2008年06月02日

保守主義とは何か――混迷する戦後思想を再点検する(24)

 ●日本が日本でなくなる「道州制」導入の恐怖
政府の「道州制ビジョン懇談会(座長=江口克彦PHP研究所社長)」や自民党の「道州制推進本部(本部長=谷川禎一政調会長)」、「道州制導入に向けた第二次提案(日本経団連)」、有識者でつくる「日本再建のため行革を推進する700人委員会/道州制導入研究会(座長=石原信雄元官房副長官)」などが中間報告をまとめ、それぞれ、内容を公開した。
 各メディアの反応は、こぞって、好意的で、読売新聞などは「道州制知らんぷり官邸」と道州制導入に不熱心な福田康夫首相を暗に批判する熱っぽさである。
 小泉内閣・安倍内閣、与野党の改革派を中心にすすめられてきた道州制は、基礎自治体の線引きや分権内容など、細部にわたる議論が先行しているが、何のために道州制を導入するのか、という肝心なことについて、何一つ、明らかになっていない。
「東京一極集中と格差の拡大、地域住民のニーズに即した行政ができない」(道州制ビジョン懇談会)という理由から、「日本の統治構造を全面的に変える」(道州制導入研究会)という飛躍した結論がみちびきだされて、明治四年の「廃藩置県」以来となる行政機構の大改革がおこなわれようとしているわけだが、それがまるで、条例変更ほどの軽さで論じられているのである。
 主権をもった道州制の導入は、国家の大改造である。
 当然、憲法も変えなければならないが、国家主権が分裂して、国民統合の象徴としての天皇の地位がゆらぐと、国体にも影響がおよび、革命にひとしい衝撃的な変化となる。
 国体の解体と国家分裂の危機を隠蔽したまま、ある勢力が、改革の一環として、道州制の導入をはかっているのなら、これほど、物騒な話はない。
 政治家が、この罠に気がつかないほど、国体防衛や国家主権に鈍感なのであれば、これも、不気味である。
 道州制ビジョン懇談会の江口は、著書『地域主権型道州制』(PHP新書)に、こう書いている。
「私の『地域主権型道州制』について批判する人もいるだろう。それはそれでいい。しかし、反対のための反対、重箱の隅をつつくような反対は止めてほしい。揚げ足取りの批判はごめんこうむりたい。反対、批判するのならば、なにより、そのあなたに私は問いたい。ならば、あなたは崩れつつある、いまの日本を救うために、どのような全体構想をもっているのか、と。それもないなら、あなたと軽々に議論するつもりはない」
 道州制の導入に反対なら対案を提起しろと、行政機構の改革を前提にして、居丈高なのである。そして、こうつづける。
「中央集権体制によって、国民の生活が画一化され、強制され、個性を奪われ、自由を阻害されている。実際のところ、このごろの犯罪、とくに若い人たちの犯罪などをみると、中央集権体制の抑圧が個人にストレスをあたえ、取り返しのつかない事件を発生させている例が多い」
 国家の衰弱が、国民活力の低下やモラルの崩壊をうむというのが一般常識で、中央集権が諸悪の根源などという理屈は、これまで、聞いたことがない。
 道州制の発案者は、松下電器産業の創業者で、PHP研究所をつくった松下幸之助とその松下が師事した下村宏(内閣情報局総裁・朝日新聞副社長/ポツダム宣言の受諾や玉音放送の中心的人物)である。
 江口の「地域主権型道州制」は、松下幸之助の「廃県置州」をひきついだものと思われるが、オリジナルは、行政上のコスト削減と県による差別意識の撤廃をはかった下村宏の「道州論」である。
 さらに、さかのぼると、福沢諭吉の「廃県論」がある。福沢諭吉、下村宏、松下幸之助らに共通するのは、徹底した経済効率主義と福沢の「脱亜入欧論」や著書「西洋事情」「文明論之概略」に象徴される国際主義である。
 いまでいう、新自由主義とグローバリゼーションで、これが、現在の道州制に、ひきつがれた。
 というのは、道州制は、すべての価値をカネに換算する新自由主義と、左翼色の濃いアメリカ新保守主義(ネオコン)の産物で、小泉内閣からはじまった構造改革のしめくくりが、この道州制導入だったからである。
 アメリカは、けっして、保守主義の国家ではない。歴史の浅い国なので、回帰すべき歴史がないからである。保守思想といっても、キリスト教と反共主義のほかには、建国の理想としての自由原理主義(ハト派)と民主原理主義(タカ派)があるだけで、日本やイギリスのような歴史や知恵(コモンセンス)、伝統的な価値観や思考形態がない。
 ちなみに、アメリカが、民主主義の名のもとでおこなった戦争がイラク戦争で、自由主義の名のもとでおこなった金融・経済侵略が、グローバリゼーションだった。
 プラザ合意からバブル崩壊、第二の敗戦といわれる日米構造協議以降の金融・経済面での屈服から年次改革要望書にいたるまで、日本は、アメリカがおしつける構造改革とグローバリゼーションに痛めつけられてきた。
 その仕上げが、東京のワシントンDC化と日本の連邦化をはかる道州制の導入である。
 なぜ、道州制が必要なのか、という肝心な話をスッとばして、道州制への完全移行を前提に、改革派系の懇談会などが、州の数や線引き、権限の分担をきめたのは、国民から異論がでる前に、道州制導入を既成事実化してしまおうという狙いがあったからであろう。
 道州制導入は、歴史上、類のない大改革で、革命にひとしい。
 その革命を、新自由主義にのっとった経済至上主義と、伝統という裏付けのないアメリカ民主主義で、一気に実現してしまおうというのが、改革主義者のやり方とみえる。
 道州制は、基礎自治体に公選制の首長をおき、将来的には、各道州が主権をもつ連邦共和制にしようという事実上の無血革命である。
 十いくつの州の首長と州都が、主権と自治権を宣言して、独立集州の補選をへて大統領がえらばれることになれば、日本は、歴史が不在のアメリカのコピー国家となり、万世一系の天皇を中心に和をむすんできた日本国の二千年の歴史と伝統は、廃棄される。
 ここに、是が非でも、道州制の法制化を阻止しなければならない、国体上の大問題が横たわっている。

 ●和と均一性、中央集権が日本のパワー 
 現在、連邦制をとっている国は、アメリカのほか、スイスやドイツなどがある。アメリカは、もともと、州政府や入植者が、経済原理にそって、原住民から奪った土地を分け合った国柄である。
 多民族・多言語のスイスは、連邦制以外に、国家の体裁をたもつことができず、歴史的に統一国家ではなかったドイツは、敗戦後、国家が滅亡したため、ドイツ人の団結力や発展をおそれた連合国によって、東西に、さらに、米・英・仏によって、11の州政府(西ドイツ)へ、八つ裂きにされた。
 連邦化は、中央集権の求心力が弱まるため、国家の衰弱につながる。
 旧ソ連連邦が崩壊したのは、各連邦間の摩擦や経済不況、共産党官僚の腐敗が深刻化したためで、中央集権の求心力がはたらかなくなれば、連邦国家は、連邦間でひきおこされる摩擦と経済不況、腐敗の三悪によって、倒壊してゆく。
 日本は、世界で、唯一、万世一系の神話的な存在である天皇を中心に「和」という特有の文化のもとで、家族国家を形成してきた。
 アメリカのような歴史をもたない国とも、他民族・多言語の国とも、敗戦によって国土を八つ裂きにされた国とも異なる日本が、歴史的経験がない連邦制をとったら、和という中心原理(=セントラル・ドグマ)が失われ、道州間に、それまで、経験したことがない摩擦が生じて、発展どころか、数年をへずして、非力なアジアの一分裂国家へ転落してゆくだろう。
 日本のパワーは、和という中心原理、均一性、中央集権という伝統的な国柄からうまれている。これを廃棄して、先進国と肩を並べられると思うのはおおまちがいで、本気で、そう思っているのだとすれば、おそるべき亡国の論である。
 江口は、著書で、こうのべている。
「日本の一地方と同程度の人口・面積しかもたないアイルランドやデンマーク、スイス、オランダ、オーストリアなどが、世界屈指の高所得国に成長している一方、日本は、イギリスやドイツ、フランスを上回る人口・面積をもちながら、これらの国はおろか、先進国平均の成長率を下回るまでに経済・所得が停滞している。日本を小さな国に分けて、道州制国家になれば、中央集権のハンディキャップを克服できる」
 なんという、粗雑な議論であろうか。
 ヨーロッパ諸国の発展は、欧州連合(EC)という中央集権的な求心力がはたらいたからで、一方、日本経済の停滞は、アメリカのいいなりになって、グローバリゼーションや構造改革に走り、求心力を弱めたからである。
 国家は"家"にたとえることができる。玄関や台所、茶の間や書斎、客間や寝室、便所もあるが、これが、統合的にはたらいて、家の形態となる。会社にたとえてもよい。製造部や営業部、総務部や経理部、人事部があって、はじめて、会社という生きた組織になる。
 モノをつくり、カネを稼ぐのは、製造部や営業部である。だが、家に台所や寝室、便所が必要なのと同様に、カネは、稼ぎのない総務部や経理部、人事部へも支給されなければならない。
 これが、地方交付金や補助金で、これを打ち切って、中央と地方の所得格差をひろげたのが、新自由主義の小泉改革である。
 地方も自立して、じぶんでカネを稼げというのだが、東京都に食糧を自給しろというのと同様、無理な相談である。先日、奈良県の吉野へ行ったが、あそこで、どうすれば、自力で産業を興せるであろうか。
 日本の経済は、過疎地のきれいな空気と工業地帯の汚れた空気が、どこか見えないところでつながっている大きな関係のなかで、成立している。過疎なのは、若者が、都会へ行ってしまったせいで、その恩恵をうけた都会が、過疎地へ地方交付金をだして、経済の手助けをする――こういう和の精神によって、これまで、日本は、発展してきた。
 それが、全体性の利益追求と中央集権のメリットである。
 補助金や支援がなくなれば、過疎地や産業のない地方は破産する。それが、地方を犠牲にしてきた経済国家の構造的欠陥で、この矛盾を解消するには、中央が地方へ、手をさしのべて、お返しをしなければならない。「人生いろいろ」や自己責任で片付く問題ではないのだ。
 日本を連邦化して、過疎地に自己責任を課して、地域経済を活性化させることが、可能であろうか。
 道州制が導入されると、州都へ資金やカネが集まって、ミニ中央集権化がおき、過疎化がさらに深刻になるだけである。とくに、道州制では、中央からの補助金がなくなるので、破産する州や自治体もでてくるだろう。
 道州制は、地方経済にとって、けっして、追い風にはならない。
 道州制の導入によって、資金が流入して地方が活性化するというのも、地域社会にかかる行政の権限を道州に委譲して、課税自主権、税率決定権、徴税権をもたせると、地方が元気になるというのも、世紀の大嘘である。
 州では、資本マーケットが小さいので、設備投資や商品開発などに大きな資本を投下することができない。スケール・メリットがない地方経済は、中央経済とのタイ・アップが必要なのである。
 日本経済の強みは、日本全土という広いマーケットに同質性・均一性があることで、これは、EC統合によって大きな市場をえたデンマークが、酪農製品の売り上げをのばしたのと同じ原理である。
 小さな国だから経済がうまくいっているという江口の仮説は、デマゴギーなのである。
 道州制の問題点は、経済だけではない。
 主権道州ができたら、こんどは、左翼が煽って、オリジナルの憲法、国旗、国歌をつくるうごきがでてくるだろう。東京DCのある関東国と張り合い、摩擦のタネをふりまき、紛争に政治エネルギーを消耗するようなことになれば、経済発展どころではなくなる。
 かつて、ヨーロッパ列強は、アフリカを再分割する際、@部族を分散させるA一国に多くの部族種を混在させるB崇める神がちがう部族を同じ国に住まわせる――という弱体化戦略をとった。
 中央主権をつくりだせなかったアフリカ諸国は、いまなお、ツチ族とフツ族が殺しあったルワンダの悲劇に代表される悲惨な内戦が絶えない。
 道州制によってうまれる独立自治体は、和と均一性、中央集権制という、これまで日本の国力をささえてきた特性を失った一地方にすぎず、その行く末は、内地の都市との一体感を断たれた場合の北海道をイメージするだけで、十分であろう。
 地方の活性化は、革命的な道州制という方法をとらなくとも、たとえば、地方農家のオリジナル・ブランドのワイン製造にまで口出しする中央官庁の支配力を大幅に制限するだけで十分で、それが、考えうる、もっとも効果的で、現実的な方法である。
 そういう、順当な方法をとらず、いきなり、道州制へ飛躍するのは、改革主義者の狙いが国体の変更にあるからではないかと、わたしは、疑わずにおられない。
posted by 山本峯章 at 08:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても、素敵なブログですね。

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Posted by ルカ at 2008年07月04日 20:01
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