1979年に刊行され、現在なお、版を重ねている稀有な本がある。
前回のブログで紹介した、ユダヤ人長老モルデカイ・モーゼ著『あるユダヤ人の懺悔/日本人に謝りたい』(日新報道)である。
ネット上では、ほぼ全編がデータ・ベース化され、モルデカイ・モーゼの正体について、さまざまな説がとびかうほど関心を集めている。
そのモルデカイ・モーゼの子息(ユージン・E・モーゼ=イスラエル在住)とかれのグループから、日新報道の遠藤社長をつうじて、モルデカイの未発表の遺稿とユージン氏の署名がある原稿、および、パンフレット(同人誌のようなもの)を託された。
翻訳して、リライト・加筆したものを日本で出版したい意向という。
『あるユダヤ人の懺悔/日本人に誤りたい』にまして、刺激的なテーマなので、翻訳と監修、加筆がすんだ一部を紹介したい。
ユダヤ人は、政治や権力にたよって、みずからを解放する希望をもちえなかった。
それどころか、政治や権力によって、二千年来、ユダヤ人は、差別され、居住地から追われ、ゲットー(ユダヤ人強制収容所)におしこまれてきた。
国家や権力は、ユダヤ人にとって、リヴァイアサン(旧約聖書にでてくる怪物で、ホッブスの著書名)以外の何物でもなかったのだ。
在日韓国・朝鮮人は、日本から差別をうけてきたと主張する。
だが、かれらは、かつて、ゲットーにおしこまれたことがあったろうか。理由もなく、居住地から追われたであろうか。在日という理由だけで、法や国家権力、暴力によって、血も涙もない差別や虐待をうけたであろうか。
集団虐殺(ポグロム)という悲劇を、くり返し、味わったであろうか。
われわれ、ユダヤ人は、それらのすべてを体験して、強制収容された六百万人同胞を、ナチス・ゲットーのガス室において、失ったのである。
われわれにとって、政治や国家、ユダヤ人以外の民族、ユダヤ教以外の宗教は、すべて、敵であった。
敵ということばすら、われわれには、ふさわしくないだろう。ユダヤ人は、ただ一方的に、追われ、隔離され、殺されただけだったのだから。
国家をもたないわれわれには、耕すべき土地がなかった。金融以外にゆるされた職業もなかった。ユダヤ社会から、多くのすぐれた医者や弁護士、教授や科学者、思想家が輩出したのは、ユダヤ人は、土地を耕す代わりに、頭脳を耕したからで、ロスチャイルド以下、多くの金融コングロマリットが世界へ雄飛したのは、キリスト教社会が、資本主義の根幹である金貸しを、賤業として、放棄したからであった。
農業や一般産業、役人や軍人へのみちが断たれていたユダヤ人には、頭脳と金貸しのほかに、生きてゆくすべがなかった。だが、その二つこそ、世界が、人類が、産業発展の恒久財として、必要としていたものであった。
国家も土地も、安全もなかったユダヤ人が頼りにできたのは、頭脳と蓄財と世界中にひろがった人的ネットワークだけであった。皮肉なことであるが、国家と土地と安全がなかったゆえに、頭脳と蓄財、人的ネットワークをいかして、多くのユダヤ人が成功をおさめた。
成功が、嫉妬をまねくのは、太った鵞鳥が狼の食欲をそそるのと同じことで、ユダヤ人は、成功するほど、受難をまねきよせる逆風のなかで、ひたすら、生きのびるみちをさぐってきた。
だが、ユダヤ人にとって、国家は、われわれユダヤ人を食い殺すリヴァイアサンをこえていた。飼いならすことによって、かえって、守護獣になる可能性をひめているのだ。
われわれユダヤ人は、そのことを見逃すほどお人好しではなかった。
ユダヤ人にとって、国家ほど、邪悪で、偉大なものはなかった。二千年にわたって、国家に虐げられてきたからこそ、国家の悪魔性と偉大さの両方を、われわれは、よく知るのである。
国家をもたず、他国に寄生しているユダヤ人が、なすべきこと、なしうるのは、もてる財力と頭脳をつかって、国家をユダヤ人にとって都合のよいものへ変えること以外になかった。国家の牙を抜き、国家がユダヤ人にとって安全で、居心地のよいものへ改造することによってのみ、ユダヤ人は、生きのびることも、繁栄することもできる。
国家をもたないユダヤ人が、寄生する国家内で、非ユダヤ人と共存するには、国家を無力化して、一つの利便的機関へ改造しなければならない。その戦略は、ユダヤ人が二千年前、国を失って以来、もちつづけてきた永遠のエートス(=血肉化された精神)であった。
それが、結実したのが、フランス革命とアメリカ独立戦争、ロシア革命とドイツ革命(ワイマール憲法)、ニューディール政策とGHQによる日本改造だった。
これらの革命のシナリオを書いたのが、わがユダヤの同胞で、熱烈なユダヤ教の信者だったジャン・ジャック・ルソー、カール・マルクス、ウラジーミル・レーニン、ゲオルグ・イェリネック、非ユダヤ人ながら、ヨーロッパのユダヤ社会を味方につけて独立戦争に勝利したベンジャミン・フランクリンとジョージ・ワシントン、ユダヤ系で隠れ共産主義者だったフランクリン・ルーズベルト大統領、戦後、全共闘・反日勢力などに大きな影響をあたえたヘルベルト・マルクーゼである。
ユダヤ人がおこなってきた歴史的革命劇
●ジャン・ジャック・ルソー
ホッブスの『リヴァイアサン』をリライトした『社会契約論』で、自由権・平等権を拡大することによって、国家を転覆できる理論を構築。これが、フランス革命のテーゼとなった。
●カール・マルクス
モーゼの口伝律法「タルムード」を『資本論』『共産党宣言』にリライト、ロシア革命の下敷きをつくった。
●ウラジーミル・レーニン
ジョン・アトキンソン・ホブソンの著作を『帝国主義論』へリライト。暴力革命以外に、戦争による革命=敗戦革命があることをしめした。
●ゲオルグ・イェリネック
ドイツ革命をとおして、国家主権と、自由・平等:平和主義を同等におくワイマール憲法を制定、ドイツの弱体とヒトラー登場のお膳立てをした。
●フランクリン・ルーズベルト
擬似共産主義のニューディール政策は、レーニンにテキストを提供したホブソンが立
案したものである。戦後、全米に吹き荒れたマッカーシーの"赤狩り"はルーズベルト以下、容共派の残党狩りであった。
GHQは、その容共一派で、日本改造と日本国憲法は、ニューディール政策の輸出版であった。
●ヘルベルト・マルクーゼ
ナチスから逃れてアメリカに亡命、国家を悪の根源とする『エロス的文明』をとおして「否定の哲学」を主唱、これが、マルクス主義に代わるイデオロギーとして、全共闘運動や反日主義、フェミニズム運動のマニュアルになった。
フランス革命から、現在、日本で吹き荒れている反日主義運動まで、すべて、国家を無力化して、万人を「地球市民」に仕立てるべく、ユダヤ人が、緻密に練り上げた大戦略で、これら、二百年以上におよぶ歴史改造は、祖国を追われて、二千年の漂流をへたユダヤ人でなければなしえなかった偉業といえよう。
わたくし、ユージン・モーゼが、日新報道の遠藤社長をつうじて、日本の著名な政治評論家である山本峯章先生に、所見を託するのは、日本の政治家、学者、学生、国民の多くが、ユダヤ人の謀略にすこしも気がつかず、われわれがつくった革命理論、反国家主義、反道徳のエロス主義を、あたかも、正義であるかのようにうけとめ、国の方向を見失うのをおそれるからである。
われらが父、モルデカイ・モーゼは、『あるユダヤ人の懺悔/日本人に誤りたい』の冒頭に、こう記している。
「経済の驚異的高度成長に反比例する精神面の退化現象の跛行性の原像を日本人はまだつかんでいないように思われる。
この病理のルーツが分からないと、治療法も発見できないのは、至極当然であろう。
日本をこよなく愛する私としては、この問題を解明して、日本人が真の日本歴史を生き生きと構築できるよう側面から及ばずながらお助けしなければならないという強い義務感、責任感におそわれるのである。
何故か。それはこれら病巣のルーツがほとんど誤れるユダヤ的思考の所産であるからに他ならないからである。我々は信じ難いほど頭が悪かったのだ。
もともと、我々が犯した誤ちはごく単純そのものの誤ちだったのだ。
しかるに、この小さな誤ちの及ぼした影響は想像以上に大きかった。それは、戦前まで日本が世界に冠絶した類い稀れなものとして誇っていた数々のものを破壊してしまう結果となったのであった。
このことを知るに及んで、我々の心は痛むのである。しかも、その日本が戦前もっていた類い稀れな長所というものが我々ユダヤ民族の理想の具現化されたものでもあったことを知り、ますます我々の苦悩は倍加されるのである」
ユージン・E・モーゼ氏が『あるユダヤ人の懺悔/日本人に誤りたい』の続編として考えている出版物(『反日主義はユダヤの思想』/仮題)には、以下の内容が網羅される予定で、今後、追って、内容を紹介してゆきたい。
■ユダヤ人が日本国憲法に仕掛けた国家自壊の法則
■ユダヤとメーソンリーにあやつられていた倒幕運動
■ユダヤの策略にひっかかった坂本竜馬と維新政府
■文明開化の正体と福沢諭吉・森有礼の「脱亜入欧」
■ユダヤとの共闘が実をむすんだ日露戦争の勝利
■ユダヤ人がつくった東京裁判「平和にたいする罪」
■自虐史観のお手本はレーニンの「帝国主義論」
■日米戦争を仕掛けた「国際ユダヤ」の深謀と短慮
■日本軍がインド洋ではなく南太平洋へむかった理由
■GHQはユダヤ系のメーソンリー・クラブだった
■日本国憲法とフランス革命をつなぐ一本の細い糸
■虚構仮説=マルクス主義を妄信した日本のインテリ
■全共闘の教祖だったマルクーゼの「否定の哲学」
■ユダヤの人間破壊工作にのったフェミニズム
■反日主義はユダヤ・プロパガンダの最高傑作?
■二つの大嘘! コスモポリタニズムと平和主義