2017年11月07日

 月刊ベルダ11月号(2017年10月発売)より転載

 戦争屋トランプ≠ニ足並みを揃える危険性
 
 ●アメリカの北朝鮮完全破壊$略
 国連で北朝鮮を完全に破壊すると演説したトランプにたいして、北朝鮮は、太平洋上で水爆実験をおこなうと宣言した。
「ロケットマン」「老いぼれ」と罵りあっているトランプと金正恩のあいだで、核とミサイルを放棄する米朝合意が成立する可能性はゼロに近い。
 北朝鮮が核と大陸間弾道ミサイルの保有国になるのは時間の問題だが、その場合、国際社会におけるアメリカの信頼は失墜し、米本土への核攻撃、テロ国家への核拡散という新たな脅威もうまれる。
 核実験とミサイル発射をくり返してアメリカを挑発する北朝鮮だが、韓国や在韓米軍に先制攻撃をおこなう可能性はない。
 先に軍事行動をおこせば米韓の総攻撃を招くからである。
 一方、アメリカには、北朝鮮を先制攻撃する基本戦略が存在する。
 アメリカは、北の長距離ミサイル(ICBM)と核弾頭の完成を来年早々と見ている。
 その前に北朝鮮を完全破壊するのがアメリカの潜在的戦略で、北朝鮮の挑発が国威高揚のプロパガンダなのにたいして、トランプの警告には、ペンタゴンと一体化した北朝鮮の完全破壊という戦略目的が見えている。
 トランプ・ペンタゴンの狙いは、北朝鮮の暴走をエスカレートさせ、先制攻撃を正当化できる危機的状況をつくりだすことにある。
 その危機とは、グアムへのミサイル着弾と太平洋の水爆実験予告で、いずれも現実のものになりつつある。
 アメリカは、すでに北朝鮮にたいする先制攻撃を正当化できる理由を手にしているわけだが、問題は、その時期である。
 デッドラインを年内とする声が聞こえてくるのは、核弾頭小型化とICBMの完成が眼前に迫っているからである。

 ●反撃の余裕をあたえない電撃作戦
 米朝戦争は、短時間で片がつくとしても、北朝鮮への先制攻撃には、韓国側の多大の被害を想定しなければならない。
 アメリカに基地を提供している日本も例外ではなく、北の報復が日本列島におよぶ可能性も否定できない。
 先制攻撃の第一波が決定的効果をあげるか、指揮系統を破壊・遮断する「斬首作戦」が達成されないまま戦闘状態に至った場合、ソウルが火砲にさらされる。
 なにしろ、DMZ(非武装地帯)付近に配備された300門以上の新型ロケット砲が首都ソウルを射程内におさめているのである。
 2016年版防衛白書によると、北朝鮮の地上軍(約102万人)は兵力の約3分の2を非武装地帯(DMZ)付近に展開している。
 韓国が北朝鮮にたいして地政学的に圧倒的に不利なのは、北朝鮮の戦車3500両以上をふくむ機甲戦力と口径240ミリと300ミリの多連装ロケット砲(MRL)、170ミリ自走砲600門以上の射程圏内(軍事境界線から40キロ)に、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるところにある。
 米朝全面衝突がないとする予測は、アメリカが、韓国人の人命を危機にさらさないという人道主義が前提になっている。
 それが、北朝鮮の核施設だけをターゲットにしたクリントン元米大統領の第1次北朝鮮核危機(1994年)だった。
 93年に核拡散防止条約(NPT)を脱退した北朝鮮は、核実験と弾道ミサイル「ノドン1号」発射を強行すると、94年、南北特使交換実務者会談で北朝鮮代表が「戦争がおきればソウルは火の海になる」と脅迫し、米朝間に緊張が高まったのである。
 このとき、アメリカが北朝鮮攻撃を実行に移せなかったのは、攻撃目標を核施設に限定する「精密爆撃」の報復として、北朝鮮が大量の長射程砲をソウルに打ち込むという恫喝に屈したからだった。
 しかし、今回は、攻撃目標が限定されておらず、北朝鮮への先制攻撃は、DMZ(非武装地帯)の無力化と百数十か所とされる重要拠点の電撃的制圧といわれる。
 反撃の時間的余裕をあたえずにDMZ(非武装地帯)の戦力を無力化するプランで、主役をつとめるのが米空軍の編隊(戦略爆撃機B1B+F15戦闘機)と韓国軍である。

 ●先制攻撃に参加できない日本
 この場合、日本は、きわめて微妙な立場に立たされる。
 アメリカが先制攻撃≠かけた場合、日本は、在日・在韓米軍と行動を共にすることができないのである。
 安全保障関連法では、日本が武力行使できる条件に、日本にたいする武力攻撃(「武力攻撃事態」)あるいは、米国が武力攻撃をうけて日本の存立が脅かされた場合(「存立危機事態」)に限定している。
 現在の安全保障関連法では、日本は、アメリカの先制攻撃にくわわることができないのみならず、在日米軍の日本の基地からの出撃も、先制攻撃であるかぎり、法制上のしばりがかかるのである。
 そこに、安倍首相が解散総選挙を急いだ理由があるするのが、事情通筋の観測である。
 北朝鮮危機を訴え、選挙に勝ったのちに、強力な臨戦内閣を組閣して、アメリカの戦争を支援しようというのである。
 安倍首相のいう国難突破解散は、消費税でも少子高齢化対策でもなく、戦時における対米協力体制(先制攻撃)構築のためのものというのである。
 安倍首相は、国連演説で、北朝鮮に核・弾道ミサイル戦力を放棄させる上で必要なのは「対話ではない。圧力だ」と強調し、加盟国に行動を呼びかけた。
 また、軍事力をふくむ「すべての選択肢」があるとする米国への「一貫した支持」を表明し、日本人拉致被害者の帰国に全力を尽くすとした。
 北朝鮮の核兵器は「水爆になったか、なろうとしている」のは事実で、核を積むための大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有が間近に迫っている。
 北朝鮮は、1994年の米朝枠組み合意や2005年の六カ国合意にもとづく対話の裏をかいて、核・ミサイル開発をつづけてきた。
 北朝鮮にとって対話とは、安倍首相が指摘したとおり、世界を欺き、核・ミサイル開発の時間を稼ぐ手段だったことは事実である。
 だからといって、国連の安倍演説がトランプの代弁でよいことにはならない。
 日本の国益や安全保障は、日本独自の戦略や路線の上に樹立されるべきもので、アメリカの極東戦略に追随すれば、戦争をビジネスにしてきたアメリカの論理にまきこまれることになる。

 ●アメリカにとって戦争はビジネス
 アメリカが、人的・物的被害のリスクを慮って、戦争のカードを出し渋ったことがこれまでにあったろうか。
 冷戦下におけるベトナム戦争では、インドシナ半島の戦争がアメリカの国益を左右する要素がなかったにもかかわらず、アメリカは、4万6370名の戦死者、30万以上の負傷者、戦闘以外の死者1万人以上をだして、約90万人の北ベトナム兵とベトコンを殺害している。
 朝鮮戦争でも、アメリカは、4万人に近い戦死者・行方不明者、10万人をこえる負傷者をだして、中国軍約90万人、北朝鮮軍約52万人を屠っている。
 今回の北朝鮮のミサイル・核開発危機にかぎって、アメリカが、人的・物的被害や犠牲を慮って、戦争カードを切らないという保証はないのである。
 アメリカの北朝鮮先制攻撃の要諦は、DMZ(非武装地帯)周辺に配備された長射程火砲の無力化だが、第一段階のアタックが不完全であれば、報復砲撃によって、ソウル周辺は、多大の被害をこうむることになる。
 だが、韓国側にたとえ一万人の犠牲者がでても、アメリカは、北朝鮮の徹底破壊という戦争目的を完遂させるだろう。
 国民6人に一人が犠牲になった朝鮮戦争に比べて、数万人の犠牲は、アメリカにとって、想定内なのである。
 しかも、今回は、米本土を攻撃できる大陸間弾道弾(ICBM)とミサイル核弾頭の完成が間近で、いまが北を直接叩けるラストチャンスなのである。

 ●戦争で成り立っているアメリカ。
 アメリカにとって、戦争は、国家および世界戦略の一環で、建国以来、戦争をしていなかった期間はほとんどない。
 アメリカは、戦後、20回以上、中規模以上の軍事行動をおこしている。
 そのうち、戦略的に成功した軍事行動は、戦後の日本占領(1945年)だけで、朝鮮戦争(1950年)とベトナム戦争(1961年)から湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン戦争(2001年)、イラク戦争(2003年)にいたるアメリカの戦争は、アメリカ製兵器の壮大なる創造と消費を約束する巨大な武器市場であった。
 アメリカの都合による戦争がイラク戦争であった。
 フセインが化学兵器及び核開発をしているというCIA情報でイラクにミサイル攻撃をしかけ、アメリカは、その結果、戦場で5000人、帰国してからも多くの関連死者をだした。
 わたしは、当時、バグダートに在って、ラマダン副首相を窓口にサッダーム・フセインとのインタビューを待機していた。ラマダンが「アメリカの攻撃はない」と主張したのは、イラクに大量殺戮兵器などなかったからだが、わたしは、日本大使館の説得に応じて、最後の飛行機でバグダートを脱出した。
 イラク戦争は、結局、フセインを殺して、イスラム国(IS)という怪物をつくっただけだったが、それがアメリカの戦争である。
 ちなみに、トランプが、現在、国防総省(ペンタゴン)と密接な関係にあるのは、イラク戦争のプランナーだったCIAとの信頼関係が失われたからである。
 CIAは、アフガン戦争では、反ソ戦略にアルカイダを利用して、寝首をかかれ、イラク戦争では、核開発・大量殺戮兵器開発のガセを流して、アメリカの国益を害っている。

 ●アメリカの政体は軍産複合体
 日本人はアメリカの真のすがたを知らない。
 ベトナムからの撤退やデタント(緊張緩和)による軍事費の縮減をすすめたケネディ大統領の暗殺(アメリカ政府による真相の76年間封印)や反米的な資源外交や親ソ・親中の全方位外交をすすめた田中角栄の失脚工作(ロッキード事件)の背後にあったのが、軍産複合体のというアメリカの戦争国家体制である。
 トランプの大統領選挙における逆転当選にも、共和党=ネオコンをとおして軍産複合体による工作があったのは疑えない。
 アメリカは、国家形態自体が臨戦型で、大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が<軍産複合体制(MIC)>を形成している。
 日本やドイツとの戦争のためにつくりあげられた国家臨戦態勢=軍産複合体が発展的にひきつがれて、現在のアメリカの国家構造になっているのである。
 原爆を製造・投下した(マンハッタン計画)のもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 軍産複合体制には、アメリカを代表する数千の企業と数万の下請け、金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 350万人以上の将兵を抱える軍部と国防総省、「デュポン」「ロッキード」「ダグラス」などの軍需産業と3万5千社にのぼる傘下企業群、大学や研究室、政府機関やマスコミ、議会までが一体となった軍産複合体はアメリカ特有なもので、アメリカのパワーの源泉である。

 ●保守主義と相容れない対米従属
 アメリカがドミノ理論≠振り立てて、ベトナムへ介入したのも、軍産複合体の論理からだった。
 多くの人命を犠牲にして、アメリカになにも得るべきものがなにもなかったベトナム戦争も、巨大軍需産業と傘下企業群にとっては、特大の恩恵で、ベトナム戦争が終わったとき、軍需産業はみな大企業に成長していた。
 その後、軍産複合体の餌食になったのは、世界の火種である中東と中国の拡張政策にさらされた極東で、湾岸戦争の折、サウジアラビアはアメリカから大量に兵器を購入し、日本も尖閣列島危機にからめて、オスプレイ17機(3600億円)の購入をきめている。
 すでに日本は、北朝鮮危機にからめて、迎撃ミサイルの購入をきめ、敵基地攻撃能力をもつ巡航ミサイル導入の検討をすすめているが、トランプが挑発して、北朝鮮が危機をエスカレートさせるたび、アメリカは大儲けするのである。
 アメリカが謀略国家なのは、世界の常識だが、日本にはその認識がない。
 ロッキード事件では、朝日新聞や文藝春秋など日本中のマスコミがアメリカの謀略にひっかかって、国民は、角栄逮捕の報にこぞって喝采を送った。
 もっと悲劇的なのは、GHQが日本の無力化と共産化をはかった占領政策である憲法が、いまだ最高法として君臨している事実である。
 国家エゴがぶつかりあう世界情勢のなか、国家主権と国体を否定した現憲法ほど有害にして障害になるものはない。
 ところが、現在、自主憲法制定のうごきはなきにひとしい。
 自主憲法制定派にとって、大きな痛手が自民党の変節だった。
 自民党は、事実上、護憲派の一員で、改憲は、護憲的改憲にすぎない。
 第一次安倍内閣を放り出したあと、村上正邦元参議院議員らとホテルオオタニで会談の場をもった安倍首相は、同席したわたしが感銘をうけるほど、熱っぽく改憲の意欲を語ったものである。
 ところが、第二次安倍内閣以降、安倍首相の改憲姿勢には首をひねらざるをえない。
 とりわけ、憲法9条を変更せず、第三項を設けて自衛隊の合憲性を謳うという弥縫策には失望を禁じえなかった。

 ●対米協力と対米従属はちがう
 安倍首相の戦後レジームからの脱却は、対米従属からの脱却であって、自主独立は、日本の悲願だったはずである。
 ところが、戦後日本は、対米従属と護憲・平和主義がないまぜとなったぬるま湯のなかで、憲法9条にしがみついてきた。
 それが平和ボケで、国家主権(交戦権)の放棄が国民の国家観をいかにむしばんできたかいくら強調してもしすぎることはない。
 そして、その結果、日本は、国家の進路をみずから決定するという主権意識を見失ったまま、アメリカのいうとおりになってきた。
 憲法は、日本が独自の外交路線をつきすすむための羅針盤でもあって、そこに、独立国家の気概と国家の誇りがみなぎっていなければならない。
 自主憲法制定の意義はそこにあって、他国の都合によって、国家の進路が左右されるようなことがあってはならない。
 軍需産業が利益を上げるために紛争を回避しない軍産複合体の論理にのって、日本が、アメリカに追従するのは、対米協力ではなく、対米従属である。
 軍産複合体は、アメリカ人にとっても最悪の国家システムで、戦死をふくむ国家にたいする忠誠の代償が軍需産業の利益のみというのでは、アメリカのいうならず者国家、北朝鮮とかわるところがない。
 安倍首相は、トランプから一定の距離をおくべきだろう。
 北朝鮮への先制攻撃があるかないか予断をゆるさないが、対米従属だけが日本の国益に合致した外交政策ではないということだけは心しておくべきなのだ。
 アフガン戦争やイラク戦争をあげるまでもなく、アメリカの戦争は、軍産複合体の論理に立ったもので、その先にあるのは、さらなる悲惨と混迷、困難かもしれないのである。
posted by 山本峯章 at 15:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする