員されるのが暴力で、歴史や文化を破壊する民主主義は、その一方、民主主義に逆らう勢力にたいして容赦ない攻撃をくわえる。
 アメリカの戦争は、民主主義を大義に掲げたもので、キリスト教を立て、侵略と虐殺をおこなったかつての列強の侵略の論理とかわるところがない。
 アメリカがすすめてきたグローバリズムはアメリカ化にほかならず、伝統を民主主義におきかえる文化破壊だった。
 イスラム過激派との戦争は、そこからうまれたもので、アメリカという重爆撃機に抵抗する戦法としてえらばれたのがテロリズムだった。
「多数派の論理」である民主主義は、感情に支配される。
デマゴギーが共産党の常套手段であることからもわかるように、民主主義は感情訴求のイデオロギーなのである。
「万世一系(皇位の男系男子相続)」は男女差別というほど愚昧な俗説はないが、感情にうったえて、伝統を破壊するのに、これほど便利で効果的な方法はない。
 智恵も分別もいらない感情訴求は、暴動を暴力革命にみちびく共産党の危険な常套手段だが、同時に、もっとも民主主義的な方法ということもいえる。
 戦後の日本人が民主主義を後生大事にしてきたのは、自分勝手な感情の捌け口にもなるからで、痴漢常習の漫才師を二期続けて大阪府知事にえらんだのは、テレビでよく見る顔だったからである。
民主主義がポピュリズムに堕するのは感情に支配されるからである。
衆愚政治は、有権者が愚かであるがゆえに低レベルの政治がおこなわれることで、ポピュリズムは、その愚かさにつけこんだ選挙や政治、政策のことである。
 衆愚政治とポピュリズムの下で、道州制導入の国民投票や首相公選制がおこなわれると、ファシズム並みの悲惨な政治状況がうまれることになる。
 歴史の叡智を継承する伝統を失えば、行く先にあるのは、不毛な革命ゴッコや国家崩壊だけである
紀元前、ギリシャで流行った民主主義がルソーによってよみがえった。
 これに大昔の原始共産制をくっつけたのがマルクス主義である。
 マルクス主義に専制政治をくっつけたのがスターリン主義で、毛沢東主義も同じようなものである。
 政治は、三大宗教と同じように、古代から一歩も進歩していない。
 そして現在、アメリカでは、国益第一のトランプが大統領になり、フランスでは極右政党(国民戦線=FN)のルペンが大統領候補に取沙汰されている。
 ロシアのプーチンも中国の習近平も独裁的で、世界のリーダーは、だれもが民主的な手続きでえらばれた小粒なアレキサンダー大王なのである。
 ●革命熱にうかれた戦後日本人
 西洋の近代化は、三つの革命によって実現された。
 宗教革命と市民革命、そして、産業革命である。
 メイフラワー号でアメリカにやってきた人々はピューリタンで、英国から独立をかちとったアメリカ革命は、宗教革命でもあった。
 三つ目の産業革命は、伝統が残るヨーロッパよりも、新興国アメリカのほうで大きく開花した。
 摩天楼や車社会、オートメーションに象徴されるアメリカ文明は、過去なき地に打ち立てられ、かつてなかった形態とスケールで巨大化していった。
 歴史なき地で社会規範になりうるのは、宗教的戒律と民主主義だけである。
 相続すべき歴史的遺産がないからで、あるのは、プロティスタンティズムの自由と革命のエネルギーとなった民主主義だけだった。
 そして、アメリカは、そのアメリカイズムを普遍的な価値として、世界中におしつけてきた。
 戦後、伝統的価値観を捨て、アメリカナイゼーションへ走った日本人は、なんでも多数決できめられると思いこんでいる。
 教育勅語を悪の権化のようにいい、道徳教育に反対するのは、民主主義に反するというわけで、朝日新聞はことあるごとに「軍靴の音が聞こえてくる」とくり返す。
 革命は、西洋合理主義の一つの帰結で、伝統を破壊した上に成立する。
 戦後日本では、フランス革命やイギリスのピューリタン革命、アメリカ独立戦争、ロシア革命の思想的背景となった啓蒙思想のジャン・J・ルソーやJ・ロック、共産主義のマルクスらがもちあげられ、研究された。
 そのかん、日本中に左翼と反日の風が吹き荒れた。
 戦後、戦勝国から植えつけられた西洋合理主義が、左翼から進歩主義、反伝統、自虐史観、売国思想に化けて、日本中に摩擦をひきおこしていたのである。
 戦後、日本人が人類の最高英知であるかのように考えてきた民主主義は、ただの革命理論で、徳や歴史の英知を宿してはいない。
 しかも、民主主義は、だれが真の権力者かを問うだけで、政治はどうあるべきかという肝心なことには一言もふれていない。
 民主主義から歴史主義に回帰しないかぎり、いつまでも日本に、伝統国家としての自信と風格はもどってこないのである。
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2017年02月11日

「伝統と革新」2016年秋号「現代メディア論」から転載

 マスコミにはびこる
 正義ヅラの胡散臭さ

         
 ●マスコミ商売のどこが社会の木鐸か
 マスコミが企業もしくは商売人で、読者や視聴者が情報の購買者にすぎないということが、わが国では、なかなか理解されない。
 とりわけ、三大紙(読売・朝日・毎日)やブロック紙(中日・北海道新聞など)、五大テレビ局(日本・朝日・TBS・フジ・東京)にたいしては、全幅の信頼をおくというより、妄信するのである。
 情報が信頼できるからではなく、数百万人もの読者や視聴者をカバーしている大新聞やテレビなら、黙って乗っていれば大勢に遅れる心配がないからである。
 信用できるのは、真実ではなく、マジョリティ(多数派)のほうで、大衆は、少数派の真実などに何の関心もむけない。
 そもそも、大衆には、真実をみきわめる能力がそなわっていない。
 専門家すら、たとえば安保法制について、一刀両断で是非を断じることはむずかしい。
 安全保障には集団的自衛権が不可欠だが、米軍に付き合って、地球の裏側にまででかけてゆく必要はあるまいというのが一般通念で、どんな政治的な問題も絶対≠ニいうわけにはいかない。
 安保法制に抗議して焼身自殺(新宿・日比谷公園)した人は、どんな絶対をかかえこんでいたのであろうか。
 靖国神社に放火しようとして逮捕された韓国人(全昶漢)が「韓国のマスコミから称賛されたかった。靖国神社については何も知らない」とのべたという。
 何も知らないのに、大それたことをやってのけたのは、マスコミにとりこまれたからである。
 それがマスコミの危険性で、多数派世論=マスコミが、現代社会において、第四の権力どころか、立法・司法・行政をはるかにしのぐ圧倒的な支配力・影響力をもっているのである。

 ●国家も国益もないあざとい商売
 日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)に反発する暴動(日比谷焼打事件)は死者17人、負傷者500人以上、検挙者2000人という大惨事となったが、きっかけは「桂太郎内閣に国民や軍隊は売られた」(朝日新聞)と煽る新聞記事だった。
 国家予算6年分の戦費を使い果たしていた当時の日本には、戦争を継続する余力がなく、一方、ロシアには、戦争継続の意志も能力も残っていた。アメリカ大統領(セオドア・ルーズベルト)を仲介に立てたポーツマス条約は、高度な政治工作だったが、国民は、そんなことは知らない。
 新聞は、そのあたりの事情を知らないでもなかったろうが、何より商売繁盛というわけで、大衆をあおりに煽って、ついに、日比谷焼打事件へと暴走させた。
 日清・日露戦争から満州事変、日中戦争、日米開戦など新しい戦争がおこるたび、新聞は爆発的に部数をのばしていった。
 新聞にとって、戦争ほど有り難い出来事はないのである。
 戦地に多数の従軍記者を派遣したほか、戦果を空撮するための航空部局を創設(朝日新聞)するなどして部数を拡大させていった大新聞は、連日、大本営発表を大々的に報じ、鬼畜英米や「進め一億火の玉だ」などのスローガンを見出しに掲げ、あたかも、戦争協力者にようにふるまった。
だが、実際は、商売の便法だったことは、戦後の変節や昨今のガセ記事からも明らかである。
のちにゾルゲ事件で検挙される朝日新聞記者・尾崎秀実が、日中戦争の戦線拡大を叫んだのは、戦争大きくなるほど販売部数がのびる朝日新聞の主張でもあったからで、のちに第1次近衛内閣の内閣嘱託から満鉄調査部嘱託職員へ転身するなかで、ソ連のスパイ・ゾルゲに協力しながら、日本軍の徹底抗戦を説いてまわった。
これが敗戦革命≠ナ、のちに憲法学者のいう「八月革命」にひきつがれる。
海軍の米内光政ら英米派が戦線を南下(島嶼作戦)させ、陸軍が戦線を中国大陸やマレー半島(インパール作戦)へ貼りつかせることによって本土防衛が手薄になり、太平洋から米軍(空軍)、北方からソ連(機械化部隊)の反撃をうけて日本が滅亡するというのが敗戦革命のシナリオで、スターリンとルーズベルトの日本殲滅計画には、英米やソ連への属国化を想定する国際派のほか、大新聞が一枚くわわっていたのである。

 ●東京裁判に「お役目ご苦労様」
 戦後、朝日新聞が180度転身して、反戦・平和主義なるのは、公職追放で上層部が入れ代わったからだけではなかった。
 報国や愛国では商売にならなくなって、GHQに擦り寄っただけの話で、左翼にあらずんば人にあらずの戦後風潮のなかで、朝日新聞は、左翼や左翼シンパを一挙にすくいとって、再び、日本一の大新聞なってゆく。
 朝日新聞は、昭和20年9月19、20日の2日間、GHQから発行停止命令を受けている。
 原因は、鳩山一郎衆議院議員(昭和29年/内閣総理大臣)のインタビュー記事だった。「正義は力なりを標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が戦争犯罪であることを否むことはできぬであろう」(9月15日付)
 アメリカの戦争犯罪について言及したこの記事がGHQの逆鱗に触れたのである。
 発禁が明けた直後の社説(「戦争の責任、果たして如何」9月22日)にこうある。
「物的戦力と科学力において、日本が米国に遙に及ばないことは、初めから判りきつてゐたことである。我が指導者が、この事実を知らなかつたとすれば、無智、無能これに過ぐるものはないし、もし知つて国民を戦争に駆り立てたとすれば、罪万死に値しよう」
 かつて、鬼畜米英を叫んだ朝日新聞はさらにこうのべる。
「軍国主義の絶滅と政治の民主主義化は、日本自体の要求だったと万人が異口同音に叫ぶであろう」
戦争責任は指導者だけにあって、アメリカは、自由主義や民主主義を好む日本人を軍国主義から救い出した救護者だというのである。
 朝日新聞は、発禁命令を受けた当日、鈴木文四郎常務ら重役がGHQに出向き、口頭でこう誓っている。「GHQの日本改革政策を全面的に支持する」
 そして、日本の戦争指導者7人に死刑を宣した極東軍事裁判が終わった日、紙面にデカデカと「お役目ご苦労様」と書いてGHQをねぎらった。
 朝日新聞は擦り寄るべき権力者をGHQに切り替えたわけだが、はたしてこれを転向と呼んでいいものだろうか。
 転向は、信念を曲げることであって、そこに苦渋や躊躇がはたらくものである。
 ところが、朝日は、ケロッとして、反省も節を曲げたことを愧じる素振りすらも見せていない。
 それは当然で、利益になるのなら、変節を恥じないのが、商人なのである。
 新聞もテレビも、儲けのために記事や情報を売っているのであって、八百屋がナスビ、雑貨屋や歯磨き粉、魚屋がイワシを売っているのと何もちがわない。
 マスコミが有害なのは、商人の分限で、正義や真実、イデオロギーを振り回すからで、ナスビに説教されて、有り難がっているのが、昨今のマスコミ世論なのである。

 ●GHQの暴走を招いた朝日・毎日
 新聞のあくどい商魂が国家の危機を招いたのが、天皇陛下とマッカーサーの会見記事にまつわる出来事である。
 昭和20年9月27日、旧アメリカ大使館の司令官公邸で、天皇とマッカーサーの会見がおこなわれた。
 翌28日、内閣情報局は、朝日、毎日、読売報知にたいして、同会見の記事およびモーニングで正装した昭和天皇と平服姿のマッカーサーが並び立つ写真の掲載を禁止(発禁処分)する命令を下した。
 このとき、朝日新聞の細川隆元編集局長は、GHQに駆け込み、「内閣情報局はGHQよりエラいのか」と息巻き、その日のうちに内閣情報局の発禁処分を撤回させている。
 細川本人はこの事実を『朝日新聞外史』(秋田書店)のなかで得意げに書いているが、商売のためにやったとは一言もいわず、以後、日本社会党出身ながら保守本流の立場に立って『時事放談』(TBS)などで毒舌をふるった。
 GHQの統治は、あくまで間接統治で、憲法や議会制度、内閣も戦前のままだった。
 ところがこの事件から、内閣情報局の検閲機能がGHQに移って、ポツダム宣言違反になる言論弾圧(プレスコード)が開始される。
 プレスコードは過酷なもので、戦勝国にたいする批判から占領軍に不都合な記述、占領軍が日本国憲法を起草したことへの言及を禁じたばかりか、武道や日本の伝統文化にかんする古書や研究書、学術書までを廃棄、焼却させている (GHQ焚書) 。
 憲法改正にも大新聞が火をつけた。1946年2月1日、毎日新聞が、幣原内閣の「憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)」がまとめた案を1面トップでスクープ、天皇主権が撤回されていない松本案にGHQが反発、マッカーサーが「国民主権」「戦争放棄(9条)」を盛り込んだ指針を提示するという顛末になった。
 そして、マッカーサー案にもとづいて、スクープ直後から10日間、実質9日間で現在の日本国憲法の草案まとめられた。
 草案を急いだのは、天皇の戦犯裁判を要求していた極東委員会(FEC)の先手を打つためで、天皇存続を占領政策の基本にすえたマッカーサーの意向がはたらいたものと思われるが、薄氷の芸当で、下手をすれば、FEC(11か国による対日政策の最高決定機関)の介入を招き、天皇処罰、皇室廃止という事態なっていたかもしれなかった。
 朝日、毎日に日本を滅ぼそうという意図があったわけではない。
 国家の存亡にかかる問題でも、新聞という商売には、商いのネタでしかなかったというだけの話で、スクープした毎日の西山柳造元記者も「特ダネが欲しかっただけ」と述懐している。

 ●世相が乱れると新聞が儲かる
「大事件がおきれば新聞が儲かる」という法則が最大限に発揮された出来事が60年安保闘争とロッキード事件だった。
 安保闘争は、革新政党や労働組合、学生組織(全学連)、革新系文化人、市民団体らがすすめた左翼運動で、日本人の大半は、日米安保条約の改定内容すら知らなかった。
 このとき、マスコミは、60年安保が事実上の属国条約だった50年安保の改定だったことを一言も報じなかったばかりか、「岸内閣打倒、安保反対」の一辺倒で、岸首相のいう「声なき声」を反民主主義、ファシズムと罵倒した。
 当時、日本の左翼は、世界初の人工衛星(スプートニク1号)の打ち上げに成功したソ連や「大躍進政策」の中国、「在日朝鮮人帰還事業」の北朝鮮にうかれて、安全保障のことなど頭の片隅にもなかった。
 朝日新聞が、ソ連を「世界の盟主」、中国を「希望の国」、北朝鮮を「地上の楽園」ともちあげたのは、左翼熱にうかれた日本人を読者として獲得するための商法だったのはいうまでもない。
 こうして、左翼が入社してつくった記事を読んだ読者が左翼化し、その左翼が壮大なる読者層を形成するという左翼再生産構造≠ェできあがっていったのである。
 反米左翼だったはずの朝日が、アメリカが仕掛けたロッキード事件にのって田中角栄を射落としたのも、商売のためだった。
 右左を問わず、体制派インテリ層を読者にもつ朝日・毎日にとって、アメリカからにらまれた角栄は、格好の標的で、金権主義打破というインテリ好みのキャッチフレーズをもちいて角栄を潰し、反米から親米へと徐々にスタンスを変えてゆく。

 ●経済をミスリードしてきたマスコミ
 角栄失脚後、田中派を乗っ取った竹下登(蔵相)がやったのが、アメリカが赤字解消のために考えだした為替操作の容認(プラザ合意)だった。
 日米繊維交渉で、一歩退かなかった角栄に比べてヒヨッ子同然の竹下が、アメリカの謀略にかかったのは当然で、このとき宮澤喜一は「素人はコワいね」と呟いたものである。
 プラザ合意後、急速に円高ドル安がすすむなかで公定歩合が引き下げられた(2年間で2.5%)結果、財テクブームが生じ、地価や株価が天井知らずになると、金余りと過剰融資と財テクが両輪となって、いよいよバブル経済へ突進してゆく。
 財テクによるバブル経済は、低金利と過剰融資のどちらかの蛇口をとめれば鎮静化する。
 だが、日本は、このとき、金融引き締めと総量規制という2つのブレーキを同時に利かせるハードランディングを強行して、不良債権の山と景気の停滞が併走する20年の空白をつくるのである。
 マスコミは、財テクを煽り、建設ブームにスポットライトをあて、バブルが崩壊すると、一転して、ハードランディングに拍手を送るなど、終始一貫、時流におもねた。
 小泉改革には、「市場の声を聞け」「規制撤廃」と音頭をとって、竹中平蔵の「民営化された郵政資金はアメリカに出資せよ」のスピーカーとなったマスコミが、デフレを退治したアベノミクスに冷淡なのは、難のない政策はニュースにならないからで、マスコミには、世を騒がすスキャンダルだけが関心事なのである。
 マスコミがさかんにもちだすのが「財政赤字1000兆円」である。
「増税しなければ財政破綻をおこす」「子孫に巨額財政赤字背負わせていいのか」と吹聴するのは財務省からの請け売りだが、日銀と政府のバランスシートを連結すれば赤字額が数分の一に縮小され、有利子の国債から無利子の日銀券に転換してゆけば、通貨発行益(シニョリッジ)によって、国債の総額が徐々に減額してゆく。
 金利負担も、紙幣を刷って補えば、インフレターゲットとなって、金回りもよくなる。
 だが、マスコミは、日本は第二のギリシャになると騒ぎ立てる。
 他国の財政赤字は、外国からの借金だが、日本の場合、国民の金融資産で、国富である。
 マスコミが、巨額の財政赤字で日本はツブれると騒ぐのは、危機を煽ったほうが世間の注目を集められるからで、存在しない危機を煽り、真の危機から目を逸らさせるのがかれらの悪癖なのである。

 ●権力と密着してきた大新聞
 朝日・毎日が隠れ親米なら、読売は隠れもない親米路線である。
 レールを敷いたのが、読売・日テレを育て上げた正力松太郎である。
 正力は、メディアの帝王と呼ばれることがあるが、総理をめざした政治家が権力を握るために読売新聞を建て直し、日本テレビ網を設立して、結果として、メディアの権力者になったというほうが正しい。
 政治家としての功績は、アメリカを口説き落として、日本に原子力発電所を導入したことで、正力に匹敵する国益をもたらした政治家は、他に吉田茂と岸信介、池田勇人と田中角栄くらいしかみあたらない。
 正力をバックアップしたのは、米上院議員カール・ムントで、正力は、カールのコネでCIAとの関係もつよめる。
 カール・ムントは、アメリカ流の正義と民主主義を宣伝する海外向けラジオ放送「ヴォイス・オブ・アメリカ」のプランナーで、反共を盛り込んだ対日戦略と、正力がめざした日本国内のテレビ放送網整備の構想が一致して、あとは、日米間で、トントン拍子に事がはこんでゆく。
 カール上院議員は、世界中で広まりつつあった共産主義の撲滅に乗り出した「プロパガンダの雄」だが、一方の正力も、戦前は警察官僚で、れっきとした反共主義者だった。
 開戦時は大政翼賛会総務だったためA級戦犯(第三次)の指名をうけ、巣鴨プリズンに収容されて、一時、公職追放処分を受けたが、ほどなく復帰。財界と後藤新平の資金援助を元に買収した(1924年)ブロック紙の読売新聞を株式会社に改組(1950年)したのち、日本テレビの初代社長に就任(1952年)。のちに衆議院議員に当選(1955年)して北海道開発庁長官(第3次鳩山内閣)、1956年には、原子力委員会の初代委員長に就任している。
 戦後、朝日・毎日など主要メディアが左翼の独壇場になっていったのにたいして、読売が中立たりえたのは、正力が、カールにひけをとらない反共主義者だったからである。
 朝日・毎日が権力へ擦り寄ったのにたいして、正力の読売は、権力そのものだったわけで、メディアが標榜する反権力≠ェ嘘っ八だったことがこの一事からもわかろうというものである。

 ●社会の木鐸という迷妄
 マスコミが権力を監視する社会の木鐸=正義・真実であるかのような錯覚が生じた理由は、その出自にある。
 新聞が誕生したのは17世紀半ばで、当時、新聞の購読者はかぎられていた。文字を読めて、高価な新聞を定期的に購入できる人々が多くなかったからである。
 裕福で選挙権をもつブルジョワジーがコーヒー・ハウスに集い、新聞を元に政治議論をおこなったところから、新聞が知的権威から、やがて、社会の木鐸と目されるようになったのはうなずける。
 マスコミ人とりわけ新聞記者が正義漢や知的権威ぶるのはその名残で、報道=ニュースを有り難がった時代が、200年以上昔にはたしかにあったのである。
 新聞が現在のようにだれでも読めるようになったのは、輪転機やロール紙が登場する20世紀になってからだが、20世紀は革命と戦争の時代で、当然、新聞の読者が爆発的にふえた。
 一方、20世紀は、商業の時代でもあって、広告収入という新しい商取引が誕生した。
 ここから新聞は、多様な性格を併せもった大メディアへ成長してゆく。
 ニュースや情報、権力のプロパガンダと反権力の論陣、啓蒙や娯楽、広報や宣伝などがいりくんだ妖怪になるのだが、ベースにあるのは、売り上げと広告収入である。
 報道倫理には、表現の自由の下で、国家権力に屈せず、平等、公正、公平、中立を旨とし、国民の利益に適う報道姿勢を理念とするとあるが、空文である。
 表現(言論)の自由には、かならず、言論被害が生じ、メディアはみずから権力をもとめ、平等、公正、公平、中立は主観的な価値にすぎず、国民の利益などという一般的価値など存在しない。
 マスコミは、企業もしくは商人であって、儲かるとみれば、肥溜めにも足をつっこむのが本性で、それ以上ではない。
 世に新聞左翼≠ネる人種が、うなるほど存在している。
 朝日のような左翼仕立ての記事がウリの新聞を読んでいると、いつのまにか心情左翼になって、わけもわからず、原発反対、安保法制反対と叫びたくなる人々のことで、戦時中は、大勢の日本人が、朝日新聞の戦果報告に煽られて、ぞろぞろと提灯行列をしたものである。
 マスコミが、商品の代わりに情報を売っているあざとい商人だということをみきわめておかなければ、日本は、かれらの売り口上に騙されて、国家の舵取りを誤ってしまいかねないのである。

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月刊ベルダ2月号(2017年1月発売)より転載

 三極時代における日本の外交戦略

●オフショア(沖合)・バランシングと日本の防衛
 トランプが大統領になる2017年以降、アメリカとロシア、中国の3強が世界版図を分け合う情勢になるだろう。
 世界大国アメリカの一極支配から、地域大国となる米・ロ・中の多極支配へパラダイムが変更されるのである。
 背景にあるのがアメリカの弱体化と、アメリカ一極支配というグローバリズムの破綻である。
 強国の論理や国益の追求を地球規模におしひろげてゆく覇権主義は、かつての帝国主義のように、過去のものになりつつある。
 トランプの一国主義は国益主義≠ノほかならず、今後、国益にもとづく国家的連携が新たな国際秩序となってゆくだろう。
 その象徴が、在日米軍の撤退や日本の核保有容認論、米ロ接近など、大統領選挙戦中のトランプ発言だった。
 トランプの政策はオフショア(沖合)・バランシング≠ノ根ざしている。
 軍事力を背景にしたグローバリズムは経済的に採算がとれず、同盟国の紛争に介入するのはリスクが大きすぎ、国益に反するというのである。
 現在、アメリカで検討されているオフショア・バランシング政策の内容は次のとおりである。

 1 欧州・中東の兵力を縮小あるいは撤退させ、東アジアの軍事力をハワイまで後退させる
 2 米軍兵力を陸軍から海・空軍の重視へ転換する
 3 駐留米軍の負担を同盟国に分担ではなく全額代替えさせる

 といっても、在日米軍の撤退ということにはならない。
 日本単独では中国の覇権主義に対抗できないからである。
 アメリカの交易の60%がアジアで、アジアの権益がアメリカの国益と直結している。
 中国の覇権主義はアメリカの国益と合致しないのである。
 アメリカ(軍産複合体)の狙いは、アメリカ製の武器を日本に買わせ、自衛隊に米軍の代理をつとめさせるところにあるだろう。
 その延長線上にあるのが、日・韓に核をもたせるという考え方で、中国の核にたいする抑止力を日・韓に負わせようというのである。

 ●「日・米・ロ」のトライアングル外交
 トランプとプーチンの接近は、対テロ戦争で手を組み、それぞれ、自国の経済建て直しに全力を尽くそうという思惑からである。
 米・ロによるイスラム過激派(イスラム国)制圧が現実すると、米・ロ関係の強化にはずみがつく。
 米・ロの接近によって、大きな影響をうけるのが中国だろう。
 ロシアとアメリカのプレゼンスが高まると中国の地位が相対的に低下するからである。
 バランス・オブ・パワーの力学では1+1は3にも4にもなる。
 これに日本がくわわって、日・米・ロの「トライアングル外交」が成立すると中国の覇権主義にブレーキがかかる。
 中国はこれまで、軍事力と経済力を武器に侵略的な対外政策をすすめてきた。
 チベットやウイグル、南シナ海では、軍事力にモノをいわせ、中央アジアやアフリカなどでは経済で影響力を高めるという両刀使いの戦略を展開してきたのである。
 日本にたいする敵対政策も覇権主義にもとづいている。
 覇権をもとめ、仮想敵をつくりだすことによって、国家の求心力をつくりだそうというわけで、中国政府はこれまで日本の戦争犯罪(南京虐殺・靖国問題)などを煽って、反日デモまで工作してきた。
 覇権主義の土台となっているのが中華思想で、中国外交には、伝統的に、君臨と服従以外の選択肢がない。
 経済・軍事の両面で拮抗し、実質的にアジア安保となっている日米安保条約を堅持している日本は、中国にとって、中華思想に馴染まない永遠の仮想敵なのである。
 日米・日ロに新しい外交関係が構築されても、日中関係の好転は望めない。
 特ア外交では、安易な接近や妥協が、逆に障害となる危険性を弁えておくべきだろう。

 ●シミュレーション・ウオーと安全保障
 中国が軍拡に走るのは、現代の戦争は、比較軍事力によって勝敗が決するシミュレーション・ウオー(仮想戦争)だからである。
 仮想戦争では軍拡競争に後れをとると事実上の敗戦となる。
 それが米ソ冷戦におけるアメリカの勝利で、米・中の軍拡競争も同じ構造である。
 冷戦で、軍事力と並んで大きな要素となるのが経済力と地政学的条件である。
 米ソ冷戦でアメリカが勝利した理由の一つになったのが日本列島の米軍基地で、旧ソ連は、太平洋方面の劣勢を最後まで覆すことができなかった。
 大国による軍事制圧は、イラク戦争がIS(イスラム国)という怪物をうんだだけだったように、テロの報復や敵対勢力の拡散、新たな紛争、難民流出をまねくだけで、支配の決定的な力にならず、今後、なることもない。
 大国による軍事衝突の可能性も消滅したといってよい。
 かつての大戦は、すべて、独裁政権と国民の無知のもとでおこなわれた。
 中国の軍事的脅威は、日本に武器を売りたいアメリカと媚中派によるプロパガンダにほかならず、全世界がネット情報を共有する環境の下で、大規模な国家戦争はおこりえないのである。

 ●米・ロ・中との地政学的対立
 日本は、かつて、三つの大戦をたたかった。
 日清戦争と日露戦争、大東亜戦争である。
 中国(中華民国)とロシアには勝ち、アメリカには負けた。
 現在、日本外交の重点が米・ロ・中の3国に絞られているのは、三つの大戦と無縁ではない。
 日本がアメリカとロシア、中国と深い因縁をもつ理由は三つあるだろう。

 1、海を隔てた隣国同士で、日本は、米・ロ・中の中間地点に位置している
 2、革命国家(米・ロ・中)と伝統国家の確執がある
 3、米・ロ・中と日本は文明圏が異なり、価値観に大きな相違がある

 日本が米・ロ・中と戦争したのは、利害が対立あるいは競合したからである。
 地政学的には太平洋をめぐる確執で、かつて、西太平洋を勢力圏とした日本がいまなお、米・ロ・中の利害対立者として立ちはだかっているのである。
 日本が米・ロ・中と確乎たる外交関係をむすばなければならないのは、地政学上、敵対関係に陥りやすいからである。
 外交は、摩擦や衝突を防ぐための交渉で、交流や友好、通商は二の次の問題である。
 戦争を防ぐための原則は、交戦力・情報収集力の保持と相互不干渉の三つである。
 交戦力や十分な情報力をもち、なおかつ一定の距離を保つところに外交という高等技術が展開される。
 日本は憲法で交戦力を否定し、情報機関をもたず、親米や親中という無節操な外交に終始して、米・ロ・中、韓との自主外交を台無しにしてきた。
 日本の平和主義は、摩擦や紛争の種をまきちらす火遊びだったのである。

 ●軍事から経済に移った危機の構造 
 軍事力と地政学的力学にもとづく仮想戦争の次にくるのが経済戦争である。
 現在、国家あるいは国家間において、軍事的な緊張をこえる混乱や摩擦のタネになっているのが経済である。
 といっても、自由貿易や資本の自由化の下にある実体経済は、経済制裁などのケースを除いて、大きな問題にはならない。
 問題は、国際金融資本と新自由主義である。
 実体経済を破壊する金融経済と富が少数の資本家に独占される新自由主義によって、資本主義体制が根底からゆらぎはじめている。
 バブルとその崩壊、巨額の不良債権処理と経済規模の縮小、中間層の貧困化と失業などの尻拭い(「国家と市場の戦い」)をさせられる国家が負担に耐えられず、危機に瀕しているのである。
 トランプの登場の背後にあったのは、1911年のウオール街の叛乱≠ノ端を発した新自由主義への反抗で、他の先進国も同様の事情をかかえている。
 国家のみならずEU全体をゆるがしたサブプライムローン問題やギリシャを筆頭とする欧州財政危機の深傷はまだ癒えていない。
 トランプの一国主義宣言やイギリスのEU離脱の背景にあったのは、経済の建て直しで、国際金融資本と新自由主義の暴風が吹き荒れた後、新たな経済体制をつくりあげなければ国家も国際関係も立ち行きならなくなっている。
 軍事力で仕切られてきた世界構造が、産業や経済、技術、雇用という非軍事部門に左右されはじめたのである。

 ●日本外交と戦後レジーム
 米占領下からスタートした戦後日本は、主権国家としての諸条件を欠いたまま諸外国との外交関係をひらいた。
 憲法で国家主権(交戦権)を否定したばかりか、スパイ防止法も国家反逆罪ももたず、大使館には情報官も駐在していない国が主権の行使である自主外交をおこなえるはずはない。
 日本が自主外交を放棄して、対米従属の外交に終始してきたのは、潜在主権を戦勝国アメリカに置いた戦後体制をひきずっているからである。
 そして、武器を捨てると平和になるという平和観念論(憲法前文)に立てこもってきた。
 外交は「戦闘をともなわない戦争」といわれるように、主権と国益をかけた壮絶な駆け引きで、きわめつけの現実主義である。
 はたして日本は、アメリカやロシアと対等に外交をおこなえる条件を十分に整えているだろうか。
 否である。
 戦後、日本が、外交・防衛について、アメリカに追従してきたのは、自主的な世界戦略を放棄してきたからである。
 YP体制は、戦勝国が強制したというよりも、日本がみずから選択した敗北主義で、戦後レジームを 否定するなら憲法以下、法制や政令、制度を独立国家のものにきりかえなければならない。
 アメリカ一極体制の崩壊によって、外交・防衛をアメリカに頼ってきた日本のこれまでの外交・防衛の構造が根本から崩れ落ちた。
 戦後70年にして、日本は、アメリカから離れて、みずからの力で国際社会へのりだしていかねばならなっくなったのである。
 日本の自主外交は、軍備や同盟間を万全にしてアジアのバランス・オブ・パワーを保ちつつ、経済面でイニシアチヴを握るところに見出される。
 戦後、日本が短時日で一流国の仲間入りをはたすことができたのは、日米同盟にくわえて、復興と経済成長をなしとげ、経済的に成功したからである。
 この戦略はいまでも有効で、とりわけ、世界の安定が、軍事力ではなく、経済にシフトされた現在、技術・経済日本のはたすべき役割は小さくない。

 ●よみがえる大東亜共栄思想
 中心になるのが経済・産業技術の分野で、日本の外交は、米・ロの二元外交を軸にして、インドや東南アジア諸国にたいして積極的にすすめられるべきである。
 これは、大東亜共栄圏の再現で、共存共栄のスローガンが再び謳われる。
 かつて英米は、大東亜共栄圏が西洋への敵対思想だとして、経済封鎖や軍事挑発をおこなって、日本を第二次大戦へひきずりこんだ。
 現在、同じことをやっても、西洋には、妨害する理由も力もない。
 大東亜共栄思想は、アジアにおける経済の共同防衛で、地域大国である日本を核としたアジア安全保障でもある。
 中・韓が日本外交の重点から除外されるのは、特アには、大東亜共栄思想が通用しないからで、中・韓相手では、かつてのルーズベルトのように、交渉をかさねるほど溝が深くなる。
 日本が対米交渉を中止して「ハルノート」を無視していたら、大東亜戦争はあっても、日米開戦はありえなかった。
 平和的交渉が不可能な国には、沈黙して、防衛を万全にしていることが最善の外交なのである。

 ●無限の可能性をひめる日本の技術
 かつて日本にゼロ戦や戦艦大和があったように、現在の日本には先端技術と工業技術がある。
 スーパーコンピューターをはるかにしのぐ量子コンピューターもノーベル賞レベルで世界をリードし、国産ステルス戦闘機「心神」は米軍「F―35」を凌駕する能力をもっている。
 中国は基礎研究と軍事技術での敗北をみとめた。
 これが、非軍事部門における日本の安全保障である。
 日本は、アメリカに頼らずとも、技術面で独自の平和外交を展開できる。
 ロシアには技術提供と民間資本導入にもとづくシベリア開発が有望で、とりわけ要求されているのがIT分野の技術である。
 工業技術や基礎研究がない中国や韓国には手がだせない分野で、シェア世界一のサムソンのスマートフォンの部品は大半が日本製である。
 日本の新幹線を導入するインドや製造業のインフラ設備が整っていない東南アジアへの技術導入には、経済成長にともなって、巨大な市場が誕生するメリットもある。
 米国ではローテク製造業が不振で、それが高い失業率につながっている。
 第二次世界大戦後につくられた道路や橋梁などの老朽化が社会問題化しており、トランプは、大型インフラ投資の方針を掲げている。
 トランプが選挙期間中にコマツを名指しで批判したことにたいして、同社の大橋徹二社長は「米国のコマツ工場は全体で約6000人を雇用している」と切り返している。
 空洞化しているアメリカの製造業に日本のメーカーがのりこんで技術移出と雇用をひきうければ、アメリカ経済は復活し、日本にとっても、中国以上の大市場となる。
 資源開発も同様で、日本は、技術力で、潜在的資源国家になりうる。
 原油の資源量は、経済的に採算がとれる埋蔵量や確認埋蔵量(重質油・超重質油)の数倍といわれる。
 原油の重質留分分解技術は、日本が世界一で、原油の残渣物を10%下げることによって、その分、新たに原油を掘り当てたにひとしい。
 日本は軍事面でアメリカに依存しているが、技術ではアメリカと肩を並べるかそれ以上である。
 政治家である以上に経済人であるトランプの登場によって、日本は、技術によって、米・ロ・亜と共存共栄の路線を堂々と選択できるのである。
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月刊ベルダ1月号(2016年12月発売)より転載

 自主独立の最大の障害は憲法

 ●アメリカニゼーションの終焉
 トランプ大統領の登場によって、グローバリズムが終焉して、世界は孤立主義の時代に向かうという論調がある。
 トランプは「バイアメリカン、ハイアアメリカ(アメリカの製品を買え、アメリカ人を雇え)」と叫んだだけである。
 グローバリズムの終焉や孤立主義は、そこからでてきたもので、トランプは一言もそんなことをいってない。
 トランプが主張しているのは、アメリカの伝統的な孤立主義ではなく、アメリカ・ファーストという一国主義である。
 その一国主義も、先行したのはロシアや中国で、トランプが言い出しっぺだったわけではない。
 トランプがTPPから離脱を宣言したのは、自国の雇用と製造業をまもるためで、輸入関税率を設けるというのも元安・円安に対抗するためである。
 その一方で、国防費の上限撤廃を主張するトランプの一国主義は、ロシアや中国と同様、覇権主義と国家資本主義の二本立てで、脱グローバリズムなどと呼べる代物ではない。
 終焉したとされるグローバリズムは、他国の伝統や慣習、ルールや価値観と衝突したアメリカニゼーションのことで、他国に文明や価値観、経済原理をおしつけるアメリカ流がうまくいったのは、唯一、日本だけである。
 トランプ大統領の登場によって、多少、路線が変更されるとしても、アメリカは、依然として、グローバリズムにもとづいた覇権国家で、国益主義に立って、経済・金融・貿易・為替の分野で、今後も、露骨な政策をとってくるだろう。
 トランプが反対しているのは、新自由主義(ウオール街型経済・国際金融)とグローバリゼーション(経済の地球規模化・TPP)であって、共和党の基本路線であるグローバリズム(権力の世界化)を否定しているわけではないからである。

 ●自由主義経済が残した爪痕
 トランプ登場の背景にあったのが、新自由主義の破綻だった。
 ニクソン・ショック(ドルと金の交換停止)とプレトン・ウッズ体制が破綻した1971年以降とりわけ1980年代にはいって、アメリカ経済は、投資効率の高い国際金融へ移行していった。
 そのバックボーンとなったのが新自由主義で、金融の国際戦略をささえたのがグローバリズムだった。
 1991年にソビエト連邦が崩壊した後、圧倒的な軍事力を背景にアメリカが世界の画一化(アメリカニゼーション)をおしすすめ、基軸通貨ドルの下で世界を金融支配するにいたった。
 その結果、生じたのが「中間層の没落」とアメリカ製造業を沈滞させた「つくらざる経済」だった。
 金融経済では、資産が特権階級に独占されるため、中産階級が貧困化し、製造業が空洞化する。
 富の偏在と中間層の没落は、アメリカだけではなく、いまや、世界的な現象になっている。
 生産と消費、貯蓄から成る経済のうち、金融経済として拡張したストックがバブルをつくり、実体経済を破壊する。
 それが不良債権をうみ、市場や実体経済にダメージをあたえる。
 リーマン・ショックでは、サブプライムローンなどの金融商品を大量に購入したヨーロッパの銀行などが巨額の不良債権をかかえこみ、世界が不況のただなかに叩きこまれた。
 大統領選挙で、トランプが製造業の復活と雇用問題を争点に絞ったのは賢明で、アメリカ人は、アメリカの活力を奪った新自由主義と自由貿易に絶望していたのである。

 ●グローバリズムと国益主義の合体
 今後、グローバリズムと国益主義の合体が世界の潮流になると思われる。
 中国の元安やロシアの国家資本主義をひきあいにすれば、一国主義は、軍事力を強化しつつ、国家が 経済の後ろ盾にまわろうという反自由主義的な戦略である。 
 トランプ流がまさしくそれで、国家が経済の陣頭指揮に立とうというのである。
 アメリカの一極支配は、今後、米・ロ・中の三頭体制に移ってゆくだろう。
 そのあとにつづくのが、日・独・印の三国で、6か国の順位は、防衛費のそれとほぼ一致する。
 三頭体制といっても、米・ロ・中が協調体制へはいってゆくわけではない。
 世界の中心軸が米・ロ・中の三つになるだけで、軍事面では、軍縮ではなく、むしろ、軍拡の方向へむかう。
 米・ロ・中とも軍事大国で、とりわけアメリカは、軍事予算(70兆円)が二位の中国(23兆円)を大きく引き離している。
 アメリカが突出した軍事力をもっているのは、国家自体が軍産複合体(MIC)というコングロマリットだからで、指揮をとっているのが国防総省(ペンタゴン)とCIA(中央情報局)である。
 日本やドイツとの戦争のためにつくられた国家臨戦態勢=軍産複合体が発展的にひきつがれて、現在のアメリカの国家構造になっているのである。
 350万人以上の将兵を抱える軍部と国防総省、「デュポン」「ロッキード」「ダグラス」など3万5千社にのぼる傘下企業群、大学や研究室、政府機関やマスコミ、議会までが一体となった軍産複合体は、アメリカ特有なもので、アメリカのパワーの源泉である。
 軍産複合体の市場は、世界の火種である中東と中国の拡張政策にさらされている極東で、湾岸戦争の折、サウジアラビアはアメリカから大量に兵器を購入し、日本も尖閣列島危機にからめて、オスプレイ17機(3600億円)の導入をきめている。
 トランプがNATOや極東からの米軍退却をちらつかせたのは、ひきかえに兵器を売りつけようというハラで、戦後、GHQから航空機製造を禁じられた日本は、戦闘機などの重要な軍備をすべてアメリカから買ってきた。
 アメリカが米軍「F35」を凌駕するステルス戦闘機「心神」(三菱重工)の完成に不快感をしめしたのはそのためで、自前で戦闘機をつくられては商売にならないのである。

 ●国益と軍事力が両輪の力の論理
 今後、世界は、国益と軍事力を両輪にした力の論理によって、激しくゆれうごくことになるだろう。
 それがグローバリズムと一国主義が並び立つ新時代のパラダイムである。
 グローバリズムには、政治的局面と経済的局面がある。
 前者が国家権力の世界化(グローバリズム)なら後者が「ヒト・モノ・カネ」の流れを国際化するグローバリゼーションで、両者は、通常、一体化している。
 グローバリズムと対立的にとらえられている一国主義も、グローバリズムと相補的な関係にあって、国家は、すべて、国益主義と世界戦略の両方の政策を併せもっている。
 極端なケースが戦争で、アメリカは、戦後、朝鮮戦争をはじめベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争、紛争までふくめると百件以上の戦争をひきおこし、現在はIS(イスラム国)やアルカイダらイスラム過激派と戦争状態にある。
 軍事力は、パワー・オブ・バランスの基礎条件で、軍事費が国家の実力や国家間の力関係にむすびついている。
 したがって、米・ロ・中が、今後、軍縮へむかう可能性は考えられない。
 アジアの覇権をもとめる中国が軍拡路線を継続すれば、これに対抗して、アメリカが軍事力を拡充させる。
 アメリカのアジア戦略の軸になるのが「アジア安保」へと性格をかえつつある日米安保条約である。
 だが、日本にはその自覚がない。「武器を捨てると平和になる」(憲法九条)とヒヨコのようにピヨピヨといっているのである。

 ●経済的発展を支えてきた軍事力
 トランプ大統領の誕生によって、日本が、対米従属というフレームから自由になる可能性がでてきた。
 そうなれば、戦後70年を経て、日本は、一国主義という未知の領域に足をふみいれることになる。
といっても、日米安保の体制に変化が生じるわけではない。
 役割分担や装備コストの負担率が変わるだけだが、その結果、日本の軍事費が数兆円ふえ、米・中・ロに次いで世界4位の軍事国家になる。
 それが日本の安全保障になると同時に、国際的地位の向上につながる。
 現在、交渉中の北方領土の一部返還(歯舞・色丹)が実現すれば、日ロ関係の好転にともなって8項目の協力プラン(資源開発・技術提供・民間投資・中小企業間の交流など)がすすむ。
 軍事力をふくめた国力が拮抗してくると、支配と被支配の関係が互恵的関係へ転換されて、それが二国間あるいは集団的安全保障体制へつながってゆく。
 インドやアセアンとの経済協力も、同じ構図にあるが、後ろ盾になっているのは、日印安全保障条約や日米安保の汎アジア化という軍事力である。
 日本の安全や経済的発展、周辺国との経済交流は、平和主義ではなく、軍事力の高さによってもたらされてきた。
 中国が日本に手をだせないのも、自衛隊のバックに軍事費総額70兆円のアメリカがついているからである。
 150機の航空機と原子力空母、原子力潜水艦や数隻のイージス艦、5万人の兵力をもつ在日米軍は、核攻撃の能力ももっている。
 日本は一兆円に満たない支出で、総軍事費70兆円のアメリカの軍事力を利用しているのである。

 ●軍産複合体の正体
 インドシナからの撤退やデタント(緊張緩和)による軍事費縮減をすすめたケネディ大統領の暗殺(アメリカ政府による真相の76年間封印)や資源外交や全方位外交をすすめた田中角栄の失脚工作(ロッキード事件)の背後に軍産複合体の存在があったのは疑いえない。
 トランプの逆転当選にも、共和党=ネオコンをとおして軍産複合体による工作があったと思われる。
 イラク戦争やリビア侵攻を批判したうえ、ロシア・中国との協調路線を唱え、軍産共同体の怒りを買ったトランプが、突如、国防費の上限撤廃を打ち出したのがその傍証で、軍産共同体の系列にあるマスコミも、ある時期以後、トランプ批判を止めた。
 アメリカが謀略国家なのは、世界の常識だが、日本にはその認識がない。
 ロッキード事件では、朝日新聞や文藝春秋など日本中のマスコミがアメリカ発のガセ情報に踊らされ、国民の大多数は、希代の天才政治家角栄逮捕の報にこぞって喝采を送った。
 さらに悲劇的なのは、連合国が日本の無力化を、GHQが日本の共産化をはかった占領政策の憲法がいまだ最高法として君臨していることである。
 世界が一国主義へむかうなか、国家主権と国体を否定した現憲法ほど有害にして障害になるものはない。
 憲法と世界潮流になりつつある一国主義=自主独立が水と油だからである。
 現行憲法は、国際主義という前世紀の遺物で、共産主義が人類の理想とされていた時代の妄想である。
 軍事力が国家防衛のハードなら、憲法はソフトで、国をまもるには、ハードとソフトの両面の装備が必要となる。
 軍備や交戦権を否定する日本の憲法(九条)は、国家防衛のソフト面にとって最大の障害で、空母の建造を仮想敵国である中国から憲法違反と指摘されるにいたっては、防衛破壊の身中の虫というしかない。
 専守防衛という憲法解釈の下で長距離輸送機や空中給油機すらもてなかった日本の防衛力は、たとえ、軍事費が世界有数であっても、ソフト面を考えると世界最低のレベルといわざるをえない。

 ●憲法改正ではなく自主憲法制定
 国家防衛を悪とする反国家・反日主義者が拠って立つのが憲法である。
 外国では最高の徳とされる国をまもる気概が憲法違反になる法感覚では、軍事力を背景にした一国主義の時代に世界と伍してやってゆけそうもない。
 日本の無力化をはかった戦勝国の謀略が70年をへたいまなお国家の安全保障を脅かしているのである。
 主権と国家機能を奪ったGHQ憲法は、問答無用に廃棄されるべきで、一部を修正する改憲では、現行憲法をうけいれたことになる。
 YP(ヤルタ・ポツダム)体制打破を主張する勢力さえ憲法改正の立場に立っている。
 戦勝国がつくった世界秩序(戦後レジーム)を否定するなら憲法も否定すべきで、一部の修正では、YP体制打破にはならない。
 現在、自主憲法制定のうごきはなきにひとしい。
 自主憲法制定派にとって大きな痛手が自民党の変節である。
 護憲的改憲が事実上の護憲となるジレンマに陥って、自民党のかつての党是だった自主憲法制定への展望を失っているのである。
 護憲派が現憲法を金科玉条とするなら、自民党は9条と前文の削除、維新の党が地方自治権、公明党が環境権の上乗せで、改憲論がもっぱら護憲論の土俵のなかで議論されている。
護憲的改憲派は、憲法96条の三分の二条項をもちだすが、自主憲法制定に必要なのは現憲法廃棄である。
 げんに、昭和27年のサンフランシスコ講和条約でうけいれた東京裁判における戦犯判決を、翌28年の国会決議(戦犯処刑は法務死であって戦死者とみなす)でひっくり返している。
 国家主権と民主主義の原理において、国会決議に勝るものはなく、同決議は多数決が原則である。
 鳩山一郎や岸信介らの日本民主党と吉田茂が率いる自由党が合同(55年体制)して以来、自民党の党是は「新憲法制定」と「経済復興」だった。
 このとき鳩山一郎が、総議員の3分の2以上の確保を目指したのは、53年の時点(吉田自由党政権)で、保守全体で三分の二の議席にたっしていたからだった。
 三分の二条項は、自主憲法制定の手続きの一つで、憲法廃棄という別の手続きも存在する。
 自民党が改憲にこだわると、三分の二条項にひっかかって、いつまでたっても自主憲法の制定ができない。
 改憲を自主憲法制定に切りかえ、方法論の抜本的な見直しが急がれる。
 世界が一国主義にうごきだして、アメリカの後ろ盾と日米安保条約の補強が弱まると、憲法9条が牙をむくだろう。
 憲法訴訟や政変、世論操作によって、国家防衛が9条によって否定されかねないからである。
げんに鳩山由紀夫の民主党時代、日米安保体制にひびが入りかけた。
自主憲法を制定して、国家主権(交戦権)と自主防衛戦略を打ち出さないかぎり、日本の国家防衛は、けっして磐石なものにならない。
 戦勝国によって国家主権を奪われた憲法をひきずって、一国主義へ突入しつつある世界潮流から取り残されてはならない。

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2017年02月10日

 月刊ベルダ12月号(2016年11月発売)より転載

 自主憲法制定と憲法改正
 
 ●YP体制打破と憲法改正の矛盾
 改憲派も護憲派も9条ばかりを問題にする。
 憲法問題が9条をめぐる議論にすりかえられているのである。
 憲法9条を削除するだけなら、現在、国家の自衛権は、国際法(日米安保条約・国連憲章)が補填しているので、9条改憲論者は、結果として、護憲論者と同じ主張をしていることになる。
 現憲法の欠陥である占領基本法の骨格がそのまま残されるからである。
 憲法の問題点は、国家基本法がYP体制という戦勝国のイデオロギーからできあがっているところにある。
 YP体制とは「ヤルタ協定」「ポツダム宣言」にもとづく大戦後の世界秩序のことで、大西洋憲章とヤルタ協定・ポツダム宣言(YP体制)、ハイドパーク協定とハル・ノートから憲法へ一本の線でつながっている。
 憲法改正論議の前にあるべきは、アングロサクソンの対日敵対政策やYP体制における大国エゴ、ハル・ノートの謀略性とハーグ陸戦条約違反など、戦後憲法がうまれた経緯や事情、時代背景の検討であって、これを法律論やイデオロギー論争へすりかえると、いつまでたっても、GHQ占領体制=YP体制を払拭できない。
 ちなみに米ソ冷戦から中国革命、朝鮮戦争、ベトナム戦争その他の世界紛争は、支配権や権益、国益をめぐる戦勝国同士の内輪もめである。
 YP体制を象徴するのが国連(戦勝国連合)で、敗戦国の日本とドイツには、いまなお敵国条項が適用されている。
 日本国憲法は国連憲章に類似しているといわれる。
 YP体制の価値観を最高法規(98条)にすえているからで、99条では、国務大臣や国会議員、裁判官から天皇にまで憲法の尊重と擁護の義務を負わせ、さらに三分の二条項(96条)が改正を不可能にしている。
 戦勝国のイデオロギーで敗戦国を半永久的に縛っておこうというのである。
 憲法改正とは、憲法96条のよる法手続きのことで、憲法の内容を改正するという意味ではない。
 かつて自民党が掲げたのは自主憲法制定であって、それには憲法96条の手続きをふまねばならないので、便宜上、改憲という用語がもちいられただけである。
 ところが、現在、政界からマスコミにいたるまで、憲法の内容を変更するという意味合いで、憲法改正ということばをもちいている。
 憲法改正なら、占領基本法をひきつぐことになって、自前の憲法をつくったことにならない。
 憲法改正(96条)の前にあるべきは終戦処理としての憲法破棄で、戦勝国による占領支配が終わった段階で、日本は、憲法と皇室典範や11宮家の臣籍降下を原状に復すべきだったのである。

 ●ルーズベルト大統領の愚かさ 
 ヤルタ会談は、昭和20年2月、米(ルーズベルト)・英(チャーチル)・ソ(スターリン)の三首脳が降伏後のドイツの管理、国際連合の創設、わが国の領土分割などについて話しあった会談で、このとき、ルーズベルトとスターリンのあいだで、ソ連の対日参戦と日本領土の取得などについて秘密協定がむすばれている。
 ポツダム会談は、ドイツ降伏後の昭和20年7月、米英ソの首脳が対日降伏宣言を発表した会談で、同宣言では、日本が「世界征服」を試みたとして「全日本軍の無条件降伏」「戦争犯罪人の処罰」「民主主義的傾向の復活強化」などが宣せられた。
 これがYP体制の土台となる「東京裁判史観」で、その上にのっているのが自虐史観や反日主義である。
 ポツダム宣言に「カイロ宣言の条項は履行される」とある同宣言に日付や署名がないのは、ルーズベルトと蒋介石の謀略だったからで、チャーチルは、国会答弁で、ルーズベルトに騙されたと証言している。
 カイロ宣言では、満州や台湾、澎湖島に中国への帰属、1914年以後獲得した太平洋上のすべての日本領島嶼の放棄、朝鮮の独立が謳われ、これがポツダム宣言にひきつがれた。
日本憎しにこりかたまったルーズベルトは、明治以後、日本が獲得した領土や権益をすべてスターリンと蒋介石にただでくれてやったのである。
 ニューディール計画をとおして共産主義の影響をうけたルーズベルトのスターリンびいきは度外れたもので、大統領に就任(1933年)すると共和党などの反対をおしきってソ連を承認している。
 中国好きは、阿片戦争の時代からアヘンをふくむ中国貿易をおこなっていた祖父の影響で、一方、その中国を侵略している日本にたいして、つよい嫌悪感をもっていた。
 YP体制はルーズベルトの愚かさによってつくりあげられたのである。

 ●ハル・ノートという謀略
 ルーズベルトの軸足は、次第にチャーチルからスターリン、蒋介石へと移ってゆく。
 そこに日米戦争の本質がある。
 第二次大戦は、民主主義と帝国主義のたたかいではなく、ルーズベルトがスターリンや蒋介石をまきこんだ日本抹殺計画だったのである。
 アングロサクソンと日本の対立関係は、日本が人種的差別撤廃提案を発議したパリ講和会議(1919年)に端を発し、ルーズベルトとチャーチルの大西洋憲章(1941年)をへて、開戦後、日本への原爆投下と武装解除を密約した「ハイドパーク協定」(1944年)にいたって、いよいよ激烈なものになってゆく。
 憲法9条の武装解除は原爆投下と対になっていたのである。
 それでも護憲主義者は、9条を世界に誇るべき平和のシンボルというつもりであろうか。
 国連の母体となったYP体制は、のちに国連常任理事国となる米英ソ中が中心となった世界観で、根幹にあるのが大国主義と植民地支配である。
ルーズベルトが主導したYP体制に対抗して、日本が提唱したのが大東亜共同宣言(1943年)だった。
 日本は、ABCD包囲網にたいして、大東亜共栄思想のたたかいを挑んだ。
 その意味で、大東亜戦争は、アジアを手の内におさめようとする米英ソ中と大和民族の決戦だったといえる。
 西洋文明と日本文化の決戦となった前大戦では、人種差別意識にもとづいた原爆投下や都市空襲で非戦闘員の大量殺戮をおこなったアメリカに一片の正義もみとめられない。
 日米戦争が、日本海軍によるパールハーバー攻撃(1941年)からはじまったというのはウソである。
 米英は盧溝橋事件(1937年)直後からの2つの援蒋ルート(南部仏印とビルマ経由)を使って、中国軍に大量の戦闘機・戦闘車両・重火器だけではなく、空軍兵士(フライング・タイガース)を送り込み、日本軍と交戦状態(日本側の損失記録/被撃墜115機、戦死者300名)にはいっていた。
 アメリカが狙っていたのは、支那の植民地化と満州国の利権で、日本つぶしの軍事行動は、中国大陸ですでに火蓋が切られていたのである。
 フライング・タイガースは、日本の都市を空襲する計画を立てていた。
 重爆撃機による日本本土空襲が実際におこなわれなかったのは、支那戦線で日本の戦闘機が優勢だったからだが、それでも、加藤隼戦隊との死闘は後世まで語り伝えられている。
 フライング・タイガースによる挑発に失敗したアメリカは、新たな謀略を仕組む。
 日米戦争開戦前の日米交渉において、1941年、アメリカ側から日本側に提示されたハル・ノートである。
 三期目(1940年)の選挙戦で、イギリスに航空機2万6000機をふくむ大量の武器援助をおこなう計画を発表したルーズベルトは、1941年にレンドリース法を成立させ、中華民国やイギリス、ソ連、フランスなどの連合国にたいして武器や弾薬、戦闘機、軍需物資など終戦までに巨額(現在価格7000億ドル)の軍事援助をおこなっている。
 口先で平和主義を語る一方、陰で連合国の武器供給人となったルーズベルトは、カイロ・ヤルタ・ポツダムにおいて、スターリンや蒋介石に常軌を逸した迎合を重ねた。
 ソ連の参戦および樺太南部の返還と千島列島の引き渡しは、ルーズベルトとスターリンの個人的な約束だったとして、アメリカは、国家の関与をみとめておらず、事実、米国務省も軍も、ソ連の動向をつかんでいなかった。
 ルーズベルトが、蒋介石に巨額の軍事援助や借款、カイロ会談出席や台湾の返還、沖縄領有、四大強国扱いを約束したのは、対日戦線から離脱させないためだった。
 日本を敵視するルーズベルトの個人的執念が、中国革命や朝鮮戦争、ソ連の超大国化をうみ、アジアの混迷を深めたのである。

 ●GHQがつくった革命憲法
 50年以降、マッカーシーの赤狩り≠ェ猛威をふるい、ルーズベルト側近の多くが共産主義者として槍玉に上がった。
 ヤルタ会談で大統領顧問として出席したアルジャー・ヒス、ハル・ノートの原案をつくったハリー・ホワイト、日本国憲法の起草や公職追放令に独裁的な権力をふるったGHQ民生局のケーディスや上司のホイットニーらが標的になったが、マッカーシーがいちばんの摘発したかったのは、終戦直前、謎の死をとげたルーズベルトだったはずである。
GHQのスタッフは、軍人のマッカーサー以外、すべてルーズベルトの息がかかったニューディーラーで、かれらは、アメリカで失敗したニューディール政策=共産主義革命を日本で成功させようという野望を抱いていた。
 キャッチフレーズが民主化≠ナ、これが国民主権から人民政府へ移行すると議会内で共産主義革命が成立する。
 日本国憲法はそのマニュアルで、ケーディスやホイットニーらが夢見た共産主義革命の道筋が隠語にように書きつづられている。
 日本がマッカーサーの憲法草案をうけいれた理由は、日本に主権がなかったことにくわえて、戦後処理に奔走した幣原喜重郎首相がマッカーサーに全面的に屈服したからだった。
 マッカーサーは、GHQ憲法の早期制定をすすめなければ、天皇の戦犯指名をもとめる連合国の圧力をはね返すことができないと幣原を説得している。
 女性参政権や労働組合の結成、教育や経済、農地などへの国家不干渉の原則は、マッカーサーと幣原の合意で大筋がきまったが、これらの民主化政策がすべて憲法にもりこまれることになった。
 天皇にさえ尊重と擁護の義務を負わせる憲法99条は、GHQ(連合国最高司令官総司令部)が日本国を支配下においたという宣言で、このとき、日本は、憲法の下でYP体制に組み込まれたのである。
 
 ●YP体制を内側からささえる左翼
 憲法を破棄すべき理由はいくつかあるだろう。
 戦勝国が敗戦国に法の変更を強制するのは「ハーグ陸戦条約」違反で、連合国の対日降伏条件である「ポツダム宣言」に反している。
 同宣言には、陸海軍の即時無条件降伏(1〜5項、13項)と武装解除(9項)、日本本土の占領(7項)、「世界征服の挙に出つるの過誤」の受け入れ(6項)、基本的人権の確立(10項)、領土縮小(本州、北海道、九州、四国以外の領地主権の放棄/8項)など全13項から成るが、新憲法制定について一言もふれていない。
 昭和28年8月3日の衆院本会議で戦犯の赦免に関する決議を採択し、巣鴨プリズンに拘束されていた戦犯全員が日本政府の責任において釈放された。
 東京裁判に法的根拠がなく、戦犯として処刑された人々は、戦死者(法務死)とみなすという国家決議は、サンフランシスコ講和条約に背くが、なんら問題はおきていない。
 GHQ憲法がポツダム宣言など国際条約や国際法違反という根拠から国会で無効決議を採択すれば、28年の戦犯の赦免に関する決議と同様、多数決で現憲法破棄、新憲法制定の道が開かれる。
 YP体制は、スターリンの野望とルーズベルトの愚かさがもたらしたものだが、戦後70年がたち、その歴史的影響力は完全に消滅している。
 にもかかわらず、日本でYP体制が維持されているのは、日本人がみずからが、敗戦とGHQ体制を利得としているからである。
 GHQの公職追放令によって、大学や論壇、教育界や歴史学会、マスコミや法曹界、官界など日本の知的階級がケーディスやホイットニー好みの共産主義者に占領されることになった。
 YP体制を構築し、内側からささえているのは、護憲と議会内革命の立場に立つ日本の左翼インテリ層で、YP体制打破をいうなら、その標的となるものは、日本国内で大手をふっている敗戦利得者である。
 非戦平和主義や非武装中立論、反米や反安保、親ソ・親中は、護憲派からうまれた政治勢力で、日本では、GHQの日本弱体化計画≠ひきついだ左翼や反日主義者が憲法の庇護をうけ、政界においても、護憲派の衣を着た反日主義者が、野党として議会の一角を占めている。
戦後、植民地を失ったヨーロッパが凋落する一方、世界の主役は、米ソ二大強国と中国となった。
 その構図がそっくり反映されているのが戦後日本で、東京裁判史観のなかで、親米派と親中派・親ソ派が政権を争っている。
 それがYP(ヤルタ・ポツダム)体制で、その象徴が国体と国家主権を廃棄させられた憲法である。
 YP体制をいうなら、自主憲法を制定して、戦後の敗戦利得のなかでのうのうとしてきた左翼・反日の支配層にゆさぶりをかけるしかないのである。
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 月刊ベルダ11月号(2016年10月発売)より転載

 保守と右翼
 
 ●保守を右翼と呼ぶ誤り
 保守と右翼が混同されている。
 好例が安倍政権は右翼≠ニいうレッテルである。
 もともと、右翼や左翼ということばは、フランス革命当時、王党派が議会の右側、革命派(ジロンド派)が左側に座ったことに由来している。
 したがって、保守の安倍首相が右翼なのはあたりまえなのだが、日本では、右翼ということばが、左翼陣営やリベラル派のあいだで、悪の代名詞としてもちいられている。
 ファシズムや好戦主義者の代名詞になっているのである。
 西洋の右翼は、日本の保守もしくは与党で、政治勢力である。
 一方、日本でいう右翼は、国体の防人で、文化の概念である。
 ヨーロッパに日本でいう右翼(=天皇主義)が存在しないのは、国体が失われているからで、国連安保常任理事国(米・英・仏・ロ・中)はみな革命国家である。
 伝統(権威)と武力(権力)が一体化していた古代国家(王国)が消滅したのは、権威と権力が一元化されていたからである。
 革命とは権力による権威の否定にほかならない。
 日本に国体が残っているのは、権威と権力が両立していたからで、先進国のなかで、唯一、日本は、革命を経験していない伝統国家なのである。
 かつてクニは、神話や素朴な宗教心、習俗などの文化概念によってみずからを統一した祭祀共同体で、邪馬台国(大和朝廷)の女王卑弥呼は、軍事力ではなく祈祷でクニを治めた巫女だった。
 現在の日本は、大和朝廷と歴史的連続性を有しており、天皇は、大和朝廷を建てた神武天皇の男系子孫(万世一系)である。
 日本が伝統国家として、世界から尊敬をうけているのは、国体という歴史の財産が残っているのみならず、現体制をささえているからで、その象徴が天皇である。
 自民党にもとめられているのは、革命国家の保守主義(カンサバティブ)ではなく、伝統国家の国体思想で、日本の保守党には、国体の防人としての使命も課せられている。

 ●右翼の本質は防衛にあり
 右翼の本質は、防人で、歴史や文化、風土、習俗などの伝統の守護者としてふるまう。
 勇を奮ってまもらなければならないのは、伝統は無防備だからで、千年の蓄積も、タリバンに破壊されたバーミヤン大仏のように、一発の大砲で粉々になる。
 防衛は、攻撃よりもはるかに戦略的意味が重い。
 攻撃は、失敗しても撤退するだけだが、まもりに失敗すればすべてを失う。
 神風に破れた蒙古軍は船団を失っただけだが、日本軍が負けていたら国家を失っていたろう。
 神風特攻隊が散華したのは、本土防衛軍だったからで、防衛は、攻撃よりも壮絶なたたかいになる。
 右翼がまもるべきは、物質的な価値や権力ではなく、精神性や無形の文化である国体である。
 それが三島由紀夫のいった文化防衛で、三島は、命を捨てて国体や日本精神という無形の文化をまもろうとした。
 文化という内面を侵蝕されるとつぎは文明という外面の崩壊がはじまる。
 アメリカ民主主義とGHQ憲法が、かつての誇り高き道徳国家をアメリカに追従する二流国にしてしまったのは、権力がはたらいたからではなく、国体という内面を侵蝕されたからだった。
 国体は空気のようなもので、だれも意識することがない。
 その無意識が国体の真のすがたで、国民は無言でこれをささえている。
 日の丸を振って愛国心を訴え、政治スローガンを叫ぶのが国体護持ではない。
 無自覚なほどにクニに同化して、はじめて、国体はまもられる。
 特攻隊員の遺書をみてわかるように、かれらは、祖国愛と高い教養、強靭な精神力をもっていた。
 それが右翼=防人の本質で、国家をまもるには、まもるべき国家に惚れきる純粋性や熱情、歴史や文化につうじる聡明さがもとめられる。
 
 ●左翼には保守、反日には右翼が対抗
 かつて、右翼が反共と同義だったのは、共産主義革命から国体をまもるためだった。
 共産主義は、国体という歴史の連続性と文化の蓄積を根こそぎ否定する権力構造で、いわば国家自体が、共産主義が管理する監獄となる。
 中国でおきた共産主義革命が、戦後、日本でおきなかったのは、容共政策をとったGHQが反共へ転じたためで、朝鮮戦争がおきなかったら、日本も共産化されていた可能性が多分にあった。
 国体が失われる危機となるのが、敗戦と国家分裂、そして革命である。
 戦後、日本にその三つの危機がいちどきに襲ってきた。
 敗戦と連合国による分割統治、そして左翼の大躍進によって、日本は、革命前夜の情況になった。
 連合国による四島分割統治と天皇の戦犯指名を免れて、一応、危機を脱したものの、深い傷跡が残った。
 日本の支配階級が、右翼からそっくり左翼に入れ代わったからである。
 戦前の一般的な日本人は、現在の感覚でいえばすべてウヨクで、民族主義者であることが国民の徳の一つに数えられていた。
 ところが、戦後、霞ヶ関をはじめ教育界や大学、法学や歴史学などの学会、大新聞などのエリート階級が、戦前戦中、アカや非国民と呼ばれて社会の中枢から外れている人々に占領された。
 戦後日本では、敗戦直後の革命の危機は脱したものの、公職追放とGHQの容共政策によって、左翼革命の準備が着々とすすんでいたのである。
 それを阻止したのは、天皇と皇室を敬愛する一般国民だった。
 左翼は国体とともにある国民の前で身動きがとれなかったのである。
 だが、現在、日本という国家を危機に陥れているのは、日本共産党が議会で一定の議席を占める共産主義ではない。
 危険なのは左翼よりも反日で、政権を狙う左翼にたいして、反日は、国体の破壊を目的とする。
 国体が崩壊すれば、国家主権(交戦権)をもたない日本は、革命をおこさずとも、国家としての機能と体裁を失って、アメリカか中国の属国にならざるをえない。
 反日主義は、国家の主権を他国にゆだねようという売国思想なのである。
 左翼には政権を争う保守が対抗する。
 だが、伝統破壊を目的とする反日は、メディアや教育などをつうじて、じわじわと国民生活に浸透する。
 反日攻撃の防波堤となるのが、国体の防人たるウヨク=民族派である。
 現在、ウヨクと呼ばれているのは、戦前の日本人の精神を継承している人々で、ふだん市井に埋没しているが、国体がおびやかされたときは立ち上がる。
 右翼の本質は防人というのはその意味合いなのである。

 ●国体を破壊したのは戦後左翼
 戦後、国体意識が失われたのは、GHQの情報工作のせいだけではない。
 GHQは、三大紙による「天皇制存廃世論調査」で天皇支持が9割をこえた事実をふまえて「天皇制があるからといって民主主義的ではないとはいえない」と正式にコメントしている。
 国体破壊の意図がなかったというより、GHQには、国体にたいする認識がほとんどなかったのである。
 国体意識を破壊したのは、日本共産党や日教組、労組などの革命勢力とこれに同調したマスコミや学会、言論界、GHQによって再編された官界だった。
 GHQの公職追放令によって20万人以上の要人が公職から追われ、日本の中枢機構が左翼に占領された。
 GHQによって息を吹き込まれ、GHQの日本弱体化戦略をひきついだ左翼と反日勢力のスローガンとなったのが、平和憲法だった。
 憲法は改正が可能で、神道指令や言論統制のような占領政策は、講和が成立すれば解除される。
 だが、日本の中枢機構を左翼一色にした公職追放令は、解除不能なので、百年の禍根となって、いまも日本を呪いつづけている。
 GHQが種をまいた戦後左翼・反日が目の敵にしたのが皇国史観で、天皇から君が代、日の丸に至るまでが、反皇国史観の名目で攻撃目標となった。
 祝日(旗日)に玄関に日の丸を掲げる風習がなくなったのは、GHQが日本から引き揚げたあとのことで、日教組や労組、大新聞が、日の丸=軍国主義という教育や宣伝をおこなったためだった。
 日教組と歴史学会、教科書出版社、文部省は、国史が皇国史観を連想させるという理由から、軍国主義の元凶とされた皇国史観や神話も排除して、国史ならぬ天皇不在の日本史がつくりあげた。
 国体という日本精神は、いまなお、左翼革命運動のターゲットとなっているのである。
 
 ●消えた極左、残った極右
 サンフランシスコ講和条約がむすばれてGHQが撤退した4年後、日本では憲法改正をめぐって大きな政治変動が生じた。
 左右両派に分裂していた日本社会党が統一されて、憲法改正の阻止に必要な3分の1議席を獲得すると、憲法改正を目指す保守勢力も、自由党と日本民主党が合同して自由民主党を結成、議席の3分の2弱を確保する。
 これが「55年体制」で、このとき日本共産党も大きな変貌をとげた。
 それまでの武装闘争路線を捨て、議会内革命路線をとるのである。
 日本共産党にとって、国体が抜き去られている憲法は革命運動の障壁にならないどころか、国民主権は、むしろ追い風だった。
 革命は、暴力であれ選挙であれ、国民(人民)主権の名目の下で独裁政権を樹立することだからである。
 妨害になるのは歴史と文化の実体たる国体だけだった。
 だからこそ革命は殺戮と破壊によって過去を消滅しようとする。
 だが、戦後日本では、左翼の手で国体がほぼ完全に否定されていた。
 日本共産党にとって、GHQによって改造された戦後は、革命前夜だったのである。
危機感を抱いた保守陣営のなかでまっ先に行動をおこしたのが、検事総長や法務大臣、防衛庁長官などを歴任し、政界引退後、自由民主党の院外団「自由民主党同志会」を率いた木村篤太郎だった。
 木村は、法務総裁だった当時、国粋会など全国の任侠団体を結集した「反共抜刀隊」計画を立てている。
 右翼の大同団結は吉田茂の反対で実現しなかったが、これが任侠右翼として60年安保闘争以後までも引き継がれる。
 これが、極右と呼ばれるグループで、いまは多くが民族派を名乗っている。
 極左は、あさま山荘事件で連合赤軍(赤軍派・京浜安保共闘)が壊滅したのち内ゲバをくり返すだけの殺人集団へ転落していった。
 極左が全滅したのは、かれらがもとめたのが政治権力だったからである。
 武装蜂起による世界同時革命が荒唐無稽だったというより、共産主義自体が崩壊して革命という政治目的が消失したからである。
 一方、権力と政治から切り離されている極右には、依然として、国体の護持という目的が残されている。
 60年安保の前年に結成された全愛会議(全日本愛国者団体会議)に参加した民族主義団体は、1964年の第6回大会には440にもふえた。
 全愛会議の綱領は「国体護持」「反共協同戦線」で、60年安保闘争には、自民党の要請をうけて、多くの任侠団体が動員された。
 だが、安保闘争が終わると、政治結社を名乗って革命勢力と対抗した任侠団体は、警察の大弾圧をうけて、政治の世界からすがたを消す。
 右翼は、国体の防人であって、権力の従者ではなかったからである。
 といっても、右翼は権力に利用されたわけではない。
 右翼の本懐は国体の護持にあって、ときには権力とむすび、ときには権力の敵となる。
 左右を問わず、国体をおびやかす勢力にとって、右翼は恐怖の対象となる。
 極左は消えても、国体をおびやかす勢力があるかぎり、極右は存在理由を失わないのである。
posted by 山本峯章 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする