西洋では、勝ち負けや敵味方の峻別が政治で、それが「戦争は政治の延長」といわれる所以である。
これは、キリスト教の影響で、西洋の宗教観は、神と悪魔のたかいである。
善悪、正邪も、唯一神の世界観からうまれた観念で、一元論である。
正義や真理が一つしかないので、そこから戦いの論理がひきだされる。
大航海時代以降、西洋人が他民族に残虐のかぎりをつくしたのは、キリスト教徒以外は、すべて悪なので、いくら略奪しようと殺そうと、罪の意識をかんじなかったからである。
日本が二元論あるいは多元論なのは、土着信仰の神道が八百万の神々の汎神論だからで、日本の文化は、バランスと多様性からできている。
それが中庸の精神で、決着を保留するあいまいの文化≠ナもある。
あいまいさが排除されたのは、唯一神(ヤハウェ)が出現したからで、それまで、世界は、神々が人々とともにある牧歌的な空間だった。
たとえるとそれは、邪馬台国や大和朝廷のような祭祀国家で、キリスト教やイスラム教以前の西洋も、ギリシャの神殿をみるまでもなく、多神教的なおおらかな世界だったはずである。
あいまいは多次元的ということで、そこには、勝ち負けも敵も味方もない。
それぞれがそれぞれの価値観をもって棲み分けるので、争いが生じないのである。
だが、世界は、キリスト教的な価値観や唯物論、合理主義からできあがっている。
したがって、何事にもあいまいな日本は、批判をうけ、異端視されてきた。
それでも日本が侮られることなく、大国の地位をまもってきたのは、経済と技術力、軍事力が世界のトップレベルだったからで、あいまいさは、多様性の文化を開花させるのである。
多様性には、柔のほか、国家防衛という剛がふくまれる。
柔が文化なら、剛は国家意識で、これを国体(権威=天皇)と政体(権力=幕府)の関係におきかえることができる。
日本が列強の餌食にならず、革命もおきなかったのは、国が柔と剛の両面を兼ね備えていたからである。
列強が日本を侵略できなかったのは、武士の国だったからで、ヨーロッパの古い書物には、サムライの勇猛さや常備武器である日本刀の切れ味を記録したものが少なくない。
それでも、宗教の侵略を防ぐことはできず、有馬義貞(島原領主)、大友宗麟(豊後領主)、大村純忠(肥前大村領主)黒田孝高・小西行長(ともに豊臣秀吉の家臣)、高山右近(赤石城主)らがキリスト教にとりこまれた。
キリスト教が禁教となったのは、キリシタン大名や天草四郎らが火薬とひきかえに50万人もの若い女性をイエズス会の司祭に奴隷として売り渡していた事件が発覚したからである。
豊臣秀吉や徳川家康の「バテレン追放令」から鎖国へと日本が西洋への門戸を閉じたのも国家防衛で、キリスト教の侵略を防いだのは、世界史上、日本だけである。
尊皇攘夷だった薩長が、明治維新後、180度転身して、西洋化に走ったのも、国家防衛のためで、日本は、新政府樹立(1868年)のわずか26年後に日清戦争(1894年)、10年後には日露戦争(1904年)を戦って勝利をおさめた。
両戦に負けていても、朝鮮半島が清国やロシアの手に落ちていても、日本は国家的危機に陥ったはずで、日本は、ぎりぎりの瀬戸際で、国家を防衛してきたのである。
●平和主義という鎖された世界観
現在、日本の防衛意識は、歴史上、例がないほど劣化している。
そして、多元的な文化も衰えて、物欲主義や享楽主義一辺倒へ傾いている。
国家防衛を放棄した憲法9条を平和主義と錯覚して、享楽に明け暮れているのが現在の日本人で、今回の北朝鮮危機にも、空母カール・ビンソン出撃のXデイー≠ヘいつかなどとテレビといっしょにはしゃいでいる。
そして、「ソウルと東京への核攻撃の脅威が現実の問題になった」(国連安全保障理事会)という米国のティラーソン国務長官の発言にキョトンとしているありさまである。
北朝鮮のミサイルが日本列島に着弾すれば、目がさめるだろうが、そのときはもう遅い。
拉致事件への手ぬるい対応から巨額のパチンコ送金や万景峰号による密輸の看過、預金を本国へ不正送金して破綻した朝銀へ一兆3千億円もの公的資金を投入して、その資金の一部が開発に使われたであろうミサイルや原爆の脅威にさらされている。
情けないのは、朝鮮総連から抗議をうけて、マスコミが、金正男暗殺に北朝鮮が関与という報道ぴたりとをやめてしまったことで、他の国なら監視下におかれる敵性団体が脱税や生活保護の仲介機関や圧力団体としてふんぞりかえっている。
スパイ防止法や国家反逆罪などの公安法があれば、摘発の対象となるような団体に官庁やマスコミどころか政府すら頭が上がらないのが平和国家日本なのである。
国家防衛や危機管理の意識や能力が低いのは、日本の文化があいまいだからではない。
その逆で、平和主義という硬直した一元的な文化に洗脳されているためである。
スパイ法案は、全野党、全マスコミ、弁護士会や学術学会、労組ら日本中の団体から猛反対をうけ、採決どころか、議論さえされることなく葬られる。
「戦前の特高警察」「戦争への道をまっしぐら」「軍靴の音が聞こえる」という朝日新聞の社説ふうな難癖によって、国家の安全と防衛が平和の敵≠ニみなされているのである。
国家防衛は国民の文化とモラルにささえられている。
一方、平和主義は、文化でもモラルでもなく、ただの怠惰で、享楽主義である。
したがって、平和主義や人権は、国家観念を蝕み、防衛意識を破壊する。
人権と平和主義の旧民主党に政権を奪われて、日本が国家漂流≠フ悪夢に呑まれたのはつい最近のことである。
同じことが韓国でおきている。
●大国の紛争を招く朝鮮半島事情
人権派弁護士で平和主義を標榜する文在寅を新大統領に選出したのは、北からの攻撃を免れようという思惑からで、韓国には、日本への憎悪はあっても、北にたいする警戒心はないにひとしい。
選挙前、従軍慰安婦像にひざまずいた文在寅は、慰安婦問題合意を無視して対日攻勢に打って出てくるだろうし、アメリカより先に平壌を訪問し、中国にTHAAD配備の撤回を約束するようなことになれば、東アジア情勢はがらりと様相を変えてしまうことになる。
朝鮮半島をめぐって、中国と韓国、ロシアと北朝鮮が接近して、日米同盟とのあいだで複雑な三角関係≠ナきあがりかねないからである。
朝鮮半島は、日清・日露戦争という二つの前例があるように、日・中・ロにとって地政学上、きわめて重要な要衝である。
チベット・ウイグル・内モンゴルなど内陸部を征服した中国が、朝鮮半島を手放すことはありえない。
中国にとって、朝鮮半島を支配下におくかアメリカやロシアに奪われるかでは、死命を制する大問題なのである。
最悪のシナリオは、米軍による北朝鮮の軍事制圧で、その上、米・韓主導で南北統一がおこなわれるようなことになれば、朝鮮半島は、戦略的要衝どころか、咽喉元につきつけられたナイフになる。
北朝鮮をめぐって米・中・ロが競り合っているなかで、カギを握っているのがロシアである。
中国が石油をとめても、ロシアがタンカーを羅先港に送り込めば、北朝鮮はかんたんに寝返る。
事大主義の朝鮮人は、国家的権益や租借地の提供に抵抗をかんじない民族なので、北朝鮮がロシアの手の内に落ちるのは、時間の問題となる。
ロ朝間では、すでに総事業費約250億ドル(約2兆9000億円)規模の鉄道整備・改修計画が合意済みで、ウラジオストクと羅先(北朝鮮北東部)をむすぶ定期航路も開設された。
北朝鮮は、国内の金やレアメタル(希少金属)などの開発権益をロシア側に提供して、これを工事代金に充てるという。
その先にあるのはさらなる租借地(港)の獲得と国家の死命を制する石油を武器にしたロシアの飼い殺し外交≠ナ、羅先港は、租借化を目的にして、ロシアが建設したようなものである。
中国とロシアは蜜月関係にあるかのように見える。
ところが、国境問題は例外で、かつてのダマンスキー島事件や新疆ウイグル自治区の軍事衝突(1969年)は、一時、全面戦争の危機に発展した。
そして、現在は、中央アジアが火種で、最近、中国が提案した中央アジアの「反テロ協調体制」から外されたロシアの反発には根深いものがある。
懸念されるのは、中ロ紛争で、原因となりうるのが、北朝鮮がロシアに譲渡した鉱産資源の開発権益である。
北朝鮮には、中国との国境付近に、埋蔵量が東アジア最大級の茂山鉄鉱山や世界一のタングステン鉱脈のほか、亜鉛や銅、金の鉱脈までがうなっている。
これまで中国は、電力や食料などの経済援助の見返りに同地帯の鉱産資源の権益を一手に握ってきた。
北朝鮮がこの鉱産権益をロシアに譲渡すれば、どういう事態になるか。
ロシア軍と中国軍が国境付近で悶着をおこす可能性すら生じかねない。
●打つ手を失ったアメリカ
空母カール・ビンソンを中心とする第1打撃群が、朝鮮半島や中・韓・朝がむきあう黄海へ接近するには中国の了解がなければならないが、万が一、トランプが独断で出撃を命じれば、中・朝関係が決定的に断裂する。
アメリカの攻撃で北朝鮮が壊滅すれば、1000万人以上の難民がでるばかりか、飢餓や内乱で、同規模の死者がでる可能性がある。
南北統一をタテマエとする韓国も米軍による軍事制圧を望んでいない。
北朝鮮へ軍事攻撃をおこなえば、韓国にむけられた大砲・ミサイルが一斉に火を噴き、ソウルが火の海になるどころか、射程内の約2000万人に被害がおよぶ可能性がある。
頼りは中国だけだが、北朝鮮は名指しで中国を非難しはじめた。
中国が石油供給を中止すれば、北朝鮮経済は短期間のうちに破綻するといわれているが、疑問である。
国連安保理決議にもとづく経済制裁がつよまるほど、北朝鮮政府の資金力が高まって、一発で数十億円(中距離弾道ミサイル・ムスダンの国際的相場3000万ドル/約33億円)かかるサイルの発射実験をくり返し、ミサイルとは桁ちがいにカネがかかる核開発も順調にすすめられている。
最近では、非政府系の経済活動が目に見えて向上し、飢餓死が絶えたどころか、トンジュ(金の主)と呼ばれる富裕層まで出現している。
理由は「密輸と闇経済」で、中朝・中ロ貿易の大半が密輸である。
北朝鮮は、国連加盟国192国のうち166国と国交をむすび、交易関係をもっているが、数字にあらわれるのは数パーセントで、大半が密輸や闇取引である。
1991年のソ連崩壊後、社会主義諸国からの支援が途絶して、配給制度をとっていた北朝鮮経済が崩壊した。
97年に韓国に亡命した金正日の側近、黄長Y(元朝鮮労働党書記)によると配給停止によって「200万人以上の住民が餓死した」という。
このとき、脱北した北朝鮮人が、中国で食糧や物資を調達して、中朝国境で商売をはじめた。
北朝鮮の国民は、強制収容所と残虐な公開死刑に脅え、餓死を免れるため必死に経済活動をおこなっているのである。
これが北朝鮮の闇市場で、現在、国内の経済活動の8割以上を占める規模にまでふくれあがっている。
取り締まるどころか、金正恩体制で自力更生が奨励されているのは、国民を豊かにする政策を放棄すれば、国家予算をすべて金体制のなかで使えるからである。
韓国から流れ込む資金(経済特別区収益や市民団体の支援など)や出稼ぎの上納金、在外北朝鮮公館から献納される「忠誠資金」、武器密輸などでえられた利益に加え、無煙炭などを輸出した代金がそっくり金正恩の金庫に入る。
北朝鮮王朝を支えているのは、金日成時代は労働党員300万人といわれたが、現在は、軍や秘密警察などの権力機構を牛耳る中枢部とその周囲を固める数万人の幹部、平壌の高級住宅地に住むエリート集団ら合わせて十万人ほどといわれる。
ミサイル実験をくり返し、核開発をすすめているのは、約十万人の狂信的な王国で、オウム真理教が国家になったようなものである。
●地政学的な難関に立つ日本の決断
アジアの東端、太平洋の西端に位置する日本は、海洋を隔てて、中国やアメリカ、ロシアの三大強国と隣接している。
それが日本の地政学的な特殊性で、独立も国家防衛も、一筋縄ではいかない。
アメリカにとって、日本は、太平洋の権益を争うライバルで、中国進出への最大の妨害者である。
ロシアや中国にとっても、日本列島は、太平洋進出を妨げる障害となる。
一方、海洋国家である日本は、海を隔てて隣接する中・朝および海路をとおして東南アジアや西太平洋に大きな影響力をもちうる。
それが大東亜・日米戦争の原因で、日本は、第一次大戦後、西太平洋を支配下におさめ、満州国を建 国後、支那で主導権を握り、東南アジアからインドにまで手をのばしつつあった。
現在も、当時の地政学的、文明的な条件は、当時とそれほど変わってはいない。
変わったのが、日・米・中・ロの力関係で、中国の躍進に貢献したアメリカが、中国革命と米ソ冷戦、朝鮮戦争ののち、手の平を返して、日本と同盟関係(日米安保条約)をむすんだ。
この軍事同盟は、両国とアジア安定にきわめて有効で、日米安保がなかったら、アメリカは米ソ冷戦に勝つことができず、中国の覇権主義に歯止めをかけることができなかったろう。
日本の地政学的ポジションと国家的なプレゼンスは、敵に回すと脅威である一方、味方にすれば大きな戦力になる性質のもので、日米安保は、アメリカにとって世界戦略の重要な要になっている。
かといって、日米関係が、米英関係のような強固な盟友関係になりうるかといえば、かならずしもそうではない。
ニクソン大統領の訪中準備のために訪中したキッシンジャー大統領特別補佐官は、中国の周恩来首相(1971年)との極秘会談で、「日米安保条約は日本の軍事大国化を防ぐためのものという瓶のふた論≠展開した。
このときキッシンジャーは「日本が再軍備拡張計画をすすめるなら伝統的な米中関係が再びものをいうだろう」とも発言している。
この発言の意味するところは、日米安保条約は便宜上のもので、アメリカにとって、中国こそがアジアの盟友だという宣言で、それが伝統というのである。
公開されたキッシンジャー発言は、日本に衝撃をあたえたが、大きな示唆をふくんでもいる。
それは、アメリカを敵に回してはならないということである。
中国やロシアにたいしても同様で、日本がたたかえば、米・ロ・中が一丸となって襲いかかってくる。
日本を属国化することのメリットがはかりしれないからで、日米安保条約がなくなったら、尖閣列島・沖縄海域の南シナ海化≠ェ目に見えている。
日本にとって、アメリカを盟友にしてロシア・中国を牽制するのがもっともすぐれた戦略で、他の選択肢はない。
安倍首相が、1項と2項を残したまま、憲法9条に自衛隊の存在を明記する提案(3項)をおこなったという。
「戦力不保持」「交戦権の否定」(二項)は自衛隊明記との整合性を欠き、国家主権の否定につながるので論外だが、「戦争放棄」(一項)については、残したままでよい。
その代わりに「日本国政府は国民の生命と領土をまもる無制限の権利をもつ」という一項(4項で)を追加すべきだろう。
無制限のなかに核報復≠ェふくまれるのはいうまでもない。
日本には戦争という選択肢はないが、報復までを放棄したわけではない。
戦争を放棄するが、報復戦力には制限がないとすれば、平和主義と戦力保持のあいだに矛盾が生じない。
日本が核をもったとき、ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開けするのである。