2018年12月09日

 承詔必謹と昭和天皇のお嘆き

 ●現人神と天皇の政治利用
 昭和天皇は三島由紀夫をきらっていたとつたえられる。
 理由は、三島の『英霊の聲』(1966年/河出書房新社)が天皇のお気持ちを逆撫でするものだったからという。
 同書は、二・二六事件で銃殺刑に処せられた青年将校と神風たらんと散華した特攻隊員の霊が天皇の人間宣言を呪詛する(「なぜ人になり給ひしか」)内容の作品で、印象的なのは、二・二六事件で処刑された磯部浅一が天皇にむかって「天皇陛下、何というご失政でありますか、何というザマです、皇祖皇宗におあやまりなされませ」と絶唱する場面を思わせる描写で、これが、そののちに書かれる『文化防衛論』の前駆的な役割を担った。
 文化防衛論は、畢竟、天皇防衛論だったのである。
 神風特攻隊は、天皇と国体をまもるため散華して、英霊となって、靖国神社に還ってくる。
 だが、昭和二十一年元旦の詔書で、天皇は人間宣言をなされた。
 そこから「なぜ人になり給ひしか」の悲憤がうまれた。
 三島の現人神信仰は、あくまで、文学的な概念にすぎない。
 歴史上、天皇は、神そのものだったことはない。
 記紀に記述されている神代の時代は神話である。
 実史における天皇史は第十代崇神からはじまる。
 天皇は、現人神ではなく、神格を有したやんごとなきお方で、戦後、人間宣言によって至尊至高な人間天皇に還ったのである。
 現人神は、天皇を国家元首に立てた明治憲法の延長線上にある昭和軍国主義の産物で、元を糾せば、薩長の天皇の政治利用につきあたる。
 天皇の政治利用のメカニズムは、政・軍の権力が、権威=天皇の絶対化してこれを私物化することで、長州倒幕派は天皇をギョク(玉)≠ニ呼び、誘拐までを計画していた。
 戦時中は、軍国主義が、天皇陛下万歳の天皇絶対主義を隠れ蓑とした。
 したがって、だれも無謀な中国侵攻や南洋戦略を批判することができなかった。
 
 ●昭和天皇を苦しめた戦争責任
 2018年8月23日、全国朝刊(共同通信)に、戦争責任について苦悩する昭和天皇の心中をうかがわせる元侍従(小林忍)の日記が公開された。
 日記には「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり」と嘆かれる昭和天皇の真情が綴られている。
 昭和天皇はマッカーサーを訪ねた折、「私は、国民が戦争遂行するにあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、お訪ねした」とのべられた。
 そして、以後、日本の発展をみまもられながら、ひそかに、戦争責任という苦悩に身を苛まれてこられた。
 天皇に、筆舌に尽くしがたい苦悩をあたえた戦争責任は、天皇の政治利用の一つの帰結で、軍部は、天皇を政治利用したそのツケをすべて天皇一人に負わせたのである。
 バワーズ副官(少佐)兼通訳の手記によると、マッカーサーは、日本の戦争の罪をどう処罰してやろうかと考えていた人物だったが、訪問された天皇陛下が「戦争は私の名前でおこなわれた。全責任は私にある」「戦争犯罪人たちの身代わりになる」と申し出られたとき、それまでの考えをすべて捨て去った。
 バワーズはこう記す。
「元帥ははた目に見てもわかるほど感動していた。私は、彼が怒り以外の感情を外に出したのを見たことがなかった。その彼が、今はほとんど劇的ともいえる様子で感動していた。彼は両腕を夫人やフェラーズ代将、そして、私を抱くように広げ、こういった。「私は平等な人間として生まれたが、あれほど全能に近い地位にあった人が、今かくもへりくだった立場になったのを見て、心が痛む思いだ」。そういって、彼は感慨深い様子で、1人でゆっくり階段を上がっていった。
 
 ●天皇の祈りと自己犠牲
 マッカーサーが感動したのは、天皇の国民にたいする責任感だった。
 天皇にとって民は大御宝である。
 西洋には、支配者たる王と被支配者である民の対立観念しかなかった。
 ところが、日本は、天皇と民が同一地平上にある君民合一≠ナ、君民共治という理想郷がすでにできあがっていた。
 第16代仁徳天皇は、民のかまどから煙が立たないのを見て、税の徴収を3年間、さらに2年間中止して、民のかまどから煙がたちのぼるのを見て安堵された。
 元寇の折、亀山上皇(後宇多天皇)は各地の寺院に参詣して、蒙古殲滅を祈願している。
 天皇は、現人神ではないが、神格を有する存在で、両者のちがいは、前者が軍国主義だったのにたいして、後者は、庶民(国民)感覚で、日本人の天皇にたいする敬愛心はそこにある。
 なにごとの 在しますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる
 伊勢神宮に参った西行法師のうただが、庶民にとって、天皇は、どなたさまかは存じ上げないが、ただひたすらかたじけない存在であった。
 戦後、大手新聞社がおこなったアンケート調査では、95%近くが天皇支持であった。戦争に負けると死刑か国外追放が常識だったなか、驚異的な支持率とその後の全国行幸における国民の熱狂的な歓迎にマッカーサーは腰を抜かすほど驚いた。
 
 ●天皇と民主主義の折り合い
「承詔必謹(みことのりをうけてはかならずつつしめ)」は下命である。
 だが、天皇と民は敬愛の関係で、臣下や従属というタテの関係だったことはない。
 十七条憲法でも、承詔必謹の対象は豪族や官僚で、太子は群卿(豪族/第四条)や群臣(官僚/第十四条)ということばを使っている。
 そもそも、民という概念がうまれるのは、十七条憲法から40年下った大化の改新(公地公民)以降のことで、それまでは、民も土地も、氏上がこれを所有する私地私民だった。
 天皇と民の接点はなく、したがって、天皇と民のあいだに、承詔必謹の思想が生じたと考えることはできない。
 懸念されるのは、天皇と西洋民主主義の離反である。
 わたしは、西洋の民主主義を日本精神の破壊者と見るもので、むろん、民主主義の信奉者ではない。
 しかしながら、日本が民主主義を捨てて、日本主義に回帰する可能性は万に一つもない。
 そうなら、民主主義と折り合いをつけて、共存する以外、天皇を未来永劫にわたってまもってゆく方法がない。
 葦津珍彦は、憲法を改正するなら、天皇主権を謳うべしという。
 私はそうは思わない。
 天皇が統治権の総覧者になるとヨーロッパ型王権が誕生する。
 ヨーロッパで市民革命がおきたのは、主権者たる王と人民が対決したからだった。
 現在、ヨーロッパなどに残っている王政は、絶対王権と国民主権の中間点にある立憲君主制である。
 統治は、権力行為で、天皇主権がファシズムに利用されたように、人民主権は共産主義に乗っ取られる。
 わが国は伝統国家(民主的君主国家)で、権力は、権威と法からゆだねられる限界内で行使される。
 象徴天皇は、戦後、GHQがもちこむ以前に、摂関・院政・武家政権において、すでに定着しており、天皇が、権力ではなく、歴史や文化、民族の象徴にして、権威だったことは、日本の歴史の真実である。
 民主主義にしても、ルソーが国家の理想とした君民共治≠ェ古代日本においてすでに実現されており、革命の産物であるデモクラシーより、日本の民主主義(君民一体)のほうがはるかに伝統的なのである。
 歴史的に実現されていた天皇と民主主義の共存を破壊したのが、明治憲法の天皇元首(大元帥/統治権の総攬者)と昭和軍国主義の現人神信仰だった。
 
 ●西南戦争と徴兵令
 そこで、障碍になってくるのが天皇元首論と「承詔必謹」である。
 かさねて指摘しておくが、天皇は、歴史上、国民に、直接、下命する立場に立たれたことはなかった。
 その大原則をひっくり返したのが徴兵令(全国徴兵の詔/明治5年) だった。
 大元帥となった天皇は、理論上、国民皆兵の指揮者となって、ここで、天皇と国民が、直接、むきあう関係になった。
 この構造を利用して、政府は、赤紙一枚で、大量の国民を戦場に駆り立てることができるようになって、日露戦争では1か月の局地戦(203高地・旅順要塞攻略)で戦死者1万6千人、戦傷者4万4千人という未曽有の大被害をだした。
 武士の時代なら想像もできない下手な戦争で、侍のいくさならこんなに多くの犠牲者がでるはずはなかった。
 赤紙一枚でいくらでも兵隊をとれる徴兵令が、対米戦争(南洋島嶼作戦)や中国戦線の戦線拡大につながって、大東亜戦争の戦死者は、二百十二万人にもおよんだ。
 西郷隆盛の士族の反乱の根底に、徴兵令があったのは疑いえない。
 志願兵制度(「壮兵」)を構想していた西郷隆盛や「萩の乱」の首謀者として処刑された前原一誠、西郷隆盛とともに私兵を率いて政府軍と戦い、壮絶なる最期を遂げた桐野利秋(中村半次郎)らは「国家のために死ぬ武士の名誉を奪うもの」として、徴兵令に反対した。
 日本人の精神の頂点に、国家のために死ぬ武士の名誉があったのである。
 承詔必謹は、日本人を戦場に送り出すため、軍人が17条憲法から盗用した論法で、これが、天皇の政治利用だったことに気づかなければ、天皇=国体の純粋性を未来永劫にわたって、まもりぬいてゆくことはできないだろう。
 
 ●承詔必謹の歴史背景
 592年。聖徳太子19歳の折、崇峻天皇が、蘇我馬子が放った刺客、東漢直駒に弑逆される。
 豪族連合に擁立された祭祀王=天皇はけっして絶対的な存在ではなかったのである。
 そこで、聖徳太子は、蘇我の出自ながら、天皇中心の政治を実現すべく、官僚(畿内)と豪族(地方)へ、天皇の下で一つになれと激をとばした。
 それが17条憲法の承詔必謹である。
 その承詔必謹が、明治以降、天皇の政治利用のキーワードとして使われはじめる。
 維新以降、天皇を利用して幕府や武士の文化を滅ぼし、国家を危うくしたのは、時代の流れにのった西洋化主義者や帝国主義者、革新官僚だった。
 明治の軍隊は、海軍の薩摩、陸軍の長州と薩長閥だったが、西郷隆盛の下野と西南戦争における敗死、紀尾井坂の変の大久保利通暗殺によって薩摩閥は勢いを失い、政界・軍部ともに、伊藤博文や山縣有朋ら長州閥、岩倉具視や三条実美ら親長州公家の独り勝ちとなった。
 これに反発したのが、政界や財界とむすんで、軍部の影響力をつよめていった統制派や革新官僚で、その代表が、永田鉄山陸軍少将やのちの東條英機陸軍大将だった。
 政・官・財界と組んで力をつけてきた統制派は、皇道派や薩長閥を排除して栄達の道を歩みはじめるが、薩長閥のような実績や人脈がなかった。
 かれらが権力の正統性としたのが、天皇と学歴だった。
 永田鉄山は、陸大をトップででて恩賜の軍刀を贈られているが、東条英機も丸暗記で有名な勉強家で、陸大をトップに近い成績で卒業している。
 知将今村均、猛将山下奉文、賢将石原莞爾が冷や飯を食わされたのは、日本の軍部が、陸軍士官学校や陸大、海軍兵学校の成績順位だけで、軍人の身分をきめていったからで、連合艦隊参謀長の宇垣纏は、海軍兵学校や海軍大学校の卒業順次がじぶんより下の者へ、敬礼も返さなかったという。

 ●承詔必謹と愚かなる戦争
 昭和の日本軍は、極端な偏差値社会だったわけで、薩長の出身者がほとんどいなかった当時の軍事エリートは、勉強はできたが、薩長とは比べものにならないほど戦争が下手だった。
 中国大陸侵攻や南洋島嶼作戦は、陸軍と海軍が予算を分捕るためにおこした意味のない戦争で、その一方、サイパン島・硫黄島の要塞化など、本土防衛に必要だった作戦はなに一つ実行に移されなかった。
 日本は、天皇を政治利用した統制派の傲慢と権力主義、学力主義のために戦争に負けたのである。
 漫画家の小林よしのりが、皇后さま82歳の誕生日のご発言から、承詔必謹を読みとって、男系天皇論者を「承詔必謹なきエセ尊皇家」と罵っている。
 皇后さまは、天皇陛下の御放送にふれて、こうのべられた。
「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされた陛下の御表明も、謹んでこれを承りました」
 小林は、このご発言をもって、皇后さまの承詔必謹を見習うべしという。
 あの愚かな戦争からなにも学ばなかっただけではない。
 小林がもちあげる承詔必謹は、天皇利用の危険思想なのである。
 小林は、女系天皇論者で、祖先がどこの馬の骨とも知れぬ女系天皇に「承詔必謹」という絶対権力を与えよという。
 万世一系を迷信ときめつける男でもあって、日本を、天皇というアクセサリーをつけた共和国にしようという魂胆をもっている。
 保守思想のなんたるか、天皇の政治利用のなんたるかに無知で、漫画という武器で、薄っぺらな合理主義や社民主義、フェミニズム(女権主義)をもちあげている。
 私には、小林よしのりがアピールする承詔必謹が、天皇の政治利用という悪夢の再来のように聞こえるのである。
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2018年09月17日

天皇・国防問題は文化論≠ナ語れ

 ●法と権力の前で文化が窒息寸前
 安倍首相は憲法改正にご執心だが、憲法の条文など、解釈一つでどうとでもなる。
 日本は、現憲法下で世界6位の軍事力をもち、イージス艦6隻、空中給油機6機、準空母2隻を保有するほか、900キロ級の巡航ミサイルの導入までをきめている。
 憲法を改正せずとも、否、憲法を改正しないほうが、日本は適正な軍事力をもてるのである。
 加憲とやらで、国軍としてすでに国民の了解をえている自衛隊に9条3項をかぶせると、9条の1項、2項との矛盾が明らかになって、却って、反自衛隊派を勢いづかせることになる。
 日本の防衛は、生存権や国家主権(交戦権)、正当防衛などの憲法外の規範にもとづいている。
 自国をまもる、自分の家族をまもるのは、自然法や習慣法で、人間や国家の自己保存本能や尊厳は、法の規制をうけない文化のカテゴリーにある。
 憲法をまもるためなら国が滅びてもよいという護憲派の平和主義は、人間の心=文化が失われた法匪の思想≠ナ、安倍首相の加憲論は、国家防衛という本能的欲求をゆるがす余計な小細工なのである。
 憲法9条より問題なのが、日米地位協定で、日米の地位(立場)が、米独や米伊、米韓より不利益的ならば、早急に改善されなければならない。
 法の問題なら条文の改正ですむが、パーセプション・ギャップ(認識のずれ)は文化の問題で、これを放置すれば、国家や民族の尊厳までが傷つきかねない。
 近代国家は、政治と法治(ほうち)のバランスからなりたっている。
 政治とは文化で、権力や法と対立する。
 アメリカやイギリスなどに比べて、日本で、憲法(法治主義)のウエイトが高いのは、政治が弱体だからである。
 なにしろ、自国の政治判断よりも、旧宗主国(GHQ)が70年前においていった占領基本法(憲法)のほうを大事にしているのである。
 大統領制の国では、アメリカのように大統領令が憲法に優先する。
 議会がつよい国では、ドイツのように憲法が議会に隷属するか、イギリスのように議会の決定を制限する憲法そのものがない。
 日本の場合、GHQ政令の憲法を絶対化するため、憲法99条で、天皇から総理大臣、最高裁裁判長にまで、憲法遵守の義務を負わせている。
 このばかげた法の過剰支配の下で、東大法卒を中心とした法務・検察官僚がわが世の春とばかりに、国権を牛耳っている。
 法の過剰支配が、政治や文化、常識、人情を圧迫するのは当然なのだ。
 日本では、あらゆる分野に権力や権限、権益がはいりこみ、それが、文化や政治を基盤とするあたたかい家族社会を法や権力が支配する冷酷な監獄社会に仕立て上げている。
 下が規則や許認可、法令などの小さな権力をふりまわせば、上は東大法卒の赤レンガ組が、警察・司法・マスコミを従えて、法務権力というスーパーパワーを発動させるという按配なのである。
 
 ●皇室典範=国体法を憲法から切り離せ
 戦後、いっさいの権威や伝統、民族的価値が否定されて、アメリカ製憲法が唯一の価値となった。
 大きなダメージをうけたのが皇室の家法である皇室典範だった。
 皇室の廃絶を長期的視野に入れたGHQの皇室政策はきびしいもので、財産没収と11宮家の臣籍降下のほか、明治憲法と同格だった皇室典範を憲法へとりこみ、歴史的存在である天皇=国体を法律上の存在にしてしまった。
 天皇問題は、すべて、ここに起因する。
 リベラル派は、女系天皇や女性宮家を主張する。
 万世一系を否定する女性天皇は、もともと論外で、世継ぎ問題を解決するには、11宮家の皇籍復帰あるいは現皇族と旧皇室の養子縁組以外にはない。
 それには、皇室典範を憲法から切り離して天皇と皇室の家法=国体法典としなければならない。
 天皇の地位や皇族の身分、皇統問題は、歴史の問題である。
 憲法を改正するなら、9条より第一章(天皇)が先であろう。
 天皇事項を憲法から外して「国体法たる皇室典範で定める」としなければならない。
 皇室典範が皇室の家法となれば、自民党の改憲案「天皇元首」などもってのほかで、天皇および皇室が権力や法から離れた文化的存在になったとき、日本は、歴史に国家の根拠をおいた真の伝統国家となるのである。
 天皇陛下は、平成28年8月8日、ビデオメッセージで、ご高齢になられたことや身体の衰えを挙げ、公務をつづけることがむずかしくなるのではなるとして、譲位の意向をおしめしになった。
 しかし、現在の皇室典範には、生前退位に関する規定がない。
 そこで、2017年、天皇陛下の退位を一代限りでみとめる皇室典範特例法(譲位特例法)を制定、皇室会議(2017年12月1日)をへて、定例閣議(12月8日)で、2019年4月30日に天皇陛下が退位して、5月1日の皇太子徳仁親王殿下即位をもって新元号への改元をおこなうという政令案が閣議決定された(退位特例法)。
「譲位」が「生前退位」にすり替わったのは、譲位を望まれる陛下のご意向に政府が従えば、憲法4条に抵触しかねないからだという。
 皇室典範を憲法にとりこんでおいて、天皇のご意志が憲法にふれるというのは、それじたい矛盾で、皇室典範を憲法と同等の皇室の家法へもどせば、なんの問題も生じない。
 天皇問題は文化であって、文化を法や権力で支配することはできない。
 日本人にとって天皇は、制度でも法でも権力でもなく、神話や歴史、言語のような文化、民族の心で、国家以前の国体なのである。

 ●文化防衛論における「菊と刀」
 権力が国家をつくっているとだれもが思っている。
 だが、国家をまもり、国家を国家たらしめているのは文化であって、権力や軍事力ではない。
 三島由紀夫は、文化と武力の関係を「菊と刀」にたとえた。
 刀(武力)は菊(文化)をまもるものであって、権力の道具ではない。
 三島由紀夫の『文化防衛論』がまもろうとしたのは、文化概念としての天皇だった。
 国家をつくりあげているのは、文化と歴史、権威で、その象徴が天皇である。
 日本という国家の本質は文化にあって、その文化(菊)は、軍事力(刀)によってまもられなければならない。
 国家をまもることは文化をまもることだが、たたかわずして、文化をまもることはできない。
 文化は、大砲や文化侵略、伝統破壊に無防備で、革命にはひとたまりもないからである。
 日本が軍事侵略(元寇など)や宗教侵略(天草四郎の乱など)を防ぐことができたのは、菊という文化ではなく、刀という闘争力が高かったからで、三島は、文化防衛の要諦が刀であることを熟知していた。
 外国人が、なによりも恐れたのは、武士の刀だった。
 刀は武士の誇りでもあって、武士の誇りを傷つけるとその場で斬殺されかねなかったからだった。
 まして、軍靴で帝(みかど)の地を侵略すれば、武士がいっせいに抜刀して襲いかかってくる。
 日本侵略など、とうてい、思いおよばなかったのである。
 天皇をまもるのは、法でも正義でもなく、刀であって、それが文化防衛論の要諦である。
 三島由紀夫は「文化防衛論」のなかで日本文化の衰弱を「近松も西鶴も芭蕉もゐない昭和元禄」と嘆いた。
 江戸時代には、浮世草子の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、大和絵の尾形光琳や俵屋宗達、浮世絵の菱川師宣や葛飾北斎、人形浄瑠璃の近松門左衛門、東海道中膝栗毛の十返舎一九、南総里見八犬伝の滝沢馬琴、浮世床の式亭三馬と庶民芸術が花開き、庶民のあいだで川柳や狂歌が流行り、人々は歌舞伎や能、狂言に熱狂し、武家の奥方から町人の娘までが踊りや三味線、茶道や生け花、小唄や長唄などの習い事に夢中になった。
 そして子らは「寺子屋」で書や算盤を学び、江戸時代、庶民の識字率70%は世界一だった。
 近松も西鶴も芭蕉も、権力からすっぱりと切り離されている。
 そこに「菊と刀」の真骨頂がある。
「菊と刀」の刀は、外圧や権力にたいする抵抗権でもあって、カミカゼの散華は、権力と無縁な庶民が、菊という文化や国体、天皇をまもるため命を捨てて抜き払った必殺の剣だったのである。

 ●皇祖皇宗の大御心と「君民一体」
 権力にたいする怒りが爆発したのが、5・15事件や2・26事件だった。
 反乱の根っこには、隆盛を誇る財閥経済の陰で、娘を売るまでに追いつめられた東北の農村の貧困があった。
 5・15も2・26も、クーデターではなく、農村の凶作や災害に手をさしのべようとしない政府にたいする直訴で、青年将校は、天皇による一視同仁の親政をもとめて、蜂起したのだった。
 だが、側近の老臣を殺害された昭和天皇は激怒して「朕みずから近衛師団を率いて鎮圧に当たる」と主張して、一片の同情もお示しにならなかった。
 天皇が権力にとりこまれて、権力の一部になっていたことに2・26事件の青年将校らは気づかなかったのである。
 磯部浅一大尉は昭和天皇にむかって(「獄中日記」)こう叫んだ。
「天皇陛下、なんという御失政でござりますか。なぜ奸臣を遠ざけて、忠烈無双の士をお召しになりませぬか」「なんというザマです。皇祖皇宗に御あやまりなさいませ」
 磯部が信頼していたのが北一輝だったが、北も大川周明も、右翼ではない。
 国家社会主義者で、北や大川がもとめた憲法は、現在の日本国憲法に近い。
 すると、三島がいう文化概念としての天皇は、明治維新にも昭和のクーデター事件にもなかったことになる。
 後花園天皇は、大飢饉と疫病の大流行で、都に死者があふれているにもかかわらず、東山山荘・銀閣寺の造営にうつつを抜かす八代将軍足利義政を諌める漢詩を送っている。
 残民争採首陽薇 処々閉廬鎖竹扉 詩興吟酸春二月 満城紅緑為誰肥
 生き残った者も飢えて首陽山でワラビなどを採り至る所で飯櫃を閉ざし扉を封鎖している 春の二月だというのに詩を吟じるにも痛ましい 都の花や草木は誰のために育っているのだろうか。
 民を想う情や涙、怒りが文化で、日本には、皇祖皇宗の大身心という文化があったのである。
 それが君民一体で、幕府は、この国体をまもる武士集団(幕藩)だった。
 フランス革命に思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは『社会契約論』で「随意に祖国を選べというなら、わたしは君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。わたしは君民共治を理想とするが、そのような国が地上に存在するはずもないので、わたしは、やむをえず民主主義を選ぶのである」
といっている。
 ルソーは、東洋にその理想の「君民共冶」の国があったことを知らなかったのである。

 ●権威と権力の二元論は「構造と力」
 明治維新は、薩長の革命軍・テロリストによる政権略奪で、この革命が成功したのは、天皇をとったからで、薩長は天皇を玉(ギョク)と呼んだ。
 薩長の下級武士集団が、幕藩体制を打破して、中央主権国家をつくることができたのは、天皇の威光があったからで、明治維新は、天皇親政の形をとった天皇の政治利用だったのである。
 明治維新によって、権威(文化)の座におられた天皇が権力(政治)の座へ移って、日本は、文化国家から権力国家へと変容した。
 軍国主義や帝国主義は、権力の暴走で、明治維新や日清・日露戦争がおきた19世紀末〜20世紀末までの百年は日本にとって「革命と戦争」の世紀でもあった。
 日本史をながめても、権力主義の嵐が吹き荒れたのは、建武の新政から南北朝、応仁の乱、戦国時代までの暗黒の中世260年と明治・大正・昭和初期の80年の二つの時代しかない。
 応仁の乱のさなか、後花園天皇の牛車が騎馬の武士団に道を譲らされる事件がおきている。
 権威の失墜が権力の肥大化をうみ、世は、乱世へとむかってゆく。
 建武の新政破った足利尊氏によって足利幕府が発足するが、歴代足利将軍の側近政治が応仁の乱をうみ、やがてそれが群雄割拠の戦国時代を招き、日本は暗黒の中世に叩き落される。
 それとまったく同じことがおきたのが幕末の倒幕から帝国主義に走った明治時代から昭和初期で、天皇が権力へとりこまれた結果、権威の空洞化と権力の肥大化が生じて、第二次大戦の敗戦=国体の危機へとつながった。
 国家も人生も、文化的側面と権力的側面の両面を併せもっている。
 これが権威と権力、文化と政治の二元論の原型である。
 文化と権力は「構造と力」の関係で、国家は、目に見える文化という構造を失ったとき、目に見えない権力という力に呑みこまれる。
 極端なケースが革命で、形のある文化が、過去の遺物として葬られる。
 一方、観念やイデオロギー、思想などの無形の力が人々を縛りつける。
 過去や歴史は、その形を保守しなければ、力によって粉砕される。
 その力が、合理性や改革、民主主義や個人主義で、この力が増強されてゆくと、世界は、文化や歴史、伝統を失った生命維持装置のような殺伐としたものになってゆく。
 それが、スターリンや毛沢東、ポルポトがもとめた革命世界で、完全に合理化された世界は死の世界なのである。
 われわれが生を営んでいるのは、不合理な世界で、論理や合理で割り切れるものはほとんどない。
 法や権力、合理主義や民主主義ばかりもちあげていると、やがて、世界は、暗黒化してゆくことになる。
 天皇退位と新天皇即位にともなって、元号が改められる。
 一部つたえられるところによると、官公庁の書類を西暦に一本化する動きがあるという。
 元号が不便というのだが、不合理を殺ぎ落として、利便性だけを追いもとめると社会はやせ衰える。
 社会は、歴史や伝統を無条件に相続することによって、ゆたかさが維持される。
 その代表が祭祀で、国家も人間も、祭祀や儀式などの不合理な文化の領域を失うと無機的な制度や法、権力にすぎないものへ堕落する。
 日本が文化国家たりえているのは、国体を有するからで、日本は、天武天皇の大昔から明治の五箇条のご誓文に到るまで、政治(太政官)と祭祀(神祇官)の二元論だった。
 明治憲法(明治22年)が天皇を国家元首に据えたところから、文化国家である日本のすがたがゆがみはじめ、前述したように、それが、前大戦の敗戦に到って国体の危機が生じた。
 法と権力を排して国家や国体を文化論≠ナ語らなければ、伝統国家日本の成熟はありえないのである。

posted by 山本峯章 at 15:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

月刊ベルダ1月号(2017年12月発売)より転載

「米中新時代」と
朝鮮半島の動向


●米中は似た者同士の覇権国家 
 今年(2018年)の世界情勢は、トランプと習近平が大接近した米中の二大覇権国家と、核・ミサイルでその米中にケンカを売る極東の小国北朝鮮の二つの軸を中心に展開されてゆくだろう。
米中新時代≠ニいう世界潮流のなか、唯一、米中が対立関係にあるのが朝鮮半島で、米中とも、それぞれの思惑のちがいから、北朝鮮の核・ミサイル開発にブレーキーをかけることができなかった。
 中国が金正恩体制を温存させてきたのは、北朝鮮が緩衝国として、中国の国益に合致していたからで、これまで、食料や物資の支援をおこない、国連安保理で北朝鮮の肩をもってきた。
 だが、核保有国となった金正恩北朝鮮は、いまや、中国の同盟国でも友好国ですらなくなりつつある。
 北朝鮮の核ミサイル問題の焦点が、今年はじめに完成するといわれる核弾頭と大陸間弾道ミサイル(ICBM)にあるのはいうまでもない。
 もっとも、北朝鮮の核は防衛用(相互確証破壊)であって、先制攻撃に使用されることは100%ありえない。
 したがって、アメリカには対朝戦争に踏み切る理由もメリットもない。
 この現状の固定化こそが米中の望むところで、北朝鮮が防衛的にしか使用できない核戦力を誇示したところで、米中には痛くも痒くもない。
 そのかんに中国は一帯一路戦略をおしすすめ、アメリカは武器・軍需物資を世界中に売りまくるだろう。
 12日間のアジア歴訪の旅を終えたトランプ大統領がアジアに残していったのは、現状維持という米中にとってまことに都合のよいものだったのである。
 トランプは、日・韓に大量の武器を売りつけ、中国とは、貿易不均衡の是正と称して、製造業やエネルギー分野への投資から、航空機、半導体、食品分野にいたる米国製品28兆円(2500億ドル)の大量購入の約束をとりつけた。
 米中にとって、現状の固定化は、いかに北朝鮮危機が迫ろうとも、かくも戦略的メリットが高いものだったのである。

 ●北朝鮮の核化≠ノ無力だった米中
 北朝鮮が核やミサイルをもちたがる理由は二つある。
 @対米用「核の抑止力(確証相互破壊)」
 A南北統一のための軍事的優越性の確保
 北朝鮮は、金正恩独裁体制の維持と南北統一の切り札に核をもちいようというのである。
 北朝鮮が、核弾頭とICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発を放棄しないのは、核・ミサイル保有国にならなければ、米中と対等の立場に立つことができないと思っているからである。
 北朝鮮には、核の放棄どころか、米本土に到達するICBMを完成させるまで話し合いのテーブルにつく気すらない。
 たとえ、米朝が水面下の外交的な交渉で、ICBM開発を一時凍結したとしても、そのとき北は世界で九番目の核保有国となっている。
 核をめぐる米朝のかけひきは、1994年の「米朝枠組み合意」以来、アメリカは北朝鮮にやられっぱなしなのである。
 一方、中国は、北朝鮮にたいして、三つのアドバンスをもっている。
 1:中朝軍事同盟の破棄
 2:原油輸出の完全停止
 3:中朝国境線の完全封鎖
 中国は、国連制裁を参加せずとも、独自の政策で、北朝鮮を屈服させることができるのである。
 その中国にして、北朝鮮の非核化は手に負えなかった。
 北朝鮮は、北を潰せない中国の逆手にとって、米中を手篭めにしたのである。
 北朝鮮が核保有国になれば、イランなどへの核の商人≠ニ化す可能性を否定できず、そうなれば、中東の核化が一挙にすすむことになる。
 米中は北朝鮮の核保有にまったく無力だったのである。
 北朝鮮の核の直接的な影響をうけるのが韓国と日本だが、韓国以上に核に無力なのが専守防衛の日本である。
 敵基地攻撃能力をもてないので、被爆しても、米軍のミサイルで敵の基地を攻撃してもらう以外方法がないのだ。
 交戦権を否定する九条を温存して三項をくわえ、自衛隊を憲法上、認知したところで、九条一項二項が残っているかぎり、防衛的先制攻撃が不可能になる。
 憲法を改正して、国家防衛力が、解釈改憲の現状よりも低下するのである。
 北朝鮮が核保有国となった現在、日本のアメリカの核の傘への依存と対米従属がさらに深まって、戦後レジームからの脱却はますますむずかしくなる。
 中国メディア(環球網)は、1015年、日本がミサイル搭載用の核弾頭を短期間で開発する能力をもっているとする署名原稿(中国安全研究所副所長・の楊承軍教授)を掲載して、警戒を呼びかけた。
 日本の核保有には、中国だけではなく、アメリカも反対で、日本が国際世論の反対をおしきって核をもてば、世界と摩擦がひきおこされて、経済的・外交的に大きなダメージをこうむることになる。
 核をもてない日本は、アメリカの核の傘の下にはいらざるをえず、対米従属がさらに深まることになる。

 ●中国共産党と米国の軍産複合体
 来年以降、世界は、米中の大接近によって、二極支配の構造を呈するだろう。
 もともと、米中は似た者同士の国家で、いくつか共通点がある。
 @ともに革命からうまれたイデオロギー国家である
 A国家の上位に共産党組織や軍産共同体という軍事機構をもつ
 Bグローバリズムに立った覇権国家で、両国で二大強国を形成している
 イデオロギー的に相容れない米中両国が手をむすぶのは一種の棲み分け≠ナ、それを端的にあらわしたのが習近平の「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」という発言(トランプとの共同記者発表)だった。
 中国が革命国家であることはだれもが知っている。
 ところが、アメリカが革命国家であるという認識は、案外、乏しい。
 アメリカの独立戦争は、世界で最初の市民革命でもあって、独立宣言・合衆国憲法をとおして、自由・平等そして民主主義を謳いあげる市民社会を出現させた。
 アメリカと中国は、ともに革命国家で、そこに米中が一脈つうじあう理由があるだろう。
 1996年の台湾海峡ミサイル危機は、台湾総統選挙で李登輝優勢に焦燥を深めた中国軍が台湾海峡にミサイルを撃ち込んで恫喝したもので、これにたいして米海軍は、台湾海峡に太平洋艦隊を送り込んで牽制した。
 このとき、米中のあいだで、投票日の三日前にミサイル発射停止、その直後に米艦隊を海峡から撤退というシナリオができていたとされる。
 ニクソン大統領の訪中準備のため一九七一年におこなわれたキッシンジャー特別補佐官(当時)と中国の周恩来首相(同)の極秘会談では「日本の軍事大国化を防ぐには日米同盟でコントロールすべき」という瓶のふた論≠展開している。
 人工国家である米中両国は、国家の上部構造にイデオロギーにもとづく軍事機構をそなえている。
 中国の共産党、アメリカの軍産共同体がそれである。
 米中が超大国となったのは国家概念に海外侵略≠ェとりこまれているからで、中国の共産党もアメリカの軍産複合体も、世界にむかって拡張してゆく装置といってよい。
 強権国家として、対外的に拡張してゆくための国家戦略を練るのが中国共産党で、第19回中国共産党大会では、習近平思想の党規約への明記が決議されて習近平の独裁者としての地位も確定した。
 アメリカを追いこして、世界一の大国をめざす習近平の思想が、毛沢東思想やケ小平理論と並んだわけで、習近平の「一帯一路」戦略が国家戦略となったのである。
 一方、アメリカの国家戦略は、軍事力による世界制覇で、それが軍産複合体(MIC)という国家臨戦態勢である。
 トランプが軍事関連製品のセールス外交をくり広げたのは、軍産複合体のアメリカにとって、軍需物資の輸出が経済の生命線だからで、アメリカは戦争から国益をえる国家なのである。
 ホワイトハウス(大統領行政府)とCIA(中央情報局)、ペンタゴン(国防総省)の下に3万5千社にものぼる傘下企業群、金融機関、大学や研究室、政府機関やマスコミ、350万人以上の将兵を抱える軍部、議会までがつらなるのが軍産複合体制という国家臨戦態勢である。
 これは中国も同じで、中国という国家の上部概念に中国共産党と中国共産党が組織する人民解放軍が存在する。
 アメリカと中国は、国家の上に、軍産複合体(MIC)や中国共産党(人民解放軍)という軍事ハードウエアを背負った特殊な国家なのである。
 米中とも世界戦略(グローバリズム)を必要とするのは、国家を統一、発展させるには、対外侵略に依存せざるをえないからで、それが、中国でいえば、一帯一路である。

 ●「一帯一路」と日米豪印戦略対話
 一帯一路は中国西部から中央アジア、欧州を結ぶ「シルクロード経済帯」(一帯)と中国沿岸部・東南アジア・インド・アフリカ・中東・欧州とつらなる「21世紀海上シルクロード」(一路)からなる。
 経済圏に含まれる国は62カ国、その総人口は約45億人で世界の約6割に相当する。
 海上シルクロードと呼ばれるのが「真珠の首飾り」である。
 マラッカ海峡航路のほか、パキスタンのグワダール港、バングラディシュ(チッタゴン港)、ミャンマー(シットウェ港)スリランカ(ハンバントタ港)など港湾や空港の整備に力が注がれたが、ハンバントタ港開発では、中国が高利で資金提供をおこない、返済が不能になると租借地として取り上げるという悪質な手法がとられた。
 これに対抗するのが、安倍首相が提唱した日米豪印戦略対話である。
 四カ国で構成される「アジアの民主主義の孤」で、習近平の「一帯一路」に対抗する狙いがある。
 影響をうけるのがASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国で、日米豪印戦略対話が軌道にのれば、中国の影響から脱して、非同盟中立という自主的な外交路線をとることができる。
 中国の東方進出にはもともと限界がある。
 台湾を武力制覇するためには米艦隊を破らねばならず、日本をこえて太平洋に進出するにも、原油の通り道であるインド洋や南シナ海で制海権を確保するにも日米同盟をこえる海・空軍力を持たねばならない。
 一方、莫大なインフラ需要が眠る西方の「シルクロード経済帯(中央アジア)」では低利融資の大攻勢で道路やトンネル、天然ガス・パイプラインが建設されるなど関係国は中国マネーに沸いている。
「シルクロード経済圏」と銘打ったところで、資金から作業、資材、建機などすべて中国のものなので、中国の公共事業を外国でやるようなものである。
 中国は「2014年の中国の対中央アジア投資は380億ドルにたっしているが、日本は20億米ドルに過ぎない」と豪語するが、2015年に中央アジア5か国を訪問した安倍首相が「3兆円超の事業創出」を打ち出しており、今後、中央アジアで日中の経済競争がはじまるだろう。

 ●中国が抱える三つの懸念
 トランプの助言者であるキッシンジャーは、中国が北朝鮮に傀儡政権をつくるのと引き換えに米軍が朝鮮半島から撤退するという裏取引をもちだしたというが、中国はのってこなかった。
 なぜなら、力づくで金体制を倒せば、世界と共存共栄をはかるというスローガンと矛盾して、一帯一路の関係・周辺国の不信感を招かずにいないからである。
 現在、中国がもっとも重視しているのが国際世論で、訪中したトランプが中国にたいして一言もクレームを発しなかったのは、習近平の立場を考慮したからである。
 中国がおそれるのは次の三つの事態である。
 @経済侵略(一帯一路)や軍事侵犯(南シナ海)、人権侵害(チベットや東ウイグルなど)、自由主義経済(知的所有権など)違反などにたいする対中批判
 A南北統一(朝鮮半島)
 B一帯一路戦略にたいする抵抗や妨害
 アメリカと中国の蜜月化からは、米中両国が互いの無法製や違法性、失錯をかばいあうという暗黙の了解がみてとれる。
 中国にとって、将来的な最大の懸念は朝鮮半島の統一である。
 中国の隣国に7500万人の核保有国が誕生することになれば、国家間の摩擦や国防上のリスクははかりしれない。
 中国がアメリカの北朝鮮攻撃に待ったをかけた理由がそこにあった。
 米韓の主導で統一がおこなわれた場合、朝鮮半島に親米政権が誕生することになって、中国の安全保障上の大きな問題となる。 
 金正恩体制以降、中国にとって、北朝鮮は同盟国でも友好国でさえなくなったが、金体制崩壊後、朝鮮半島にアメリカの傀儡政権がうまれては困るのである。
 北朝鮮主導で統一がおこなわれた場合、韓国は、核を持ち、世界第四位の兵力数を誇る北朝鮮軍に制圧されることになる。
 北の軍事大国化と核保有、ミサイル技術はそのためのもので、統一後、韓国側が大粛清と経済恐慌にさらされるのは目に見えている。
 それなら、南北統一を避けて、中国の庇護下にはいる事大主義のほうが懸命で、そのほうが韓国の国家防衛になるだろう。
 そこからでてきたのが韓国を中国の友好国に変えてしまおうという戦略である。
 具体的には、韓国の柵封化と朝鮮半島からの米軍撤退で、アメリカも、韓国が地理的、経済的に結びつきのつよい中 国に擦り寄っていくのは避けられないと見ている。

 ●統一朝鮮で火を噴く朝鮮自治区
 南北統一がなされたとき、とんでもない問題をもちあがってくる可能性がある。
 民族独立運動である。
 中国は、チベット、ウイグル、内モンゴルの3か所で分離・独立運動を抱えているが、中国東北部(旧満州)の延辺には、人口約200万人の朝鮮自治区が存在する。
 延辺は、中華人民共和国吉林省に位置する朝鮮族の自治州で、南北朝鮮が統一されると、この地の帰属をめぐる領土問題が浮上してくる可能性がある。
 これが「高句麗問題」で、中国は、高句麗が中国の一地方政権とするが、韓国は、高句麗史を韓国史に繰り入れている。
 高句麗は、紀元前1世紀頃から紀元668年まで中国東北部から朝鮮半島北部地域にまたがって存在した東アジアの古代王国で、高句麗史を中国史とみとめれば、朝鮮史は、一千年以上も短縮されることになる。
 高句麗論争は、領土(地)と民族(血)の問題なので、政治紛争になりやすい。
 韓国は、柔道、茶道、華道、相撲から寿司やしゃぶしゃぶ、ソメイヨシノなど日本特有のものから、キリストも孔子まで韓国で生まれたという「韓国起源説」をもちだして、世界から呆れられているが、その誇大妄想と火病が韓国人の国民性である。
 中国が朝鮮半島の南北統一を望まないのは、中国東北部の朝鮮自治区で韓国人が独立運動をはじめたら、中国にとって最大の弱点であるチベットやウイグルなどの民族問題に飛び火する可能性があるからである。
 トランプと習近平が北朝鮮危機や南北統一問題を回避したのは、米中協調体制にとって現状維持が最良の選択肢だったからである。

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2017年11月07日

 月刊ベルダ11月号(2017年10月発売)より転載

 戦争屋トランプ≠ニ足並みを揃える危険性
 
 ●アメリカの北朝鮮完全破壊$略
 国連で北朝鮮を完全に破壊すると演説したトランプにたいして、北朝鮮は、太平洋上で水爆実験をおこなうと宣言した。
「ロケットマン」「老いぼれ」と罵りあっているトランプと金正恩のあいだで、核とミサイルを放棄する米朝合意が成立する可能性はゼロに近い。
 北朝鮮が核と大陸間弾道ミサイルの保有国になるのは時間の問題だが、その場合、国際社会におけるアメリカの信頼は失墜し、米本土への核攻撃、テロ国家への核拡散という新たな脅威もうまれる。
 核実験とミサイル発射をくり返してアメリカを挑発する北朝鮮だが、韓国や在韓米軍に先制攻撃をおこなう可能性はない。
 先に軍事行動をおこせば米韓の総攻撃を招くからである。
 一方、アメリカには、北朝鮮を先制攻撃する基本戦略が存在する。
 アメリカは、北の長距離ミサイル(ICBM)と核弾頭の完成を来年早々と見ている。
 その前に北朝鮮を完全破壊するのがアメリカの潜在的戦略で、北朝鮮の挑発が国威高揚のプロパガンダなのにたいして、トランプの警告には、ペンタゴンと一体化した北朝鮮の完全破壊という戦略目的が見えている。
 トランプ・ペンタゴンの狙いは、北朝鮮の暴走をエスカレートさせ、先制攻撃を正当化できる危機的状況をつくりだすことにある。
 その危機とは、グアムへのミサイル着弾と太平洋の水爆実験予告で、いずれも現実のものになりつつある。
 アメリカは、すでに北朝鮮にたいする先制攻撃を正当化できる理由を手にしているわけだが、問題は、その時期である。
 デッドラインを年内とする声が聞こえてくるのは、核弾頭小型化とICBMの完成が眼前に迫っているからである。

 ●反撃の余裕をあたえない電撃作戦
 米朝戦争は、短時間で片がつくとしても、北朝鮮への先制攻撃には、韓国側の多大の被害を想定しなければならない。
 アメリカに基地を提供している日本も例外ではなく、北の報復が日本列島におよぶ可能性も否定できない。
 先制攻撃の第一波が決定的効果をあげるか、指揮系統を破壊・遮断する「斬首作戦」が達成されないまま戦闘状態に至った場合、ソウルが火砲にさらされる。
 なにしろ、DMZ(非武装地帯)付近に配備された300門以上の新型ロケット砲が首都ソウルを射程内におさめているのである。
 2016年版防衛白書によると、北朝鮮の地上軍(約102万人)は兵力の約3分の2を非武装地帯(DMZ)付近に展開している。
 韓国が北朝鮮にたいして地政学的に圧倒的に不利なのは、北朝鮮の戦車3500両以上をふくむ機甲戦力と口径240ミリと300ミリの多連装ロケット砲(MRL)、170ミリ自走砲600門以上の射程圏内(軍事境界線から40キロ)に、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるところにある。
 米朝全面衝突がないとする予測は、アメリカが、韓国人の人命を危機にさらさないという人道主義が前提になっている。
 それが、北朝鮮の核施設だけをターゲットにしたクリントン元米大統領の第1次北朝鮮核危機(1994年)だった。
 93年に核拡散防止条約(NPT)を脱退した北朝鮮は、核実験と弾道ミサイル「ノドン1号」発射を強行すると、94年、南北特使交換実務者会談で北朝鮮代表が「戦争がおきればソウルは火の海になる」と脅迫し、米朝間に緊張が高まったのである。
 このとき、アメリカが北朝鮮攻撃を実行に移せなかったのは、攻撃目標を核施設に限定する「精密爆撃」の報復として、北朝鮮が大量の長射程砲をソウルに打ち込むという恫喝に屈したからだった。
 しかし、今回は、攻撃目標が限定されておらず、北朝鮮への先制攻撃は、DMZ(非武装地帯)の無力化と百数十か所とされる重要拠点の電撃的制圧といわれる。
 反撃の時間的余裕をあたえずにDMZ(非武装地帯)の戦力を無力化するプランで、主役をつとめるのが米空軍の編隊(戦略爆撃機B1B+F15戦闘機)と韓国軍である。

 ●先制攻撃に参加できない日本
 この場合、日本は、きわめて微妙な立場に立たされる。
 アメリカが先制攻撃≠かけた場合、日本は、在日・在韓米軍と行動を共にすることができないのである。
 安全保障関連法では、日本が武力行使できる条件に、日本にたいする武力攻撃(「武力攻撃事態」)あるいは、米国が武力攻撃をうけて日本の存立が脅かされた場合(「存立危機事態」)に限定している。
 現在の安全保障関連法では、日本は、アメリカの先制攻撃にくわわることができないのみならず、在日米軍の日本の基地からの出撃も、先制攻撃であるかぎり、法制上のしばりがかかるのである。
 そこに、安倍首相が解散総選挙を急いだ理由があるするのが、事情通筋の観測である。
 北朝鮮危機を訴え、選挙に勝ったのちに、強力な臨戦内閣を組閣して、アメリカの戦争を支援しようというのである。
 安倍首相のいう国難突破解散は、消費税でも少子高齢化対策でもなく、戦時における対米協力体制(先制攻撃)構築のためのものというのである。
 安倍首相は、国連演説で、北朝鮮に核・弾道ミサイル戦力を放棄させる上で必要なのは「対話ではない。圧力だ」と強調し、加盟国に行動を呼びかけた。
 また、軍事力をふくむ「すべての選択肢」があるとする米国への「一貫した支持」を表明し、日本人拉致被害者の帰国に全力を尽くすとした。
 北朝鮮の核兵器は「水爆になったか、なろうとしている」のは事実で、核を積むための大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有が間近に迫っている。
 北朝鮮は、1994年の米朝枠組み合意や2005年の六カ国合意にもとづく対話の裏をかいて、核・ミサイル開発をつづけてきた。
 北朝鮮にとって対話とは、安倍首相が指摘したとおり、世界を欺き、核・ミサイル開発の時間を稼ぐ手段だったことは事実である。
 だからといって、国連の安倍演説がトランプの代弁でよいことにはならない。
 日本の国益や安全保障は、日本独自の戦略や路線の上に樹立されるべきもので、アメリカの極東戦略に追随すれば、戦争をビジネスにしてきたアメリカの論理にまきこまれることになる。

 ●アメリカにとって戦争はビジネス
 アメリカが、人的・物的被害のリスクを慮って、戦争のカードを出し渋ったことがこれまでにあったろうか。
 冷戦下におけるベトナム戦争では、インドシナ半島の戦争がアメリカの国益を左右する要素がなかったにもかかわらず、アメリカは、4万6370名の戦死者、30万以上の負傷者、戦闘以外の死者1万人以上をだして、約90万人の北ベトナム兵とベトコンを殺害している。
 朝鮮戦争でも、アメリカは、4万人に近い戦死者・行方不明者、10万人をこえる負傷者をだして、中国軍約90万人、北朝鮮軍約52万人を屠っている。
 今回の北朝鮮のミサイル・核開発危機にかぎって、アメリカが、人的・物的被害や犠牲を慮って、戦争カードを切らないという保証はないのである。
 アメリカの北朝鮮先制攻撃の要諦は、DMZ(非武装地帯)周辺に配備された長射程火砲の無力化だが、第一段階のアタックが不完全であれば、報復砲撃によって、ソウル周辺は、多大の被害をこうむることになる。
 だが、韓国側にたとえ一万人の犠牲者がでても、アメリカは、北朝鮮の徹底破壊という戦争目的を完遂させるだろう。
 国民6人に一人が犠牲になった朝鮮戦争に比べて、数万人の犠牲は、アメリカにとって、想定内なのである。
 しかも、今回は、米本土を攻撃できる大陸間弾道弾(ICBM)とミサイル核弾頭の完成が間近で、いまが北を直接叩けるラストチャンスなのである。

 ●戦争で成り立っているアメリカ。
 アメリカにとって、戦争は、国家および世界戦略の一環で、建国以来、戦争をしていなかった期間はほとんどない。
 アメリカは、戦後、20回以上、中規模以上の軍事行動をおこしている。
 そのうち、戦略的に成功した軍事行動は、戦後の日本占領(1945年)だけで、朝鮮戦争(1950年)とベトナム戦争(1961年)から湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン戦争(2001年)、イラク戦争(2003年)にいたるアメリカの戦争は、アメリカ製兵器の壮大なる創造と消費を約束する巨大な武器市場であった。
 アメリカの都合による戦争がイラク戦争であった。
 フセインが化学兵器及び核開発をしているというCIA情報でイラクにミサイル攻撃をしかけ、アメリカは、その結果、戦場で5000人、帰国してからも多くの関連死者をだした。
 わたしは、当時、バグダートに在って、ラマダン副首相を窓口にサッダーム・フセインとのインタビューを待機していた。ラマダンが「アメリカの攻撃はない」と主張したのは、イラクに大量殺戮兵器などなかったからだが、わたしは、日本大使館の説得に応じて、最後の飛行機でバグダートを脱出した。
 イラク戦争は、結局、フセインを殺して、イスラム国(IS)という怪物をつくっただけだったが、それがアメリカの戦争である。
 ちなみに、トランプが、現在、国防総省(ペンタゴン)と密接な関係にあるのは、イラク戦争のプランナーだったCIAとの信頼関係が失われたからである。
 CIAは、アフガン戦争では、反ソ戦略にアルカイダを利用して、寝首をかかれ、イラク戦争では、核開発・大量殺戮兵器開発のガセを流して、アメリカの国益を害っている。

 ●アメリカの政体は軍産複合体
 日本人はアメリカの真のすがたを知らない。
 ベトナムからの撤退やデタント(緊張緩和)による軍事費の縮減をすすめたケネディ大統領の暗殺(アメリカ政府による真相の76年間封印)や反米的な資源外交や親ソ・親中の全方位外交をすすめた田中角栄の失脚工作(ロッキード事件)の背後にあったのが、軍産複合体のというアメリカの戦争国家体制である。
 トランプの大統領選挙における逆転当選にも、共和党=ネオコンをとおして軍産複合体による工作があったのは疑えない。
 アメリカは、国家形態自体が臨戦型で、大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が<軍産複合体制(MIC)>を形成している。
 日本やドイツとの戦争のためにつくりあげられた国家臨戦態勢=軍産複合体が発展的にひきつがれて、現在のアメリカの国家構造になっているのである。
 原爆を製造・投下した(マンハッタン計画)のもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 軍産複合体制には、アメリカを代表する数千の企業と数万の下請け、金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 350万人以上の将兵を抱える軍部と国防総省、「デュポン」「ロッキード」「ダグラス」などの軍需産業と3万5千社にのぼる傘下企業群、大学や研究室、政府機関やマスコミ、議会までが一体となった軍産複合体はアメリカ特有なもので、アメリカのパワーの源泉である。

 ●保守主義と相容れない対米従属
 アメリカがドミノ理論≠振り立てて、ベトナムへ介入したのも、軍産複合体の論理からだった。
 多くの人命を犠牲にして、アメリカになにも得るべきものがなにもなかったベトナム戦争も、巨大軍需産業と傘下企業群にとっては、特大の恩恵で、ベトナム戦争が終わったとき、軍需産業はみな大企業に成長していた。
 その後、軍産複合体の餌食になったのは、世界の火種である中東と中国の拡張政策にさらされた極東で、湾岸戦争の折、サウジアラビアはアメリカから大量に兵器を購入し、日本も尖閣列島危機にからめて、オスプレイ17機(3600億円)の購入をきめている。
 すでに日本は、北朝鮮危機にからめて、迎撃ミサイルの購入をきめ、敵基地攻撃能力をもつ巡航ミサイル導入の検討をすすめているが、トランプが挑発して、北朝鮮が危機をエスカレートさせるたび、アメリカは大儲けするのである。
 アメリカが謀略国家なのは、世界の常識だが、日本にはその認識がない。
 ロッキード事件では、朝日新聞や文藝春秋など日本中のマスコミがアメリカの謀略にひっかかって、国民は、角栄逮捕の報にこぞって喝采を送った。
 もっと悲劇的なのは、GHQが日本の無力化と共産化をはかった占領政策である憲法が、いまだ最高法として君臨している事実である。
 国家エゴがぶつかりあう世界情勢のなか、国家主権と国体を否定した現憲法ほど有害にして障害になるものはない。
 ところが、現在、自主憲法制定のうごきはなきにひとしい。
 自主憲法制定派にとって、大きな痛手が自民党の変節だった。
 自民党は、事実上、護憲派の一員で、改憲は、護憲的改憲にすぎない。
 第一次安倍内閣を放り出したあと、村上正邦元参議院議員らとホテルオオタニで会談の場をもった安倍首相は、同席したわたしが感銘をうけるほど、熱っぽく改憲の意欲を語ったものである。
 ところが、第二次安倍内閣以降、安倍首相の改憲姿勢には首をひねらざるをえない。
 とりわけ、憲法9条を変更せず、第三項を設けて自衛隊の合憲性を謳うという弥縫策には失望を禁じえなかった。

 ●対米協力と対米従属はちがう
 安倍首相の戦後レジームからの脱却は、対米従属からの脱却であって、自主独立は、日本の悲願だったはずである。
 ところが、戦後日本は、対米従属と護憲・平和主義がないまぜとなったぬるま湯のなかで、憲法9条にしがみついてきた。
 それが平和ボケで、国家主権(交戦権)の放棄が国民の国家観をいかにむしばんできたかいくら強調してもしすぎることはない。
 そして、その結果、日本は、国家の進路をみずから決定するという主権意識を見失ったまま、アメリカのいうとおりになってきた。
 憲法は、日本が独自の外交路線をつきすすむための羅針盤でもあって、そこに、独立国家の気概と国家の誇りがみなぎっていなければならない。
 自主憲法制定の意義はそこにあって、他国の都合によって、国家の進路が左右されるようなことがあってはならない。
 軍需産業が利益を上げるために紛争を回避しない軍産複合体の論理にのって、日本が、アメリカに追従するのは、対米協力ではなく、対米従属である。
 軍産複合体は、アメリカ人にとっても最悪の国家システムで、戦死をふくむ国家にたいする忠誠の代償が軍需産業の利益のみというのでは、アメリカのいうならず者国家、北朝鮮とかわるところがない。
 安倍首相は、トランプから一定の距離をおくべきだろう。
 北朝鮮への先制攻撃があるかないか予断をゆるさないが、対米従属だけが日本の国益に合致した外交政策ではないということだけは心しておくべきなのだ。
 アフガン戦争やイラク戦争をあげるまでもなく、アメリカの戦争は、軍産複合体の論理に立ったもので、その先にあるのは、さらなる悲惨と混迷、困難かもしれないのである。
posted by 山本峯章 at 15:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

 ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代

 ●多様性とあいまい≠フ文化
 西洋では、勝ち負けや敵味方の峻別が政治で、それが「戦争は政治の延長」といわれる所以である。
 これは、キリスト教の影響で、西洋の宗教観は、神と悪魔のたかいである。
 善悪、正邪も、唯一神の世界観からうまれた観念で、一元論である。
 正義や真理が一つしかないので、そこから戦いの論理がひきだされる。
 大航海時代以降、西洋人が他民族に残虐のかぎりをつくしたのは、キリスト教徒以外は、すべて悪なので、いくら略奪しようと殺そうと、罪の意識をかんじなかったからである。
 日本が二元論あるいは多元論なのは、土着信仰の神道が八百万の神々の汎神論だからで、日本の文化は、バランスと多様性からできている。
 それが中庸の精神で、決着を保留するあいまいの文化≠ナもある。
 あいまいさが排除されたのは、唯一神(ヤハウェ)が出現したからで、それまで、世界は、神々が人々とともにある牧歌的な空間だった。
 たとえるとそれは、邪馬台国や大和朝廷のような祭祀国家で、キリスト教やイスラム教以前の西洋も、ギリシャの神殿をみるまでもなく、多神教的なおおらかな世界だったはずである。
 あいまいは多次元的ということで、そこには、勝ち負けも敵も味方もない。
 それぞれがそれぞれの価値観をもって棲み分けるので、争いが生じないのである。
 だが、世界は、キリスト教的な価値観や唯物論、合理主義からできあがっている。
 したがって、何事にもあいまいな日本は、批判をうけ、異端視されてきた。
 それでも日本が侮られることなく、大国の地位をまもってきたのは、経済と技術力、軍事力が世界のトップレベルだったからで、あいまいさは、多様性の文化を開花させるのである。
 多様性には、柔のほか、国家防衛という剛がふくまれる。
 柔が文化なら、剛は国家意識で、これを国体(権威=天皇)と政体(権力=幕府)の関係におきかえることができる。
 日本が列強の餌食にならず、革命もおきなかったのは、国が柔と剛の両面を兼ね備えていたからである。
 列強が日本を侵略できなかったのは、武士の国だったからで、ヨーロッパの古い書物には、サムライの勇猛さや常備武器である日本刀の切れ味を記録したものが少なくない。
 それでも、宗教の侵略を防ぐことはできず、有馬義貞(島原領主)、大友宗麟(豊後領主)、大村純忠(肥前大村領主)黒田孝高・小西行長(ともに豊臣秀吉の家臣)、高山右近(赤石城主)らがキリスト教にとりこまれた。
 キリスト教が禁教となったのは、キリシタン大名や天草四郎らが火薬とひきかえに50万人もの若い女性をイエズス会の司祭に奴隷として売り渡していた事件が発覚したからである。
 豊臣秀吉や徳川家康の「バテレン追放令」から鎖国へと日本が西洋への門戸を閉じたのも国家防衛で、キリスト教の侵略を防いだのは、世界史上、日本だけである。
 尊皇攘夷だった薩長が、明治維新後、180度転身して、西洋化に走ったのも、国家防衛のためで、日本は、新政府樹立(1868年)のわずか26年後に日清戦争(1894年)、10年後には日露戦争(1904年)を戦って勝利をおさめた。
 両戦に負けていても、朝鮮半島が清国やロシアの手に落ちていても、日本は国家的危機に陥ったはずで、日本は、ぎりぎりの瀬戸際で、国家を防衛してきたのである。

 ●平和主義という鎖された世界観
 現在、日本の防衛意識は、歴史上、例がないほど劣化している。
 そして、多元的な文化も衰えて、物欲主義や享楽主義一辺倒へ傾いている。
 国家防衛を放棄した憲法9条を平和主義と錯覚して、享楽に明け暮れているのが現在の日本人で、今回の北朝鮮危機にも、空母カール・ビンソン出撃のXデイー≠ヘいつかなどとテレビといっしょにはしゃいでいる。
 そして、「ソウルと東京への核攻撃の脅威が現実の問題になった」(国連安全保障理事会)という米国のティラーソン国務長官の発言にキョトンとしているありさまである。
 北朝鮮のミサイルが日本列島に着弾すれば、目がさめるだろうが、そのときはもう遅い。
 拉致事件への手ぬるい対応から巨額のパチンコ送金や万景峰号による密輸の看過、預金を本国へ不正送金して破綻した朝銀へ一兆3千億円もの公的資金を投入して、その資金の一部が開発に使われたであろうミサイルや原爆の脅威にさらされている。
 情けないのは、朝鮮総連から抗議をうけて、マスコミが、金正男暗殺に北朝鮮が関与という報道ぴたりとをやめてしまったことで、他の国なら監視下におかれる敵性団体が脱税や生活保護の仲介機関や圧力団体としてふんぞりかえっている。
 スパイ防止法や国家反逆罪などの公安法があれば、摘発の対象となるような団体に官庁やマスコミどころか政府すら頭が上がらないのが平和国家日本なのである。
 国家防衛や危機管理の意識や能力が低いのは、日本の文化があいまいだからではない。
 その逆で、平和主義という硬直した一元的な文化に洗脳されているためである。
 スパイ法案は、全野党、全マスコミ、弁護士会や学術学会、労組ら日本中の団体から猛反対をうけ、採決どころか、議論さえされることなく葬られる。
「戦前の特高警察」「戦争への道をまっしぐら」「軍靴の音が聞こえる」という朝日新聞の社説ふうな難癖によって、国家の安全と防衛が平和の敵≠ニみなされているのである。
 国家防衛は国民の文化とモラルにささえられている。
 一方、平和主義は、文化でもモラルでもなく、ただの怠惰で、享楽主義である。
 したがって、平和主義や人権は、国家観念を蝕み、防衛意識を破壊する。
 人権と平和主義の旧民主党に政権を奪われて、日本が国家漂流≠フ悪夢に呑まれたのはつい最近のことである。
 同じことが韓国でおきている。
 
 ●大国の紛争を招く朝鮮半島事情
 人権派弁護士で平和主義を標榜する文在寅を新大統領に選出したのは、北からの攻撃を免れようという思惑からで、韓国には、日本への憎悪はあっても、北にたいする警戒心はないにひとしい。
 選挙前、従軍慰安婦像にひざまずいた文在寅は、慰安婦問題合意を無視して対日攻勢に打って出てくるだろうし、アメリカより先に平壌を訪問し、中国にTHAAD配備の撤回を約束するようなことになれば、東アジア情勢はがらりと様相を変えてしまうことになる。
 朝鮮半島をめぐって、中国と韓国、ロシアと北朝鮮が接近して、日米同盟とのあいだで複雑な三角関係≠ナきあがりかねないからである。
 朝鮮半島は、日清・日露戦争という二つの前例があるように、日・中・ロにとって地政学上、きわめて重要な要衝である。
 チベット・ウイグル・内モンゴルなど内陸部を征服した中国が、朝鮮半島を手放すことはありえない。
 中国にとって、朝鮮半島を支配下におくかアメリカやロシアに奪われるかでは、死命を制する大問題なのである。
 最悪のシナリオは、米軍による北朝鮮の軍事制圧で、その上、米・韓主導で南北統一がおこなわれるようなことになれば、朝鮮半島は、戦略的要衝どころか、咽喉元につきつけられたナイフになる。
 北朝鮮をめぐって米・中・ロが競り合っているなかで、カギを握っているのがロシアである。
 中国が石油をとめても、ロシアがタンカーを羅先港に送り込めば、北朝鮮はかんたんに寝返る。
 事大主義の朝鮮人は、国家的権益や租借地の提供に抵抗をかんじない民族なので、北朝鮮がロシアの手の内に落ちるのは、時間の問題となる。
 ロ朝間では、すでに総事業費約250億ドル(約2兆9000億円)規模の鉄道整備・改修計画が合意済みで、ウラジオストクと羅先(北朝鮮北東部)をむすぶ定期航路も開設された。
 北朝鮮は、国内の金やレアメタル(希少金属)などの開発権益をロシア側に提供して、これを工事代金に充てるという。
 その先にあるのはさらなる租借地(港)の獲得と国家の死命を制する石油を武器にしたロシアの飼い殺し外交≠ナ、羅先港は、租借化を目的にして、ロシアが建設したようなものである。
 中国とロシアは蜜月関係にあるかのように見える。
 ところが、国境問題は例外で、かつてのダマンスキー島事件や新疆ウイグル自治区の軍事衝突(1969年)は、一時、全面戦争の危機に発展した。
 そして、現在は、中央アジアが火種で、最近、中国が提案した中央アジアの「反テロ協調体制」から外されたロシアの反発には根深いものがある。
 懸念されるのは、中ロ紛争で、原因となりうるのが、北朝鮮がロシアに譲渡した鉱産資源の開発権益である。
 北朝鮮には、中国との国境付近に、埋蔵量が東アジア最大級の茂山鉄鉱山や世界一のタングステン鉱脈のほか、亜鉛や銅、金の鉱脈までがうなっている。
 これまで中国は、電力や食料などの経済援助の見返りに同地帯の鉱産資源の権益を一手に握ってきた。
 北朝鮮がこの鉱産権益をロシアに譲渡すれば、どういう事態になるか。
 ロシア軍と中国軍が国境付近で悶着をおこす可能性すら生じかねない。

 ●打つ手を失ったアメリカ
 空母カール・ビンソンを中心とする第1打撃群が、朝鮮半島や中・韓・朝がむきあう黄海へ接近するには中国の了解がなければならないが、万が一、トランプが独断で出撃を命じれば、中・朝関係が決定的に断裂する。
 アメリカの攻撃で北朝鮮が壊滅すれば、1000万人以上の難民がでるばかりか、飢餓や内乱で、同規模の死者がでる可能性がある。
 南北統一をタテマエとする韓国も米軍による軍事制圧を望んでいない。
 北朝鮮へ軍事攻撃をおこなえば、韓国にむけられた大砲・ミサイルが一斉に火を噴き、ソウルが火の海になるどころか、射程内の約2000万人に被害がおよぶ可能性がある。
 頼りは中国だけだが、北朝鮮は名指しで中国を非難しはじめた。
 中国が石油供給を中止すれば、北朝鮮経済は短期間のうちに破綻するといわれているが、疑問である。
 国連安保理決議にもとづく経済制裁がつよまるほど、北朝鮮政府の資金力が高まって、一発で数十億円(中距離弾道ミサイル・ムスダンの国際的相場3000万ドル/約33億円)かかるサイルの発射実験をくり返し、ミサイルとは桁ちがいにカネがかかる核開発も順調にすすめられている。
 最近では、非政府系の経済活動が目に見えて向上し、飢餓死が絶えたどころか、トンジュ(金の主)と呼ばれる富裕層まで出現している。
 理由は「密輸と闇経済」で、中朝・中ロ貿易の大半が密輸である。
 北朝鮮は、国連加盟国192国のうち166国と国交をむすび、交易関係をもっているが、数字にあらわれるのは数パーセントで、大半が密輸や闇取引である。
 1991年のソ連崩壊後、社会主義諸国からの支援が途絶して、配給制度をとっていた北朝鮮経済が崩壊した。
 97年に韓国に亡命した金正日の側近、黄長Y(元朝鮮労働党書記)によると配給停止によって「200万人以上の住民が餓死した」という。
 このとき、脱北した北朝鮮人が、中国で食糧や物資を調達して、中朝国境で商売をはじめた。
 北朝鮮の国民は、強制収容所と残虐な公開死刑に脅え、餓死を免れるため必死に経済活動をおこなっているのである。
 これが北朝鮮の闇市場で、現在、国内の経済活動の8割以上を占める規模にまでふくれあがっている。
 取り締まるどころか、金正恩体制で自力更生が奨励されているのは、国民を豊かにする政策を放棄すれば、国家予算をすべて金体制のなかで使えるからである。
 韓国から流れ込む資金(経済特別区収益や市民団体の支援など)や出稼ぎの上納金、在外北朝鮮公館から献納される「忠誠資金」、武器密輸などでえられた利益に加え、無煙炭などを輸出した代金がそっくり金正恩の金庫に入る。
 北朝鮮王朝を支えているのは、金日成時代は労働党員300万人といわれたが、現在は、軍や秘密警察などの権力機構を牛耳る中枢部とその周囲を固める数万人の幹部、平壌の高級住宅地に住むエリート集団ら合わせて十万人ほどといわれる。
 ミサイル実験をくり返し、核開発をすすめているのは、約十万人の狂信的な王国で、オウム真理教が国家になったようなものである。

 ●地政学的な難関に立つ日本の決断  
 アジアの東端、太平洋の西端に位置する日本は、海洋を隔てて、中国やアメリカ、ロシアの三大強国と隣接している。
 それが日本の地政学的な特殊性で、独立も国家防衛も、一筋縄ではいかない。
 アメリカにとって、日本は、太平洋の権益を争うライバルで、中国進出への最大の妨害者である。
 ロシアや中国にとっても、日本列島は、太平洋進出を妨げる障害となる。
 一方、海洋国家である日本は、海を隔てて隣接する中・朝および海路をとおして東南アジアや西太平洋に大きな影響力をもちうる。
 それが大東亜・日米戦争の原因で、日本は、第一次大戦後、西太平洋を支配下におさめ、満州国を建 国後、支那で主導権を握り、東南アジアからインドにまで手をのばしつつあった。
 現在も、当時の地政学的、文明的な条件は、当時とそれほど変わってはいない。
 変わったのが、日・米・中・ロの力関係で、中国の躍進に貢献したアメリカが、中国革命と米ソ冷戦、朝鮮戦争ののち、手の平を返して、日本と同盟関係(日米安保条約)をむすんだ。
 この軍事同盟は、両国とアジア安定にきわめて有効で、日米安保がなかったら、アメリカは米ソ冷戦に勝つことができず、中国の覇権主義に歯止めをかけることができなかったろう。
 日本の地政学的ポジションと国家的なプレゼンスは、敵に回すと脅威である一方、味方にすれば大きな戦力になる性質のもので、日米安保は、アメリカにとって世界戦略の重要な要になっている。
 かといって、日米関係が、米英関係のような強固な盟友関係になりうるかといえば、かならずしもそうではない。
 ニクソン大統領の訪中準備のために訪中したキッシンジャー大統領特別補佐官は、中国の周恩来首相(1971年)との極秘会談で、「日米安保条約は日本の軍事大国化を防ぐためのものという瓶のふた論≠展開した。
 このときキッシンジャーは「日本が再軍備拡張計画をすすめるなら伝統的な米中関係が再びものをいうだろう」とも発言している。
 この発言の意味するところは、日米安保条約は便宜上のもので、アメリカにとって、中国こそがアジアの盟友だという宣言で、それが伝統というのである。
 公開されたキッシンジャー発言は、日本に衝撃をあたえたが、大きな示唆をふくんでもいる。
 それは、アメリカを敵に回してはならないということである。
 中国やロシアにたいしても同様で、日本がたたかえば、米・ロ・中が一丸となって襲いかかってくる。
 日本を属国化することのメリットがはかりしれないからで、日米安保条約がなくなったら、尖閣列島・沖縄海域の南シナ海化≠ェ目に見えている。
 日本にとって、アメリカを盟友にしてロシア・中国を牽制するのがもっともすぐれた戦略で、他の選択肢はない。
 安倍首相が、1項と2項を残したまま、憲法9条に自衛隊の存在を明記する提案(3項)をおこなったという。
「戦力不保持」「交戦権の否定」(二項)は自衛隊明記との整合性を欠き、国家主権の否定につながるので論外だが、「戦争放棄」(一項)については、残したままでよい。
 その代わりに「日本国政府は国民の生命と領土をまもる無制限の権利をもつ」という一項(4項で)を追加すべきだろう。
 無制限のなかに核報復≠ェふくまれるのはいうまでもない。
 日本には戦争という選択肢はないが、報復までを放棄したわけではない。
 戦争を放棄するが、報復戦力には制限がないとすれば、平和主義と戦力保持のあいだに矛盾が生じない。
 日本が核をもったとき、ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開けするのである。




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2017年04月20日

 伝統と民主主義

 ●棲み分けている伝統と民主主義
 日本人が伝統国家の自覚を失ったのは、憲法に民主主義(国民主権)という革命概念が埋めこまれているからである。
 その一方、天皇主権や皇国史観が悪の権化として排除されてきた。
 戦後、日本では、伝統を否定する民主主義革命がおきていたのである。
 天皇主権は君民一体≠ニ対になっているので、事実上の国民主権にあたるが、そのテーマについては後段でのべよう。
 民主主義を採ったのは権力機構の政体で、文化構造の国体ではない。
 したがって、政体で変革がおきても、伝統を継承する国体はゆるがない。
 民主主義は権力(政体)のカテゴリーにあり、伝統は文化(国体)の系列にあるからである。
 伝統と民主主義が二元論的に両立したのは、わが国では、歴史上、権力(政体)と権威(国体)が分離されてきたからだった。
 この歴史的事実をわきまえなかったのが、男女平等をもちだして万世一系を否定した自民党の二階幹事長や小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」の吉川弘之座長らで、現時点における法の下の男女平等で、歴史をつらぬいてきた真実をねじまげようとしたのである。
 皇室典範(憲法第2条・第5条に規定)第一章(第一条)に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」とある。
 憲法草案をとおして、日本に民主主義をもちこんだマッカーサーが、皇位の男系男子相続(万世一系)をみとめていたである。
 民主主義と伝統の二元性を理解できなかったのは、アメリカ人のマッカーサーではなく、二階や吉川ら戦後憲法で育った日本人だったのである。

 ●民主主義は世紀の大ボラ
 大方の日本人は、国民が政治的な決定権をもつことを民主主義や国民主権と思っている。
 だが、民主主義の民≠竝走ッ主権の国民≠ヘ、個人でも実体ですらない。
 国民主権は、多数派にあたえられる権利のことで、少数派にはなんの権利もあたえられない。
 しかも多数派は、多数派に属する人々ではなく、多数という算術上の事実をさすにすぎない。
 政治をうごかすのは多数派という数字で、国民主権と称して権力者がこれをあずかるのが民主主義で、ヒトラーもルーズベルトも民主主義がうんだ独裁者だった。
 憲法第一条に「天皇の地位は主権の存する日本国民に基づく」とある。
 日本国民もその総意も、抽象的観念で、実体があるわけではない。
 それが民主主義の正体で、これが国民主権へつながったのは、権力の移動を多数決にゆだねると自動的に人民政権が成立するというルソー流の理屈からである。
 ことほど左様に国民主権はいかがわしい。
 主権(君主権=ソブリンティ)は、君主から国家へ委譲された経緯があるので、国民主権にはそもそも根拠がない。
 国民主権は革命によって生じる権利である。
 すると、日本の憲法は革命憲法だったことになる。
 民主主義をもって伝統国家を倒すのが革命である。
 戦後、社会主義(共和制)者や共産主義(一党独裁)者による革命ムードが高まったのは、国民主権が大手をふっていたからだったのである。
 現在でも、日本では、国民主権が絶対的な正義になっている。
 戦後の左翼ブームが、いまなお猛威をふるっているのである。

 ●最大のテーマは「個と全体」の矛盾 
 政治思想上の最大のテーマは「個と全体」の矛盾を解消することにある。
 個とは国民一人ひとりのことで、全体とは国家である。
 西洋では「社会契約説」で、ホッブスやルソー、ロックがこの問題を論じた。
 ホッブスは両者の二元化(「国家は怪物」「万人の戦争」論)で、一応、片をつけたが、ルソーとロックは、両者の一元化(「人民代表による国家運営」)をもとめ、マルクスとレーニンは、暴力革命と一党独裁を主張した。
問題なのは人民代表≠ニいう考え方で、暴力革命も独立戦争も、選挙にもとづく独裁(ファシズム・大統領制)も、人民が主役となる民主主義である。
 日本は、中世以降、権威と権力の二元化をもって「個と全体」の矛盾を解消してきた。
 権力は民を支配するが、民は、権力に正統性を授ける権威と同位にある。
 それが「君民一体(三位一体)」である。
 日本で独裁や恐怖政治がうまれなかった理由がそれで、ルソーも「君民一体」が理想の政治とみとめている。
 玄洋社(頭山満)や黒龍会(内田良平)の流れを汲む大日本生産党の政綱に次のようにある。
 一、欽定憲法に遵い、「君民一致」の善政を徹底せしむること
 二、国體と国家の進運に適合せざる制度法律の改廃を行い政治機関を簡素化せしむること
 三、自給自足立国の基礎を確立せしむること
 大日本生産党は、血盟団事件(井上日召)、五・一五事件の流儀をうけついだ神兵隊事件の中心的な役割をはたした右翼団体である。
 中村武彦や白井為雄らの理論家をうんだ戦後右翼の一つの原点で、両先達の研究テーマが「個と全体」の調和だったことは、自著にあるとおりである。

 ●伝統にささえられている国家
 民主主義という政治概念が文化概念を侵すと伝統が破壊される。
 同様に、文化が政治の領域へ侵入しても、国家的な危機が生じる。
 GHQが占領憲法にもりこんだ武装解除条項(第九条)を「武器を捨てると平和になる」という文化的解釈でとらえると、軍事バランスから成立している安全保障のメカニズムを根底からゆらぎ、国家防衛が危うくなる。
「9条を守る会」の東大3教授(姜尚中・小森陽一・高橋哲哉)が平和主義の立場から国家防衛を否定するのは、文化と政治、国家と国体の仕分けができていないからである。
「男女平等雇用法」や「人権法案」もこのたぐいの混乱で、一方、「スパイ法」や「国家反逆罪」はいまだ法案すらできていない。
 政治と文化、個と全体を混同させ、国家や権力を悪と断じるのが反日主義の論理で、民主主義が伝統破壊の道具に使われているのである。
 多くの日本人は、民が社会の主人になることが民主主義で、民が主権をもつことを主権在民と誤解している。
 君民一体の実体のある民≠ニ民主主義の観念上の民≠混同させているのである。
 民主主義で「個と全体」の矛盾を解消することはできない。
 むしろ、その矛盾を広げるのが民主主義といってよい。
 民主主義は、歴史の連続性を断ち切った一過性の決定で、過去の事跡や歴史の智恵を切り捨てる。
 国家も国民も歴史的存在で、歴史を失ったら、国土は不動産に、国民は住民にすぎないものになってしまう。
 民主主義では、日本人が日本人で、日本の国土や民族の文化・文明が日本のものであることが明らかにならないのである。
 それができるのは、理屈をこえた伝統だけで、歴史の連続性や歴史との一体感は、理屈ではなく、精神文化なのである。
 
 ●反日勢力による敗戦革命
 第二次大戦は「民主主義とファシズムの対決」といわれるが、実際は「革命国家と伝統国家の対決」で、日本以外の戦争当事国は、すべて革命国家だった。
 戦後、日本で民主主義旋風が吹き荒れたのは、戦争に勝ったのが、米英ソを中核とする革命国家群だったからである。
 戦争に負けた日本は、憲法から制度、社会通念にいたるまで革命国家のものへと変更された。
 日本の危機の構造は、伝統国家でありながら、革命国家の憲法を有している内部矛盾にある。
 内部から国家体制を切り崩すのが敗戦革命のメカニズムである。
 レーニンが編み出した敗戦革命は、敗戦国内に祖国にたいする絶望と憎悪を高めさせ、一方で反逆者を育成することによって、革命前夜の危機的な情況をつくりだせるという革命理論である。
 戦後、日本の政界は、親米(自民党ら)と親ソ・親中(旧社会党ら)が憲法をめぐって激しく対立した。
 敗戦革命の機関紙となったのが朝・毎などの大新聞で、広告塔となったのがNHKなどの放送メディアだった。
 左翼・反日が伝統に牙を剥くのは、君民一体の伝統が、敗戦革命の妨害となるからである。
 日本の民主主義は君民一体(共治)なので、伝統と矛盾しない。
 ところが、左翼の民主主義は、蜂起した民衆が国家主権を奪い、その主権を独裁者があずかるという革命理論なので、伝統と真っ向から対立する。
 国家主権は、革命勢力が敵とする権威と伝統の上に樹立されたものだからである。
 西洋の民主主義と日本の君民一体の伝統が、ここで決定的に対立する。
 皇国史観や教育勅語を悪の権化とする日教組やマスコミ、論壇や歴史学会の反伝統主義にはすさまじいものがあって、天皇を「土人の酋長」と教える日教組の教員さえいるほどである。

 ●日本の天皇とヨーロッパの皇帝
 紀元前のヨーロッパは多神教で、同時代の日本の邪馬台国・大和朝廷と同じような祭祀国家だったと思われる。
 キリスト教が広がる以前のヨーロッパの国々も伝統国家だったのである。
 ヨーロッパが権力闘争の修羅場となったのは、ローマ教皇(法王)とローマ皇帝という二人の権力者が出現して、権力に正統性をあたえるべき権威の座が空位になったからだった。
 パンテオン宮殿が象徴する多神教を追い出したキリスト教は、神の代理人であるローマ法王庁をとおして権力化され、俗化してゆく。
 権威が不在とあって、皇帝は、権力の正統性を元老院・軍隊・市民の推戴と軍事力にもとめるほかなかった。
 ローマ帝国は民主化された軍事政権だったのである。
 天皇と皇帝の決定的なちがいは、皇帝が権力者だったのにたいして、天皇が権力から離れた権威だったところにある。
 日本で、権威と権力の二元性が維持されてきた理由は、仏教やキリスト教が入ってきても、神話=神道が日本精神として、ゆるがなかったことだろう。
 それが伝統の力で、合議や多数決、決議や承認などの一過性の決定は、不安定なばかりか、巨大化した国家のなかではなかなかゆきわたらない。
 皇帝の専制政治がおこなわれた東ローマ帝国が1千年の命脈をたもったのにたいして、西ローマ帝国が早々に滅びたのは、元老院の承認や市民集会の決議などの手続きが巨大化した国家全体に浸透する前にゲルマン人の侵略をゆるしたからである。
 江戸三百年の平和は、幕府(権力)が天皇(権威)から預かった土地や民を御宝として扱い、民が天皇を慕い、天皇が民の幸と国家の安泰を祈るという三位一体の国体が成立していたからである。
国家の三要素(領土・国民・主権)をまもるには、権力や法、民主主義などの手続きではなく、伝統という心に刻まれた永遠の規範が必要なのである。

 ●改憲ではなく新憲法制定
 憲法には、伝統が反映されるべきで、聖徳太子の十七か条の憲法には日本の精神が簡潔に記されている。
 ところが、自民党改憲案における天皇の地位は、象徴を元首にさしかえ、以下、一条の全文をほぼ全面的にGHQ憲法を踏襲している。
 明治憲法の欠陥は、ドイツ憲法を模倣して、権威の座にあった天皇を権力の座(=元首)にすえたことで、一方、GHQ憲法の過ちは、日本の君民一体を西洋の民主主義(主権在民)にすりかえたところにある。
 自民党の改憲案は、明治憲法とGHQ憲法の悪いところ取りで、これを改憲案として堂々と掲げるところに自民党の保守党としての限界がある。
 天皇が憲法上の存在となっているかぎり、歴史の証である天皇が、道路交通法のように、法手続きによって廃絶させられる危機から免れえない。
 天皇退位問題にたいして、安倍内閣は特例法(「皇室典範の付則に記述」)で処置するという。
 これは、天皇が歴史上の存在で、伝統の象徴であることの否定で、GHQが憲法の形でおしつけた民主主義への屈服である。
 わが国の数千年の歴史は、GHQがわずか一週間で書き上げた占領基本法と比較するべくもなく、まして、これに屈すべき理由はケシ粒ほどもない。
 同様に11宮家の臣籍降下も皇室典範の憲法への組み入れも、戦勝国の時限的な戦時占領政策で、いつまでもこれをまもらなければならない理由はどこにもない。
 憲法問題については、改憲ではなく、新憲法制定にむけて、もっとつっこんだ根本的な議論が必要なのである。
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2017年04月14日

 伝統と民主主義A

 ●二階発言と戦後民主主義
 自民党の二階幹事長が、女性天皇の問題にからめて、皇位の男系相続が男女平等に反すると発言(BS朝日)して、物議をかもした。
「女性尊重の時代に天皇陛下だけ例外というのは時代遅れだ」「トップが女性の国もいくつかある」というのは、法における男女平等であって、政治や権力のカテゴリーにおかれている。
 一方、国体や皇位は、歴史や伝統という文化のカテゴリーにあって、政治や権力、法の支配をうけない。
 国家は、権力機構である一方、文化構造で、両者は表裏の関係にある。
 したがって、民主主義という政治概念と伝統という文化概念は、二元論的に両立する。
 それを裏付けているのが当時のマッカーサーの判断である。
 戦後の民主主義(男女同権)はマッカーサー憲法を原基としている。
 その憲法が定めた皇室典範の第一章(第一条)に皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承するとある。
 日本に民主主義をもちこんだマッカーサーが男系男子(万世一系)をみとめているのである。
 にもかかわらず、二階発言がとびだしてきたのは、戦後、民主主義ばかりをもちあげて、伝統や歴史的な価値観がないがしろにする風潮がはびこってきたからである。
 ●革命イデオロギーとなった民主主義
 戦後、マスコミや文化人は、民主主義を、人類が到達した最高道徳であるかのような言説をふりまいてきた。
 そして、戦前の教育勅語や道徳教育を「軍国主義」の象徴として、徹底的に排除した。
 このとき、忠孝や友愛、礼儀や謙虚などの道徳観念が捨てられた。
 政治と文化、国体と政体、権力と権威の区別がつかなかったのである。
 民主主義は、多数派の独裁ということであって、政治の技能をもたず、権力操作ができない国民一般に代わって、為政者が政治権力を行使するというだけの話である。
 それが、戦後、絶対善となったのは、民主主義も国民主権も、革命のイデオロギーだったからである。
 戦後、革命の経験も必要もなかった日本でヨーロッパの革命思想が流行したのは、公職追放令や神道指令、労組結成促進などGHQの政策によって革命を夢見る左翼が大躍進したからである。
 左翼にとって、民主主義や国民主権は、革命へのステップボードだったのである。
 ●反日主義の正体 
 17世紀のイギリス革命から20世紀のロシア革命にいたる200年ほどのあいだヨーロッパでは革命の嵐が吹き荒れた。
 その理論的支柱となったのがロック(アメリカ独立戦争)とルソー(フランス革命)そしてマルクス(ロシア革命)だった。
 中世の絶対君主制の崩壊にともなって、離反した国家と人民の関係をむすびなおそうとしたのが社会契約説である。
 万人の万人に対する闘争を避けるために国家が必要としたホッブスの半世紀後にロックが人民の抵抗権を、百年後にルソーが直接民主主義を、20世紀になって、マルクスが暴力革命によるプロレタリアート独裁を唱えた。
日教組や労組、新聞マスコミ、大学論壇の左翼色は、戦後のルソー、マルクスブームの燃えカスなのである。
テレビの討論番組で「反日主義のどこがわるい」と居直った若者が、日本という国家自体が憲法違反だという珍論をくりだした。
そして、左翼憲法学者の論を借りてきて「国家を監視するのが憲法」と主張した挙げ句、「憲法は国体」と言い放った。
「国家は悪である」というルソーの革命思想と強過ぎる大統領の権力を憲法で制限するアメリカ民主主義、そして、国家主権が否定されている戦後憲法の三者を組み合わせて、珍妙なる理屈をこねたわけだが、それが反日主義の論法である。
 ●グロテスクな精神
 ルソー主義とアメリカ大統領制、日本国憲法の三者を見比べてみよう。
 紀元前の大昔、プラトンによって退けられた民主主義は、十八世紀にルソーの手でよみがえった。
 共産主義革命という歴史破壊に、ルソー主義という大嘘が必要だったからである。
 ルソーの人民主権は、議会に収容することできない人民の意思を一般化して、一人の独裁者にゆだねるという詭弁である。
 一方、ロックは、人民の主権を議会や三権分立に委託した。
 前者がナポレオンやヒトラー、スターリンなら、後者がアメリカの大統領というわけで、アメリカの場合、大統領と議会、憲法が三つ巴の関係で、ルソーとロックがごちゃまぜになっている。
 アメリカの権力構造は、突出した大統領の権力を抑えるため三権≠フ上に憲法を置き、立法や司法が憲法をタテにホワイトハウス(行政)の暴走を阻止できる仕組みになっている。
 伝統的規範をもたない革命国家アメリカでは、憲法というガードを設けなければ、大統領の独裁専制になってしまうのである。
 アメリカの憲政主義と三権分立は、二権(立法府・司法府)が民主主義(大統領の権力=行政府)をチェックするための機関なのである。
 日本国憲法は、国家主権を否定して、国民主権を謳っている。
 戦後、日本から伝統国家の精神が消えたのは、憲法が共和制(革命国家)の内容になっているからで、国家は悪だ、武器を捨てれば平和になると叫ぶ反日主義が大手をふるい、反体制派(政党)が政権争いに参入してくるのは、国家基本法(憲法)が反体制派のバイブルになっているからである。
 ルソーの国家性悪説と強すぎる政治権力を制限するための憲法優位説、国家主権の不在の日本国憲法があいまって、日本は、世界に類のない「反日(自国の否定)」というグロテスクな精神がはびこる国となったのである。
 ●アメリカは革命国家
 民主主義は、多数決による権力奪取の手段にすぎない。
 国民主権も、政治権力の主体を国民におき、それを為政者があずかるという理屈にすぎず、一片の政治理念も宿していない。
 まして徳性や文化とは無縁の代物で、かつて、武力に頼っていた権力闘争の手段が多数決に代わっただけの話である。
 一方、文化は、伝統を継承し、過去から学ぶことで、歴史の知恵である。
 したがって、歴史や国体という文化構造をもたない革命国家は、民主主義を唯一の社会規範とするしかない。
 革命国家には、トランプ大統領の政治をみてわかるとおり、民主主義の権力(大統領令)と憲法の威力(司法による執行停止)の衝突しかない。
 内閣がなく、議会も無力なアメリカの政体は、選挙(=民主主義)によって主権を手にしたホワイトハウス(大統領+スタッフ)による独裁政治となる。
 アメリカもまた人民独裁の形をとる革命国家だったのである。
 ●王制民主主義と天皇民主主義
 日本も首相を国民投票でえらぶべきという者がいるが、愚見である。
 日本は内閣・議会政治で、独裁的な権力をもつ大統領を必要としない。
 日本の国のかたちは、歴史にもとづく文化の系統=国体(権威)が、政治をおこなう権力の系統=政体(権力)に統治の正統性を授ける二重構造になっている。
 ロックやルソーをもちださずとも、日本には、万人の戦争を避けうる国体と国家の二元構造があって、その伝統が天皇の存在である。
 したがって、伝統国家には、主権者の権力を制限する憲法は要らない。
政治が、民(民主主義)や法(憲法)ではなく、歴史(伝統)から委託されるからである。
 イギリスが憲法をもたないのは伝統国家の体裁をとっているからで、王から委託をうけた議会と文化の歴史的蓄積である一般慣習法(コモンロー)ですべて足りる。
 イギリスが王制民主主義なら、日本は天皇民主主義である。
 自由には節度、平等には分相応、人権には人格という法以外の常識や知恵がもとめられる。
 それがイギリスのコモンローで、日本の伝統的価値観である。
 ところが、戦後の日本人は、アメリカ民主主義を最高道徳(=憲法)としてとらえ、これを国体の上位においてきた。
 日本は、文化的には伝統国家だが、民主主義と法を唯一の規範とする政治の面では、新興国並みである。
 なにしろ、歴史や文化までを裁判(憲法訴訟)で決着をつけようというのである。
 日本では、最大の権力が民主主義で、憲法が民主主義の教本になっている。
 ならば、必要なのは、憲法を監視する文化(伝統)であろう。
 伝統国家というのは、国体という文化構造が政体=権力を監視する仕組みができている国のことなのである。
 ●民主主義とリベラリズム
 民主主義は、自由や平等、人権と同様、市民革命からうまれてきたことばで、歴史を否定する進歩主義である。
 近世の革命熱が冷めて、現実政治に立ち返った近代において、自由や平等などのことばは、法の専門用語として残っただけで、国民主権も、実効的な意味合いを失っている。
 代わって台頭してきたのがリベラリズムである。
 現在、世界中で、リベラリズムと保守主義が対立している。
「個と全体の矛盾」という永遠のテーマが政治の場で衝突しているのである。
 個を重く見るのがリベラルで、全体を重視するのが保守である。
 保守と革新の対立は、マルクス主義の破綻と保守主義の中道化によってほぼ解消されて、残っているのは、国家と個人が対立する構図だけとなった。
 個(個人)と全体(国家)の絶対矛盾は解消されることはない。
 個は全体の一部で、一方、全体は、個なくして成り立たないからである。
 したがって、先進国の政党は、たとえ野党でも、国家を第一義におく。
 それが「大きな政府・小さな政府」論である。
 アメリカはリベラル(民主党)と保守(共和党)の二大政党である。
 リベラルは大きな政府(=経済への政府関与)を、保守は小さな政府(=市場主義)を掲げる。
 民主主義がアメリカで機能しているのは、政治的手法としてのみもちられているからである。
 日本の民進党(旧民主党)をリベラル政党ということはできない。
 リベラルも保守も、民主主義に立ち、ともに国益をもとめる。
 ところが、日本の場合、民主主義が反体制のイデオロギーになっている。
 強行採決にたいして、野党が民主主義をまもれと叫ぶのは、かれらにとって民主主義は、多数決の原理ではなく、人民独裁なのである。
 日本で二大政党体制が成立しない理由はそこにあって、共産党と共闘関係にある民進党は、政党ではなく、革命集団なのである。
 ●まだ革命熱が冷めない後進性
 ニューディール政策のルーズベルトは民主党の大統領で、コミンテルンから多大な影響をうけた経済政策はアメリカ版共産主義≠ニ呼ばれ、最高裁から違憲判決までうけている。
 だが、反国家的政策をとったことはなく、現在の軍産複合体制をつくったのはそのルーズベルトだった。
 共和党のトランプ大統領が、共和党の一部から批判され、民主党の一部から支持されているのは、共和党の新自由主義を捨て、政府が経済政策に積極的に関与する民主党の路線をとったからである。
 アメリカ民主党は、かつての自民党の保守本流(宏池会)で、共和党にあたるのが非主流(岸信介・鳩山一郎派)である。
 日本では、政治向けの政策をおこなう非主流派と経済政策をもっぱらとする保守本流が交代に政権を担当して、バランスをとってきた。
 このサイクルが狂ったのが、細川護煕政権(非自民・非共産8党派連立政権/1993年)と民主党政権(2009年)だった。
 自民党が8党派連立政権に政権を明け渡したのは、宮沢首相の指導力欠如と分派行動が原因だったが、民主党に政権を奪われたのは、マスコミ総出の反自民キャンペーンによるもので、このとき民主党ブームがおこり、そのときの議席占有率(64.2%)はいまなお破られていない。
 日本人とりわけマスコミが非自民政権に期待したのは革命(改革)だった。
 反日主義や自虐史観が台頭、媚中派や護憲派が幅をきかせ、愛国心や国益を口にすると右翼と叩かれるようになったのもこの頃からだった。
 ●戦争で大きくなったアメリカ
 アメリカにおける政権交代は、自民党左派と右派の主導権争いのようなもので、民進党や共産党のような革命政党が護憲をタテに政治の表舞台に登場することはありえない。
 アメリカ憲法は、大統領の権力を制限するが、国権を制限しないからである。
 アメリカは「力への信仰」から成り立っている国である。
 世界最強の軍事力が、腰に拳銃をぶら下げていた時代からアメリカ人のアイデンティティーで、USAが他国をねじ伏せているかぎり、かれらは、誇りと愛国心をたずさえたアメリカ人なのである。
 武器を捨てると平和になる(九条護持)と叫びながら、日米安保条約のなかで惰眠を貪っているわが国の護憲派とは大違いなのである。
 アメリカは戦争によって、大きくなった国である。
 独立戦争やインディアン戦争、南北戦争のほか、メキシコ国土の三分の一を奪った米墨戦争、キューバを支配下におき、フィリピン・プエルトリコ・グアムを領有した米西戦争、そして、二つの世界大戦に勝利して、アメリカは世界一の強国となった。
 アメリカの戦争は、権力を一手に握る大統領の指導力と国民の熱狂的支持の下でおこなわれてきた。
 国家の形態も臨戦型で、アメリカ合衆国大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が形成する∧軍産複合体制(MIC)∨には、アメリカを代表する数千の企業や金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 原爆を製造・投下したのもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 ●「力=正義=民主主義」の図式
 アメリカの民主主義は、政治(権力)のカテゴリーにあって、革命と戦争がその決着点である。
 アメリカにとって、力が正義で、その正義をうみだすのが民主主義なのである。
「力=正義=民主主義」がアメリカの国是で、多数決(民主主義)と法だけで決着のつく文化果つる地では、戦争や軍事力を背景にした「力の支配」だけがまかりとおるのである。
 みんなにこにこ民主主義とやっているのは日本だけだが、その日本でも民主主義による伝統破壊がじわじわ進行している。
 好例が自民党の改憲案で、9条を除いて、GHQ憲法がそのまま踏襲されているどころか、明治憲法の天皇元首までをひきついでいる。
 明治憲法がプロイセン(ドイツ)憲法をモデルにしたのは、皇帝の政治力がつよかったからだが、ドイツも革命国家で、皇帝は、憲法によって定められた地位にすぎなかった。
 天皇が、アメリカの民主主義や西洋の憲法以上の存在なのは、伝統国家のオサ(長)だからで、権力や政治や法によって定められた西洋の王や皇帝よりはるか上位にある。
 そこに万世一系の権威があるのだが、民主主義と憲法に毒された戦後の日本人は、そのことをすっかり忘れている。
 伝統と民主主義をめぐる議論をもっと深めてゆく必要があるだろう。
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 月刊ベルダ3月号(2017年2月発売)より転載

 伝統と民主主義@
         
 ●伝統に牙を剥く民主主義
 伝統と民主主義は決定的に対立する。
 歴史的価値の継承である伝統と歴史を否定した上に成り立っている民主主義は水と油の関係にあるからである。
 歴史を否定し、伝統を破壊するのが革命で、革命の原動力となったのが民主主義だった。
 大東亜戦争・日米戦争は、革命国家と伝統国家のたたかいで、戦争に勝ったのは、中華民国(辛亥革命)をふくめて、すべて、革命国家だった。
 連合国側は、民主主義の旗を立て、日・独のファシズム打倒をスローガンに掲げた。
 市民革命で否定した伝統的体制を民主主義の敵(悪の枢軸)と見立てたのである。
 枢軸国は戦争に負けて、ナチズムは滅びたが、日本の国体は残った。
 ナチズムは人工物だが、国体=天皇は歴史そのもので、歴史を否定することはできないからである。
 戦後、日本では、伝統と民主主義が奇妙な形態で共存してきた。
 それが可能だったのは、民主主義が憲法に代表されるルールだったのにたいして伝統が精神に根ざす文化の体系だったからである。
 国家主権(交戦権)をもたない日本が対米従属構造のなかで、アメリカの属国のようにふるまってきたのはその歪みからである。
 憲法九条が軍隊の保持や交戦権を否定しても「日米安保条約」が補完し、GHQ憲法が天皇から主権を奪っても、もともと、権力ではなく権威だった天皇の尊厳も地位もゆらぐことはなかった。
 戦後日本は、憲法ではなく、日米安保条約の下で、国際社会の一員となったのである。
 ●大きく変化する日米関係
 ところが、戦後70年にして、地殻変動が生じた。
 アメリカの弱体化と中国の強大化である。
 アメリカは一国支配の超大国から同盟国を必要とする盟主にすぎない存在へと変貌したのである。
 現在、日米関係は、従属からイコール・パートーナーシップへかわりつつある。
 安倍・トランプのゴルフ首脳会談≠ェその象徴で、日本はアメリカのキャディバックを担ぐ立場から対等にスコアを競う関係へともちあがった。
 日本の地政学的条件と科学技術、経済力がなければ、アジアにおけるアメリカの軍事的優位は保てず、日本の投資や進出、協力がなければ、アメリカの製造業は浮上できない。
 G8のメンバーで、アメリカの最大のパートナーが、国家主権をもたない半人前国家というのは恥ずべき話で、日本は、遅ればせながら自主憲法制定という戦後最大の政治課題に取り組むべき時期を迎えている。
 自主憲法制定の要諦は次の三つである。
 @GHQ憲法の破棄と自主憲法制定
 A明治憲法観における天皇主権の破棄と皇室典範の憲法からの分離
 B国家主権の宣言
 この場合、最大のテーマとなるのが、伝統国家としての国柄をいかに新憲法に反映させるかである。
 戦後、GHQによる国体破壊と国家改造が大胆にすすめられた。
 この文化破壊に駆り出されたのが民主主義とキリスト教的な価値観、そして、マルクス主義的な進歩主義だった。
 伝統を決定的に破壊したのが、民主主義と国民主権を謳った憲法だったのはいうまでもない。
憲法草案作成の中心的役割をはたしたケーディス(民政局課長)ら主要スタッフが共産主義のシンパだったからである。
 神道指令や公職追放令などの一過性の軍令は、占領が終了してGHQが撤退すれば失効する。
 だが、武装解除(9条)を盛り込んだ憲法や教育基本法、労働組合法、財閥解体、農地改革、あるいは教育勅語の廃棄などは占領が終わっても、恒久的な法や制度、構造として残り、主権回復後も、国家と国民をしばりつづける。
 昭和27年にサンフランシスコ講和条約が締結された時点で、日本は、最低限、占領憲法の廃棄と皇室典範の憲法からの分離を実現させておくべきだった。
 ところが、戦前から親英米派だった吉田茂にその気はなく、公職追放されていた鳩山一郎が政界に復帰したときは、護憲派が議席の三分の一を握ったあとだった。
 講和成立後、60年以上経った現在も、日本は、敗戦構造をひきずったままで、戦後体制(=戦後レジーム)脱却の機運がうまれてきたのは、第二次安倍内閣にいたってからである。
 ●伝統を捨てた日本の保守陣営
 その自民党の改憲案に「天皇元首(第一章第一条)」が謳われている。
 第二条(皇位継承)では皇室典範が国会決議の下位に置かれてもいる。
 明治憲法の天皇元首(天皇主権)はドイツ憲法の模倣で、皇室典範の権力への取り込みはアメリカ大統領制をモデルにしている。
 天皇をヨーロッパの王制と同一視したもので、祭祀国家の伝統とは相容れない。
 神話を源流とする権威(祭祀主)たる天皇は、権力の正統性を担保する神霊的な存在である。
 保守を自認する自民党の改憲草案においてすら、伝統が断ち切られているのである。
 民主主義を最高善と教育された戦後の日本人は、歴史主義という伝統的な意思決定を頭から否定する。
 多数派(ボルシェビキ)を絶対価値とする日教組の洗脳によるもので、標的になったのが教育勅語と皇国史観(正史)だった。
 ギリシャの哲学者プラトンは「もっともすぐれているのは哲人(偉人)による政治」と喝破した。
 秀吉の検地・刀狩りやキリシタン禁止令、江戸幕府の鎖国令は、歴史上の出来事にとどまらず、現在の日本を成り立たせている根源的な要因となっている。
 日本がキリスト教化されず、人身売買や奴隷制度がなく、士農工商の身分秩序の下で礼儀や道徳がおもんじられてきたのも、歴史と伝統の成果で、歴史は現在も生きている。
 伝統国家は、歴史という絶対的な土台の上に建っているのである。
 大日本帝国憲法第3条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とある。
 これが伝統のありようで、歴史上の事実は変更がゆるされず、継承するだけである。
 したがって、新憲法では「日本国民の総意に基づく」から「天皇はわが国の伝統である」へ変更されなければならない。
 一方、民主主義では、多数決によって、歴史まで変更しようとする。
 女性天皇(女系天皇)をみとめた皇室典範に関する有識者会議(平成17年)の吉川弘之座長(元東京大学総長)が「伝統は無視した」とのべたことからもわかるように西洋合理主義(民主主義)の下では、伝統は前世紀の遺物としか映らないのである。
 ●民主主義を盲信した戦後日本人
 戦後、日本では、民主主義が最大の価値となった。
 民主主義は、紀元前、プラトンから衆愚政治として退けられて以後、ソクラテスからプラトン、アリストテレスへとつづく西洋思想史から完全にすがたを消した代物である。
 復活したのは、18世紀になって、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』が登場してからである。
 ルソーの主権在民論がフランス革命の精神的支柱となり、マルクスの資本論に援用されたことはすでに知られている。
 民主主義が衆愚政治に堕すのは古代ギリシャからの常識だが、ルソーは、そこで名案を思いついた。
 民衆の代表者(民)を独裁者(主)に仕立て上げれば衆愚政治を免れるというアイデアである。
 直接民主主義だった古代ギリシャのデモクラシーは、民衆全員が議事堂に入りきらない以上、空想論から出るものではなかった。
 だが、民衆の意思を一人の独裁者にゆだねるルソーの間接民主主義は、実現が可能である。
 このときルソーが使った論法が「民衆の総意」という一般化理論である。
 日本国憲法の「日本国民の総意に基づく」(第一条天皇)がこの論法である。
 国民一人ひとりを民衆≠ニ一般化して、なおかつ総意≠ニいうゴマカシをもちいて、独裁者が君臨する近代民主主義を考案したのである。
 この論法からできあがったのが、フランス革命の恐怖政治(ジャコバン派)やナポレオン帝政、ロシア革命、ヒトラー独裁で、絶対権力者が人民代表の名の下で強権をふるったのである。
 民主主義は、もともと、革命のイデオロギーである。
 民主主義の生みの親は革命で、歴史を破壊しつくし、多くの血を流してきた。
 いまさら、民主主義は平和的で、暴力を否定するなどといってもとおらない。
 なぜなら、民主主義において、すでに数の暴力(多数派による専制)≠ェ容認されているからである。
 ●ポピュリズムに転落する民主主義
 民主主義も専制政治も「力による支配」にかわりはなく、かならず「力による反逆」という対立軸をかかえこむ。
 このとき、動員されるのが暴力で、歴史や文化を破壊する民主主義は、その一方、民主主義に逆らう勢力にたいして容赦ない攻撃をくわえる。
 アメリカの戦争は、民主主義を大義に掲げたもので、キリスト教を立て、侵略と虐殺をおこなったかつての列強の侵略の論理とかわるところがない。
 アメリカがすすめてきたグローバリズムはアメリカ化にほかならず、伝統を民主主義におきかえる文化破壊だった。
 イスラム過激派との戦争は、そこからうまれたもので、アメリカという重爆撃機に抵抗する戦法としてえらばれたのがテロリズムだった。
「多数派の論理」である民主主義は、感情に支配される。
デマゴギーが共産党の常套手段であることからもわかるように、民主主義は感情訴求のイデオロギーなのである。
「万世一系(皇位の男系男子相続)」は男女差別というほど愚昧な俗説はないが、感情にうったえて、伝統を破壊するのに、これほど便利で効果的な方法はない。
 智恵も分別もいらない感情訴求は、暴動を暴力革命にみちびく共産党の危険な常套手段だが、同時に、もっとも民主主義的な方法ということもいえる。
 戦後の日本人が民主主義を後生大事にしてきたのは、自分勝手な感情の捌け口にもなるからで、痴漢常習の漫才師を二期続けて大阪府知事にえらんだのは、テレビでよく見る顔だったからである。
民主主義がポピュリズムに堕するのは感情に支配されるからである。
衆愚政治は、有権者が愚かであるがゆえに低レベルの政治がおこなわれることで、ポピュリズムは、その愚かさにつけこんだ選挙や政治、政策のことである。
 衆愚政治とポピュリズムの下で、道州制導入の国民投票や首相公選制がおこなわれると、ファシズム並みの悲惨な政治状況がうまれることになる。
 歴史の叡智を継承する伝統を失えば、行く先にあるのは、不毛な革命ゴッコや国家崩壊だけである
紀元前、ギリシャで流行った民主主義がルソーによってよみがえった。
 これに大昔の原始共産制をくっつけたのがマルクス主義である。
 マルクス主義に専制政治をくっつけたのがスターリン主義で、毛沢東主義も同じようなものである。
 政治は、三大宗教と同じように、古代から一歩も進歩していない。
 そして現在、アメリカでは、国益第一のトランプが大統領になり、フランスでは極右政党(国民戦線=FN)のルペンが大統領候補に取沙汰されている。
 ロシアのプーチンも中国の習近平も独裁的で、世界のリーダーは、だれもが民主的な手続きでえらばれた小粒なアレキサンダー大王なのである。
 ●革命熱にうかれた戦後日本人
 西洋の近代化は、三つの革命によって実現された。
 宗教革命と市民革命、そして、産業革命である。
 メイフラワー号でアメリカにやってきた人々はピューリタンで、英国から独立をかちとったアメリカ革命は、宗教革命でもあった。
 三つ目の産業革命は、伝統が残るヨーロッパよりも、新興国アメリカのほうで大きく開花した。
 摩天楼や車社会、オートメーションに象徴されるアメリカ文明は、過去なき地に打ち立てられ、かつてなかった形態とスケールで巨大化していった。
 歴史なき地で社会規範になりうるのは、宗教的戒律と民主主義だけである。
 相続すべき歴史的遺産がないからで、あるのは、プロティスタンティズムの自由と革命のエネルギーとなった民主主義だけだった。
 そして、アメリカは、そのアメリカイズムを普遍的な価値として、世界中におしつけてきた。
 戦後、伝統的価値観を捨て、アメリカナイゼーションへ走った日本人は、なんでも多数決できめられると思いこんでいる。
 教育勅語を悪の権化のようにいい、道徳教育に反対するのは、民主主義に反するというわけで、朝日新聞はことあるごとに「軍靴の音が聞こえてくる」とくり返す。
 革命は、西洋合理主義の一つの帰結で、伝統を破壊した上に成立する。
 戦後日本では、フランス革命やイギリスのピューリタン革命、アメリカ独立戦争、ロシア革命の思想的背景となった啓蒙思想のジャン・J・ルソーやJ・ロック、共産主義のマルクスらがもちあげられ、研究された。
 そのかん、日本中に左翼と反日の風が吹き荒れた。
 戦後、戦勝国から植えつけられた西洋合理主義が、左翼から進歩主義、反伝統、自虐史観、売国思想に化けて、日本中に摩擦をひきおこしていたのである。
 戦後、日本人が人類の最高英知であるかのように考えてきた民主主義は、ただの革命理論で、徳や歴史の英知を宿してはいない。
 しかも、民主主義は、だれが真の権力者かを問うだけで、政治はどうあるべきかという肝心なことには一言もふれていない。
 民主主義から歴史主義に回帰しないかぎり、いつまでも日本に、伝統国家としての自信と風格はもどってこないのである。
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2017年02月11日

「伝統と革新」2016年秋号「現代メディア論」から転載

 マスコミにはびこる
 正義ヅラの胡散臭さ

         
 ●マスコミ商売のどこが社会の木鐸か
 マスコミが企業もしくは商売人で、読者や視聴者が情報の購買者にすぎないということが、わが国では、なかなか理解されない。
 とりわけ、三大紙(読売・朝日・毎日)やブロック紙(中日・北海道新聞など)、五大テレビ局(日本・朝日・TBS・フジ・東京)にたいしては、全幅の信頼をおくというより、妄信するのである。
 情報が信頼できるからではなく、数百万人もの読者や視聴者をカバーしている大新聞やテレビなら、黙って乗っていれば大勢に遅れる心配がないからである。
 信用できるのは、真実ではなく、マジョリティ(多数派)のほうで、大衆は、少数派の真実などに何の関心もむけない。
 そもそも、大衆には、真実をみきわめる能力がそなわっていない。
 専門家すら、たとえば安保法制について、一刀両断で是非を断じることはむずかしい。
 安全保障には集団的自衛権が不可欠だが、米軍に付き合って、地球の裏側にまででかけてゆく必要はあるまいというのが一般通念で、どんな政治的な問題も絶対≠ニいうわけにはいかない。
 安保法制に抗議して焼身自殺(新宿・日比谷公園)した人は、どんな絶対をかかえこんでいたのであろうか。
 靖国神社に放火しようとして逮捕された韓国人(全昶漢)が「韓国のマスコミから称賛されたかった。靖国神社については何も知らない」とのべたという。
 何も知らないのに、大それたことをやってのけたのは、マスコミにとりこまれたからである。
 それがマスコミの危険性で、多数派世論=マスコミが、現代社会において、第四の権力どころか、立法・司法・行政をはるかにしのぐ圧倒的な支配力・影響力をもっているのである。

 ●国家も国益もないあざとい商売
 日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)に反発する暴動(日比谷焼打事件)は死者17人、負傷者500人以上、検挙者2000人という大惨事となったが、きっかけは「桂太郎内閣に国民や軍隊は売られた」(朝日新聞)と煽る新聞記事だった。
 国家予算6年分の戦費を使い果たしていた当時の日本には、戦争を継続する余力がなく、一方、ロシアには、戦争継続の意志も能力も残っていた。アメリカ大統領(セオドア・ルーズベルト)を仲介に立てたポーツマス条約は、高度な政治工作だったが、国民は、そんなことは知らない。
 新聞は、そのあたりの事情を知らないでもなかったろうが、何より商売繁盛というわけで、大衆をあおりに煽って、ついに、日比谷焼打事件へと暴走させた。
 日清・日露戦争から満州事変、日中戦争、日米開戦など新しい戦争がおこるたび、新聞は爆発的に部数をのばしていった。
 新聞にとって、戦争ほど有り難い出来事はないのである。
 戦地に多数の従軍記者を派遣したほか、戦果を空撮するための航空部局を創設(朝日新聞)するなどして部数を拡大させていった大新聞は、連日、大本営発表を大々的に報じ、鬼畜英米や「進め一億火の玉だ」などのスローガンを見出しに掲げ、あたかも、戦争協力者にようにふるまった。
だが、実際は、商売の便法だったことは、戦後の変節や昨今のガセ記事からも明らかである。
のちにゾルゲ事件で検挙される朝日新聞記者・尾崎秀実が、日中戦争の戦線拡大を叫んだのは、戦争大きくなるほど販売部数がのびる朝日新聞の主張でもあったからで、のちに第1次近衛内閣の内閣嘱託から満鉄調査部嘱託職員へ転身するなかで、ソ連のスパイ・ゾルゲに協力しながら、日本軍の徹底抗戦を説いてまわった。
これが敗戦革命≠ナ、のちに憲法学者のいう「八月革命」にひきつがれる。
海軍の米内光政ら英米派が戦線を南下(島嶼作戦)させ、陸軍が戦線を中国大陸やマレー半島(インパール作戦)へ貼りつかせることによって本土防衛が手薄になり、太平洋から米軍(空軍)、北方からソ連(機械化部隊)の反撃をうけて日本が滅亡するというのが敗戦革命のシナリオで、スターリンとルーズベルトの日本殲滅計画には、英米やソ連への属国化を想定する国際派のほか、大新聞が一枚くわわっていたのである。

 ●東京裁判に「お役目ご苦労様」
 戦後、朝日新聞が180度転身して、反戦・平和主義なるのは、公職追放で上層部が入れ代わったからだけではなかった。
 報国や愛国では商売にならなくなって、GHQに擦り寄っただけの話で、左翼にあらずんば人にあらずの戦後風潮のなかで、朝日新聞は、左翼や左翼シンパを一挙にすくいとって、再び、日本一の大新聞なってゆく。
 朝日新聞は、昭和20年9月19、20日の2日間、GHQから発行停止命令を受けている。
 原因は、鳩山一郎衆議院議員(昭和29年/内閣総理大臣)のインタビュー記事だった。「正義は力なりを標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が戦争犯罪であることを否むことはできぬであろう」(9月15日付)
 アメリカの戦争犯罪について言及したこの記事がGHQの逆鱗に触れたのである。
 発禁が明けた直後の社説(「戦争の責任、果たして如何」9月22日)にこうある。
「物的戦力と科学力において、日本が米国に遙に及ばないことは、初めから判りきつてゐたことである。我が指導者が、この事実を知らなかつたとすれば、無智、無能これに過ぐるものはないし、もし知つて国民を戦争に駆り立てたとすれば、罪万死に値しよう」
 かつて、鬼畜米英を叫んだ朝日新聞はさらにこうのべる。
「軍国主義の絶滅と政治の民主主義化は、日本自体の要求だったと万人が異口同音に叫ぶであろう」
戦争責任は指導者だけにあって、アメリカは、自由主義や民主主義を好む日本人を軍国主義から救い出した救護者だというのである。
 朝日新聞は、発禁命令を受けた当日、鈴木文四郎常務ら重役がGHQに出向き、口頭でこう誓っている。「GHQの日本改革政策を全面的に支持する」
 そして、日本の戦争指導者7人に死刑を宣した極東軍事裁判が終わった日、紙面にデカデカと「お役目ご苦労様」と書いてGHQをねぎらった。
 朝日新聞は擦り寄るべき権力者をGHQに切り替えたわけだが、はたしてこれを転向と呼んでいいものだろうか。
 転向は、信念を曲げることであって、そこに苦渋や躊躇がはたらくものである。
 ところが、朝日は、ケロッとして、反省も節を曲げたことを愧じる素振りすらも見せていない。
 それは当然で、利益になるのなら、変節を恥じないのが、商人なのである。
 新聞もテレビも、儲けのために記事や情報を売っているのであって、八百屋がナスビ、雑貨屋や歯磨き粉、魚屋がイワシを売っているのと何もちがわない。
 マスコミが有害なのは、商人の分限で、正義や真実、イデオロギーを振り回すからで、ナスビに説教されて、有り難がっているのが、昨今のマスコミ世論なのである。

 ●GHQの暴走を招いた朝日・毎日
 新聞のあくどい商魂が国家の危機を招いたのが、天皇陛下とマッカーサーの会見記事にまつわる出来事である。
 昭和20年9月27日、旧アメリカ大使館の司令官公邸で、天皇とマッカーサーの会見がおこなわれた。
 翌28日、内閣情報局は、朝日、毎日、読売報知にたいして、同会見の記事およびモーニングで正装した昭和天皇と平服姿のマッカーサーが並び立つ写真の掲載を禁止(発禁処分)する命令を下した。
 このとき、朝日新聞の細川隆元編集局長は、GHQに駆け込み、「内閣情報局はGHQよりエラいのか」と息巻き、その日のうちに内閣情報局の発禁処分を撤回させている。
 細川本人はこの事実を『朝日新聞外史』(秋田書店)のなかで得意げに書いているが、商売のためにやったとは一言もいわず、以後、日本社会党出身ながら保守本流の立場に立って『時事放談』(TBS)などで毒舌をふるった。
 GHQの統治は、あくまで間接統治で、憲法や議会制度、内閣も戦前のままだった。
 ところがこの事件から、内閣情報局の検閲機能がGHQに移って、ポツダム宣言違反になる言論弾圧(プレスコード)が開始される。
 プレスコードは過酷なもので、戦勝国にたいする批判から占領軍に不都合な記述、占領軍が日本国憲法を起草したことへの言及を禁じたばかりか、武道や日本の伝統文化にかんする古書や研究書、学術書までを廃棄、焼却させている (GHQ焚書) 。
 憲法改正にも大新聞が火をつけた。1946年2月1日、毎日新聞が、幣原内閣の「憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)」がまとめた案を1面トップでスクープ、天皇主権が撤回されていない松本案にGHQが反発、マッカーサーが「国民主権」「戦争放棄(9条)」を盛り込んだ指針を提示するという顛末になった。
 そして、マッカーサー案にもとづいて、スクープ直後から10日間、実質9日間で現在の日本国憲法の草案まとめられた。
 草案を急いだのは、天皇の戦犯裁判を要求していた極東委員会(FEC)の先手を打つためで、天皇存続を占領政策の基本にすえたマッカーサーの意向がはたらいたものと思われるが、薄氷の芸当で、下手をすれば、FEC(11か国による対日政策の最高決定機関)の介入を招き、天皇処罰、皇室廃止という事態なっていたかもしれなかった。
 朝日、毎日に日本を滅ぼそうという意図があったわけではない。
 国家の存亡にかかる問題でも、新聞という商売には、商いのネタでしかなかったというだけの話で、スクープした毎日の西山柳造元記者も「特ダネが欲しかっただけ」と述懐している。

 ●世相が乱れると新聞が儲かる
「大事件がおきれば新聞が儲かる」という法則が最大限に発揮された出来事が60年安保闘争とロッキード事件だった。
 安保闘争は、革新政党や労働組合、学生組織(全学連)、革新系文化人、市民団体らがすすめた左翼運動で、日本人の大半は、日米安保条約の改定内容すら知らなかった。
 このとき、マスコミは、60年安保が事実上の属国条約だった50年安保の改定だったことを一言も報じなかったばかりか、「岸内閣打倒、安保反対」の一辺倒で、岸首相のいう「声なき声」を反民主主義、ファシズムと罵倒した。
 当時、日本の左翼は、世界初の人工衛星(スプートニク1号)の打ち上げに成功したソ連や「大躍進政策」の中国、「在日朝鮮人帰還事業」の北朝鮮にうかれて、安全保障のことなど頭の片隅にもなかった。
 朝日新聞が、ソ連を「世界の盟主」、中国を「希望の国」、北朝鮮を「地上の楽園」ともちあげたのは、左翼熱にうかれた日本人を読者として獲得するための商法だったのはいうまでもない。
 こうして、左翼が入社してつくった記事を読んだ読者が左翼化し、その左翼が壮大なる読者層を形成するという左翼再生産構造≠ェできあがっていったのである。
 反米左翼だったはずの朝日が、アメリカが仕掛けたロッキード事件にのって田中角栄を射落としたのも、商売のためだった。
 右左を問わず、体制派インテリ層を読者にもつ朝日・毎日にとって、アメリカからにらまれた角栄は、格好の標的で、金権主義打破というインテリ好みのキャッチフレーズをもちいて角栄を潰し、反米から親米へと徐々にスタンスを変えてゆく。

 ●経済をミスリードしてきたマスコミ
 角栄失脚後、田中派を乗っ取った竹下登(蔵相)がやったのが、アメリカが赤字解消のために考えだした為替操作の容認(プラザ合意)だった。
 日米繊維交渉で、一歩退かなかった角栄に比べてヒヨッ子同然の竹下が、アメリカの謀略にかかったのは当然で、このとき宮澤喜一は「素人はコワいね」と呟いたものである。
 プラザ合意後、急速に円高ドル安がすすむなかで公定歩合が引き下げられた(2年間で2.5%)結果、財テクブームが生じ、地価や株価が天井知らずになると、金余りと過剰融資と財テクが両輪となって、いよいよバブル経済へ突進してゆく。
 財テクによるバブル経済は、低金利と過剰融資のどちらかの蛇口をとめれば鎮静化する。
 だが、日本は、このとき、金融引き締めと総量規制という2つのブレーキを同時に利かせるハードランディングを強行して、不良債権の山と景気の停滞が併走する20年の空白をつくるのである。
 マスコミは、財テクを煽り、建設ブームにスポットライトをあて、バブルが崩壊すると、一転して、ハードランディングに拍手を送るなど、終始一貫、時流におもねた。
 小泉改革には、「市場の声を聞け」「規制撤廃」と音頭をとって、竹中平蔵の「民営化された郵政資金はアメリカに出資せよ」のスピーカーとなったマスコミが、デフレを退治したアベノミクスに冷淡なのは、難のない政策はニュースにならないからで、マスコミには、世を騒がすスキャンダルだけが関心事なのである。
 マスコミがさかんにもちだすのが「財政赤字1000兆円」である。
「増税しなければ財政破綻をおこす」「子孫に巨額財政赤字背負わせていいのか」と吹聴するのは財務省からの請け売りだが、日銀と政府のバランスシートを連結すれば赤字額が数分の一に縮小され、有利子の国債から無利子の日銀券に転換してゆけば、通貨発行益(シニョリッジ)によって、国債の総額が徐々に減額してゆく。
 金利負担も、紙幣を刷って補えば、インフレターゲットとなって、金回りもよくなる。
 だが、マスコミは、日本は第二のギリシャになると騒ぎ立てる。
 他国の財政赤字は、外国からの借金だが、日本の場合、国民の金融資産で、国富である。
 マスコミが、巨額の財政赤字で日本はツブれると騒ぐのは、危機を煽ったほうが世間の注目を集められるからで、存在しない危機を煽り、真の危機から目を逸らさせるのがかれらの悪癖なのである。

 ●権力と密着してきた大新聞
 朝日・毎日が隠れ親米なら、読売は隠れもない親米路線である。
 レールを敷いたのが、読売・日テレを育て上げた正力松太郎である。
 正力は、メディアの帝王と呼ばれることがあるが、総理をめざした政治家が権力を握るために読売新聞を建て直し、日本テレビ網を設立して、結果として、メディアの権力者になったというほうが正しい。
 政治家としての功績は、アメリカを口説き落として、日本に原子力発電所を導入したことで、正力に匹敵する国益をもたらした政治家は、他に吉田茂と岸信介、池田勇人と田中角栄くらいしかみあたらない。
 正力をバックアップしたのは、米上院議員カール・ムントで、正力は、カールのコネでCIAとの関係もつよめる。
 カール・ムントは、アメリカ流の正義と民主主義を宣伝する海外向けラジオ放送「ヴォイス・オブ・アメリカ」のプランナーで、反共を盛り込んだ対日戦略と、正力がめざした日本国内のテレビ放送網整備の構想が一致して、あとは、日米間で、トントン拍子に事がはこんでゆく。
 カール上院議員は、世界中で広まりつつあった共産主義の撲滅に乗り出した「プロパガンダの雄」だが、一方の正力も、戦前は警察官僚で、れっきとした反共主義者だった。
 開戦時は大政翼賛会総務だったためA級戦犯(第三次)の指名をうけ、巣鴨プリズンに収容されて、一時、公職追放処分を受けたが、ほどなく復帰。財界と後藤新平の資金援助を元に買収した(1924年)ブロック紙の読売新聞を株式会社に改組(1950年)したのち、日本テレビの初代社長に就任(1952年)。のちに衆議院議員に当選(1955年)して北海道開発庁長官(第3次鳩山内閣)、1956年には、原子力委員会の初代委員長に就任している。
 戦後、朝日・毎日など主要メディアが左翼の独壇場になっていったのにたいして、読売が中立たりえたのは、正力が、カールにひけをとらない反共主義者だったからである。
 朝日・毎日が権力へ擦り寄ったのにたいして、正力の読売は、権力そのものだったわけで、メディアが標榜する反権力≠ェ嘘っ八だったことがこの一事からもわかろうというものである。

 ●社会の木鐸という迷妄
 マスコミが権力を監視する社会の木鐸=正義・真実であるかのような錯覚が生じた理由は、その出自にある。
 新聞が誕生したのは17世紀半ばで、当時、新聞の購読者はかぎられていた。文字を読めて、高価な新聞を定期的に購入できる人々が多くなかったからである。
 裕福で選挙権をもつブルジョワジーがコーヒー・ハウスに集い、新聞を元に政治議論をおこなったところから、新聞が知的権威から、やがて、社会の木鐸と目されるようになったのはうなずける。
 マスコミ人とりわけ新聞記者が正義漢や知的権威ぶるのはその名残で、報道=ニュースを有り難がった時代が、200年以上昔にはたしかにあったのである。
 新聞が現在のようにだれでも読めるようになったのは、輪転機やロール紙が登場する20世紀になってからだが、20世紀は革命と戦争の時代で、当然、新聞の読者が爆発的にふえた。
 一方、20世紀は、商業の時代でもあって、広告収入という新しい商取引が誕生した。
 ここから新聞は、多様な性格を併せもった大メディアへ成長してゆく。
 ニュースや情報、権力のプロパガンダと反権力の論陣、啓蒙や娯楽、広報や宣伝などがいりくんだ妖怪になるのだが、ベースにあるのは、売り上げと広告収入である。
 報道倫理には、表現の自由の下で、国家権力に屈せず、平等、公正、公平、中立を旨とし、国民の利益に適う報道姿勢を理念とするとあるが、空文である。
 表現(言論)の自由には、かならず、言論被害が生じ、メディアはみずから権力をもとめ、平等、公正、公平、中立は主観的な価値にすぎず、国民の利益などという一般的価値など存在しない。
 マスコミは、企業もしくは商人であって、儲かるとみれば、肥溜めにも足をつっこむのが本性で、それ以上ではない。
 世に新聞左翼≠ネる人種が、うなるほど存在している。
 朝日のような左翼仕立ての記事がウリの新聞を読んでいると、いつのまにか心情左翼になって、わけもわからず、原発反対、安保法制反対と叫びたくなる人々のことで、戦時中は、大勢の日本人が、朝日新聞の戦果報告に煽られて、ぞろぞろと提灯行列をしたものである。
 マスコミが、商品の代わりに情報を売っているあざとい商人だということをみきわめておかなければ、日本は、かれらの売り口上に騙されて、国家の舵取りを誤ってしまいかねないのである。

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月刊ベルダ2月号(2017年1月発売)より転載

 三極時代における日本の外交戦略

●オフショア(沖合)・バランシングと日本の防衛
 トランプが大統領になる2017年以降、アメリカとロシア、中国の3強が世界版図を分け合う情勢になるだろう。
 世界大国アメリカの一極支配から、地域大国となる米・ロ・中の多極支配へパラダイムが変更されるのである。
 背景にあるのがアメリカの弱体化と、アメリカ一極支配というグローバリズムの破綻である。
 強国の論理や国益の追求を地球規模におしひろげてゆく覇権主義は、かつての帝国主義のように、過去のものになりつつある。
 トランプの一国主義は国益主義≠ノほかならず、今後、国益にもとづく国家的連携が新たな国際秩序となってゆくだろう。
 その象徴が、在日米軍の撤退や日本の核保有容認論、米ロ接近など、大統領選挙戦中のトランプ発言だった。
 トランプの政策はオフショア(沖合)・バランシング≠ノ根ざしている。
 軍事力を背景にしたグローバリズムは経済的に採算がとれず、同盟国の紛争に介入するのはリスクが大きすぎ、国益に反するというのである。
 現在、アメリカで検討されているオフショア・バランシング政策の内容は次のとおりである。

 1 欧州・中東の兵力を縮小あるいは撤退させ、東アジアの軍事力をハワイまで後退させる
 2 米軍兵力を陸軍から海・空軍の重視へ転換する
 3 駐留米軍の負担を同盟国に分担ではなく全額代替えさせる

 といっても、在日米軍の撤退ということにはならない。
 日本単独では中国の覇権主義に対抗できないからである。
 アメリカの交易の60%がアジアで、アジアの権益がアメリカの国益と直結している。
 中国の覇権主義はアメリカの国益と合致しないのである。
 アメリカ(軍産複合体)の狙いは、アメリカ製の武器を日本に買わせ、自衛隊に米軍の代理をつとめさせるところにあるだろう。
 その延長線上にあるのが、日・韓に核をもたせるという考え方で、中国の核にたいする抑止力を日・韓に負わせようというのである。

 ●「日・米・ロ」のトライアングル外交
 トランプとプーチンの接近は、対テロ戦争で手を組み、それぞれ、自国の経済建て直しに全力を尽くそうという思惑からである。
 米・ロによるイスラム過激派(イスラム国)制圧が現実すると、米・ロ関係の強化にはずみがつく。
 米・ロの接近によって、大きな影響をうけるのが中国だろう。
 ロシアとアメリカのプレゼンスが高まると中国の地位が相対的に低下するからである。
 バランス・オブ・パワーの力学では1+1は3にも4にもなる。
 これに日本がくわわって、日・米・ロの「トライアングル外交」が成立すると中国の覇権主義にブレーキがかかる。
 中国はこれまで、軍事力と経済力を武器に侵略的な対外政策をすすめてきた。
 チベットやウイグル、南シナ海では、軍事力にモノをいわせ、中央アジアやアフリカなどでは経済で影響力を高めるという両刀使いの戦略を展開してきたのである。
 日本にたいする敵対政策も覇権主義にもとづいている。
 覇権をもとめ、仮想敵をつくりだすことによって、国家の求心力をつくりだそうというわけで、中国政府はこれまで日本の戦争犯罪(南京虐殺・靖国問題)などを煽って、反日デモまで工作してきた。
 覇権主義の土台となっているのが中華思想で、中国外交には、伝統的に、君臨と服従以外の選択肢がない。
 経済・軍事の両面で拮抗し、実質的にアジア安保となっている日米安保条約を堅持している日本は、中国にとって、中華思想に馴染まない永遠の仮想敵なのである。
 日米・日ロに新しい外交関係が構築されても、日中関係の好転は望めない。
 特ア外交では、安易な接近や妥協が、逆に障害となる危険性を弁えておくべきだろう。

 ●シミュレーション・ウオーと安全保障
 中国が軍拡に走るのは、現代の戦争は、比較軍事力によって勝敗が決するシミュレーション・ウオー(仮想戦争)だからである。
 仮想戦争では軍拡競争に後れをとると事実上の敗戦となる。
 それが米ソ冷戦におけるアメリカの勝利で、米・中の軍拡競争も同じ構造である。
 冷戦で、軍事力と並んで大きな要素となるのが経済力と地政学的条件である。
 米ソ冷戦でアメリカが勝利した理由の一つになったのが日本列島の米軍基地で、旧ソ連は、太平洋方面の劣勢を最後まで覆すことができなかった。
 大国による軍事制圧は、イラク戦争がIS(イスラム国)という怪物をうんだだけだったように、テロの報復や敵対勢力の拡散、新たな紛争、難民流出をまねくだけで、支配の決定的な力にならず、今後、なることもない。
 大国による軍事衝突の可能性も消滅したといってよい。
 かつての大戦は、すべて、独裁政権と国民の無知のもとでおこなわれた。
 中国の軍事的脅威は、日本に武器を売りたいアメリカと媚中派によるプロパガンダにほかならず、全世界がネット情報を共有する環境の下で、大規模な国家戦争はおこりえないのである。

 ●米・ロ・中との地政学的対立
 日本は、かつて、三つの大戦をたたかった。
 日清戦争と日露戦争、大東亜戦争である。
 中国(中華民国)とロシアには勝ち、アメリカには負けた。
 現在、日本外交の重点が米・ロ・中の3国に絞られているのは、三つの大戦と無縁ではない。
 日本がアメリカとロシア、中国と深い因縁をもつ理由は三つあるだろう。

 1、海を隔てた隣国同士で、日本は、米・ロ・中の中間地点に位置している
 2、革命国家(米・ロ・中)と伝統国家の確執がある
 3、米・ロ・中と日本は文明圏が異なり、価値観に大きな相違がある

 日本が米・ロ・中と戦争したのは、利害が対立あるいは競合したからである。
 地政学的には太平洋をめぐる確執で、かつて、西太平洋を勢力圏とした日本がいまなお、米・ロ・中の利害対立者として立ちはだかっているのである。
 日本が米・ロ・中と確乎たる外交関係をむすばなければならないのは、地政学上、敵対関係に陥りやすいからである。
 外交は、摩擦や衝突を防ぐための交渉で、交流や友好、通商は二の次の問題である。
 戦争を防ぐための原則は、交戦力・情報収集力の保持と相互不干渉の三つである。
 交戦力や十分な情報力をもち、なおかつ一定の距離を保つところに外交という高等技術が展開される。
 日本は憲法で交戦力を否定し、情報機関をもたず、親米や親中という無節操な外交に終始して、米・ロ・中、韓との自主外交を台無しにしてきた。
 日本の平和主義は、摩擦や紛争の種をまきちらす火遊びだったのである。

 ●軍事から経済に移った危機の構造 
 軍事力と地政学的力学にもとづく仮想戦争の次にくるのが経済戦争である。
 現在、国家あるいは国家間において、軍事的な緊張をこえる混乱や摩擦のタネになっているのが経済である。
 といっても、自由貿易や資本の自由化の下にある実体経済は、経済制裁などのケースを除いて、大きな問題にはならない。
 問題は、国際金融資本と新自由主義である。
 実体経済を破壊する金融経済と富が少数の資本家に独占される新自由主義によって、資本主義体制が根底からゆらぎはじめている。
 バブルとその崩壊、巨額の不良債権処理と経済規模の縮小、中間層の貧困化と失業などの尻拭い(「国家と市場の戦い」)をさせられる国家が負担に耐えられず、危機に瀕しているのである。
 トランプの登場の背後にあったのは、1911年のウオール街の叛乱≠ノ端を発した新自由主義への反抗で、他の先進国も同様の事情をかかえている。
 国家のみならずEU全体をゆるがしたサブプライムローン問題やギリシャを筆頭とする欧州財政危機の深傷はまだ癒えていない。
 トランプの一国主義宣言やイギリスのEU離脱の背景にあったのは、経済の建て直しで、国際金融資本と新自由主義の暴風が吹き荒れた後、新たな経済体制をつくりあげなければ国家も国際関係も立ち行きならなくなっている。
 軍事力で仕切られてきた世界構造が、産業や経済、技術、雇用という非軍事部門に左右されはじめたのである。

 ●日本外交と戦後レジーム
 米占領下からスタートした戦後日本は、主権国家としての諸条件を欠いたまま諸外国との外交関係をひらいた。
 憲法で国家主権(交戦権)を否定したばかりか、スパイ防止法も国家反逆罪ももたず、大使館には情報官も駐在していない国が主権の行使である自主外交をおこなえるはずはない。
 日本が自主外交を放棄して、対米従属の外交に終始してきたのは、潜在主権を戦勝国アメリカに置いた戦後体制をひきずっているからである。
 そして、武器を捨てると平和になるという平和観念論(憲法前文)に立てこもってきた。
 外交は「戦闘をともなわない戦争」といわれるように、主権と国益をかけた壮絶な駆け引きで、きわめつけの現実主義である。
 はたして日本は、アメリカやロシアと対等に外交をおこなえる条件を十分に整えているだろうか。
 否である。
 戦後、日本が、外交・防衛について、アメリカに追従してきたのは、自主的な世界戦略を放棄してきたからである。
 YP体制は、戦勝国が強制したというよりも、日本がみずから選択した敗北主義で、戦後レジームを 否定するなら憲法以下、法制や政令、制度を独立国家のものにきりかえなければならない。
 アメリカ一極体制の崩壊によって、外交・防衛をアメリカに頼ってきた日本のこれまでの外交・防衛の構造が根本から崩れ落ちた。
 戦後70年にして、日本は、アメリカから離れて、みずからの力で国際社会へのりだしていかねばならなっくなったのである。
 日本の自主外交は、軍備や同盟間を万全にしてアジアのバランス・オブ・パワーを保ちつつ、経済面でイニシアチヴを握るところに見出される。
 戦後、日本が短時日で一流国の仲間入りをはたすことができたのは、日米同盟にくわえて、復興と経済成長をなしとげ、経済的に成功したからである。
 この戦略はいまでも有効で、とりわけ、世界の安定が、軍事力ではなく、経済にシフトされた現在、技術・経済日本のはたすべき役割は小さくない。

 ●よみがえる大東亜共栄思想
 中心になるのが経済・産業技術の分野で、日本の外交は、米・ロの二元外交を軸にして、インドや東南アジア諸国にたいして積極的にすすめられるべきである。
 これは、大東亜共栄圏の再現で、共存共栄のスローガンが再び謳われる。
 かつて英米は、大東亜共栄圏が西洋への敵対思想だとして、経済封鎖や軍事挑発をおこなって、日本を第二次大戦へひきずりこんだ。
 現在、同じことをやっても、西洋には、妨害する理由も力もない。
 大東亜共栄思想は、アジアにおける経済の共同防衛で、地域大国である日本を核としたアジア安全保障でもある。
 中・韓が日本外交の重点から除外されるのは、特アには、大東亜共栄思想が通用しないからで、中・韓相手では、かつてのルーズベルトのように、交渉をかさねるほど溝が深くなる。
 日本が対米交渉を中止して「ハルノート」を無視していたら、大東亜戦争はあっても、日米開戦はありえなかった。
 平和的交渉が不可能な国には、沈黙して、防衛を万全にしていることが最善の外交なのである。

 ●無限の可能性をひめる日本の技術
 かつて日本にゼロ戦や戦艦大和があったように、現在の日本には先端技術と工業技術がある。
 スーパーコンピューターをはるかにしのぐ量子コンピューターもノーベル賞レベルで世界をリードし、国産ステルス戦闘機「心神」は米軍「F―35」を凌駕する能力をもっている。
 中国は基礎研究と軍事技術での敗北をみとめた。
 これが、非軍事部門における日本の安全保障である。
 日本は、アメリカに頼らずとも、技術面で独自の平和外交を展開できる。
 ロシアには技術提供と民間資本導入にもとづくシベリア開発が有望で、とりわけ要求されているのがIT分野の技術である。
 工業技術や基礎研究がない中国や韓国には手がだせない分野で、シェア世界一のサムソンのスマートフォンの部品は大半が日本製である。
 日本の新幹線を導入するインドや製造業のインフラ設備が整っていない東南アジアへの技術導入には、経済成長にともなって、巨大な市場が誕生するメリットもある。
 米国ではローテク製造業が不振で、それが高い失業率につながっている。
 第二次世界大戦後につくられた道路や橋梁などの老朽化が社会問題化しており、トランプは、大型インフラ投資の方針を掲げている。
 トランプが選挙期間中にコマツを名指しで批判したことにたいして、同社の大橋徹二社長は「米国のコマツ工場は全体で約6000人を雇用している」と切り返している。
 空洞化しているアメリカの製造業に日本のメーカーがのりこんで技術移出と雇用をひきうければ、アメリカ経済は復活し、日本にとっても、中国以上の大市場となる。
 資源開発も同様で、日本は、技術力で、潜在的資源国家になりうる。
 原油の資源量は、経済的に採算がとれる埋蔵量や確認埋蔵量(重質油・超重質油)の数倍といわれる。
 原油の重質留分分解技術は、日本が世界一で、原油の残渣物を10%下げることによって、その分、新たに原油を掘り当てたにひとしい。
 日本は軍事面でアメリカに依存しているが、技術ではアメリカと肩を並べるかそれ以上である。
 政治家である以上に経済人であるトランプの登場によって、日本は、技術によって、米・ロ・亜と共存共栄の路線を堂々と選択できるのである。
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