2008年04月27日

保守主義とは何か――混迷する戦後思想を再点検する(19)

 ●「右翼論」その1/右翼がまもるべきは国体の永遠性 
 右翼といっても、日本と欧米では、根本思想が異なる。
 ヨーロッパの右翼がもとめるのは、現実世界にある政治権力である。
 一方、日本の右翼は、悠久の歴史という時間の経過が刻みこまれている国体の護持を使命とする。
 国体は、天壌無窮の神勅(日本書紀)にもとづいて「神の御子孫たる皇孫が、天地の果てることの無きが如く、統べ治め給う永遠の国土」のことで、政治や政体は、国体の上にのっている一過性の権力機構にすぎない。
 永遠の国土、というのは、易姓革命によって、存亡流転してきた中華王朝にたいする反対概念で、聖徳太子が、隋の皇帝に送った親書「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」と、万世一系の皇統を太陽にたとえた故事からもわかるとおり、このことばは、日本の国体が永久不変であることをあらわしている。
 国体の永遠性は、神道から生じたもので、論拠を立てて、言挙げすべきことではない。
 どんな民族も、神話をもっており、その神話は、何ものにもかえがたいので、日本の右翼は、身をもって、国体をまもってきたのである。
 特攻隊の遺書に、国体のすがたをいいあてたものがあるので、紹介したい。

 生を享けて、二三年、私には私だけの考え方もありましたが、それは、もう無駄ですから、申しません。特に善良な大多数の国民を欺瞞した政治家たちだけは、今も心にくいような気がします。しかし私は、国体を信じ、愛し、美しいと思うがゆえに、政治家や統帥の輔弼者たちの命を奉じます。
 実に日本の国体は美しいものです。
 古典そのものよりも、神代の有無よりも、私は、それを信じてきた祖先達の純心そのものの歴史のすがたを愛します。美しいと思います。
 国体とは祖先達の一番美しかったものの蓄積です。実在では、わが国の最善至高なるものが、皇室だと信じます。私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません。(後略)
名をも身をも さらに惜しまず もののふは 守り果さむ 大和島根を

 国学院大学の学徒動員で、階級は予備少尉。山口輝夫という二三歳のこの特攻隊員が命を捨てて、まもろうとしたのは、日本の国体であって、東条内閣でも、所属する海軍でもなかった。
 日本の右翼が、政権奪取をめざさず、国体の護持だけに使命感をもちつづけてきたのは、政治権力によって国の根幹をかえてきたユーラシアの国々とは異なり、日本の国柄が、国体という神話や歴史、文化、習俗という永遠の基盤にあって、権力は、一過性の政治機構にすぎなかったからだった。
 国体という観念のない欧米では、右翼という呼称は、ファシスト政党など、政体内の反民主主義グループをさすことが多い。政体内の勢力である以上、政権奪取をめざし、当然、選挙にも出馬する。
 ヒトラーのナチス党も、ワイマール憲政下の民主選挙で、第一党に躍り出て、政権をとった。欧米の右翼は、ナチズムの流れをくむ超国家主義(ウルトラ・ナショナリズム)や民族の優位性を叫ぶ民族主義的な政党活動であって、もとめるのは、あくまでも、政治権力である。
 ヨーロッパで、国体の観念が育たなかったのは、国家がイコール境界線で、古代の神々が、キリスト教に滅ぼされたからである。
 境界線をもたない島国で、太陽を絶対存在(太陽神ではない)とする神道という雄大な宗教観のもとで、異文化・異教を呑みこんできた日本では、力の論理による抗争や政治ではなく、和を土台にした国体運動によって、国が治まってきた。
 これは、日本独自の文化体系で、祖先は、この国体をまもるため、命を投げだしてきた。
 日本の右翼が、街宣と称して、宣伝カーで軍歌を流し、日の丸を振り、政策を訴えるのは、本来、筋がちがう。選挙に出て、議席を確保するという使命がない以上、右翼の活動は、政治活動ではなく、国体運動でなければならないからである。
 国体運動というのは、文化・伝統防衛で、畢竟、天皇をまもることである。
 かつて、火焔瓶闘争をおこない、トラック部隊(資金調達)を組識して、暴力革命を志向した共産党が第六回全国協議会(六全協)の後、議会内革命へ路線変更して「天皇制反対」のスローガンを捨てた。
 日本共産党は、革命という国体変更を諦めて、政権奪取へむかったのである。
 日本の右翼も、政権を狙うのなら、日本共産党と同様、路線変更して、ヨーロッパ型の右翼へモデル・チェンジをしなければならないが、そのとき、右翼の存在価値はなくなる。
 日本の右翼は、権力志向をもたないことで、国体の守護者たりえている。
 権力を志向すれば、権謀術数や利害、損得などの一過性の世界にまきこまれて、俗化される。この現実主義によって、右翼の存在価値がなくなってしまうのは、恐怖というインパクトが消えるからである。
 右翼の恐怖は「歴史からの報復」という側面をもっている。
 この国をつくり、まもってきたのは、いま生きている人間ではない。過去に、多くの人々が流した血の上に国体が築かれている。その国体を、現在を生きているにすぎない者たちが、じぶんたちの都合や理屈によって危うくしたとき、歴史から報復をうけるのは、当然である。
 歴史に消えていった死者は、何もできない。
 だが、右翼は、過去の人々の意思を継いで、現在を生きる国体の守護者である。
 だから、権力者や国体破壊者は、右翼がこわいのである。
 現在という一過性を生きているにすぎない人間が、じぶんの信条にしたがって、歴史や伝統、文化を破壊し、死者たちの魂をふみにじって恥じないのは、この国から、国体をまもるという右翼思想が、根こそぎ、消えてしまったからである。
 万世一系という2000年の伝統を破壊しようとした有識者会議のロボット学者が「歴史や伝統などは勘案に値しない」と言い放った。その六十年前、「万世一系の美しい国体をまもるため」といって、三千人に近い若者が、特攻機にのりこんで散華したことを思うと、ゆるされるべきことばではない。
 国体は、政治や権力、利害や打算どころか、現実からも切り離されて、過去から現在へつながる線上にただよっている。蒙古軍とたたかった武者も、203高地で戦死した兵も、特攻隊も、すべて、この国体のために、散っていった。
 国体は永遠なので、一過性の政治や法どころか、生死までをのりこえる。
 かつて、右翼がこわかったのは、国に殉じた愛国者の代理人という立場に立ったからで、かれらのなかで、燃えたぎっていたのは、ことばや理屈ではなく、情であり、祈りであった。
 情も祈りも、死を超越しているので、生にしがみついている者たちは、かれらの言動に震えあがったのである。
 その右翼が、政治論争や政権奪取に目の色をかえたら、国体を忘れたただの政治屋にすぎないものになり、こわいどころか、滑稽である。
 右翼のこわさは、生死をのりこえた思想を、身をもって体現させるところにある。
 本物の右翼にとって、テロリズムは、タブーではない。
 といっても、このテロリズムは、政争による暴力とは、まったくの別物である。
 政争によるテロは、気狂いに刃物であって、戦前の三月事件や十月事件、永田鉄山を斬殺した相沢事件は、議会を無力化して、軍の独走をまねいた愚行で、あれがなかったら、日本の戦争は、まったく、ちがったかたちになっていたであろう。
 右翼は、徹頭徹尾、国体守護の立場に立つ。
 かつて、大東塾という右翼団体は、景山正治塾頭以下、十四名が、天皇陛下に敗戦を詫びて、集団で、割腹自殺をとげた。自死をもって、国体の守護神にならんとしたのである。
 右翼は、天皇に還るほかない。天皇の防人となる。天皇の権威をまもることが、国体護持の王道であることを自覚するほかに、右翼は、右翼たりえない。
 右翼論について、次回は、極右と極左、戦後右翼と順を追ってにのべてゆきたい。



posted by 山本峯章 at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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